プロローグ
自転車で野宿旅中、台風に追われながら小説を書くのが一番のファンタジーだよね。
(前にも使ったパターンの挨拶)
平和ではない世界の有るところに平和な国がありました。
その国は火山帯から鉱石を採掘してそれを地熱で魔法石へと加工することで他国との貿易によって利益を得ており、豊かで穏やかな生活を民と育んでいました。
城門をくぐり、騎士たちが蹄鉄を鳴らして城下町へと凱旋した。他国からの侵略をはね除け、平和を守った騎士たちへの歓待。
そのパレードは城の一室からでも見て取れ、城の人々の心も踊った。
それはこの国の王女、アルミナ・リヒテン・ゼラーズにとっても例外ではなく、彼女の黒い瞳は期待に輝いていた。
まだ九才、いつもは勉強部屋から逃げ出すのを防ぐだけで一苦労の彼女だが、今日ばかりは部屋の大窓から覗く煌めき、雄々しい姿にじっとしていた。
「ねぇ、先生? 聖騎士さまたちは十人だけでこの国をお守りになったの?」
「ええ、そうですよ! 聖騎士さまたちの鎧は我が国のバルカ鉱石の鎧を纏っていますから! 何千人の敵兵もものともしません!」
興奮して話す王宮神官長のナカガキはアルミナ王女より子供っぽい。
「先生! あれ、お兄さまよね!」
「ん?……そうですね! フォイル殿下ですよ!」
視線の先、騎士団の一番後ろの男は兜を外して、王女たちに見覚えのある顔を露わにしていた。
アルミナ・リヒテン・ゼラーズ王女の実兄、フォイル・カリスト・ゼラーズ。剣を掲げ、より一層の歓声の中、堂々と民衆の間を通るが、その姿にアルミナは違和感を覚えた。
兄は何かを演じている。すぐ後ろの神官長も気づかないほどの違和感とも呼べない小さな揺らぎ。
兄妹であるからこそ感じ取れる小さな、本当に小さなサイン。兄は苦しんでいる、そしてそれを民衆に悟らせまいとしていうということを。
高く広い城壁の中、フォイル王子の苦しみに気がついたのはアルミナただひとりであった。
そして、今閉じられようとしている城門の外からフォイルの背中を見守る異形の影たちは、その変化を捉え、ある者は嗤い、ある者は嘆き、ある者は憐れんでいた。
「……フォイル……」
異形たちは下町の歓声を聞きながら城壁の外で野営をすべく、テントの設営に掛かった。
フォイル王子たちが帰還したその晩のこと。
城では騎士たちを招いたパーティーが開かれていた。王族や貴族が踊り、それに応じるようにして従者たちが駆け回る。
賑やかで華やか、勝利者たちの宴。話題の中心に有ったのはもちろん、王族でありながら今回の防衛戦の要となった男、フォイル王子についてだった。
「素晴らしい! 騎士団を率いて勇猛に戦われたとか!」
「バルカ鉱の鎧は本当の勇者にしか使いこなせませんものねぇ」
「素晴らしい! フォイル王子万歳!」
「フォイル王子さえ居れば、ゼラーズは安泰ですな」
媚びへつらいや酒の勢いが五割、残りは本物の賞賛と――フォイル王子が王位継承権さえあればねえ、という落胆と当て付け。
前述した通り、この国、ゼラーズ王国は鉱石採掘の貿易で稼ぐ国であり、土壌の悪さからあまり作物が育たず、海にも面して居ない為、食物の多くを輸入に頼っている。
そのため、海洋産出や農業国との結束、横の繋がりは決して軽んじられるものではなく、必然的に政略は行き交う。
そのひとつが、現・ゼラーズ国王の正妻が五名居る理由であり、それぞれが異なるコネクション維持のための婚姻だった。
中には身分は低くとも関係を切らすわけにもいかない国の姫や、国内の有力貴族の娘など、王妃の中でもパワーバランスが存在しており、この母親の力関係が王位継承権にまで作用してくる。
フォイル王子は母親の身分が低くて王位継承権がない……のでは、ない。
真相はむしろ逆であり、フォイル王子の母親は山を二つ越えた先にある海洋国家の第二王女であり、王妃の中では最も格の高い内のひとりですらある。高すぎるほどに。
フォイル王子は、仮に海洋国家側の王位継承者たちに万が一が有った場合、現実的に王位が発生してしまう可能性すらあった。
“何か”が有った場合、ゼラーズ王国と海洋国家の両国の支配者になり独裁権すら生じる状況を防ぐための国家間条約であり、【王子は複数の国家の王位継承権を有することができない】との取り決めがある。
国家間の結束を強めるための政略結婚、しかしながら国家間を必要以上の同一化を阻むための鉄則。世界は平和を作るためにそういった決断を行っていた。
「いやあ、フォイル! 生きて戻ってきてくれて嬉しいぞ! 我が愛しの弟よ!」
「すまんな、お前ばかりに責を押し付ける形になってしまった! 私にも継承権など無ければ良いのだが!」
「いえいえ、兄上たちは大事な体、無理をさせるわけにはいきません」
鍛えて引き締まったフォイルとは変わって、全身に肉を蓄えた兄たちにフォイルは変わらぬ笑顔を返す。
この国は“他国の王位継承者に戦いをゆだねている”のだ。もちろん戦場でフォイルが死亡すれば海洋国家との関係も劣悪化も予想されるが、そこはそれ、そのための楔が――アルミナ王女だった。
「兄さま!」
「ああ、アルミナ! 久しぶり……でもないか、十日ぶりくらい?」
「久しぶりで良いんです! お待ちしていました!」
駆け寄ってきた妹を抱き上げる姿に、周囲から笑顔が漏れる。そしてフォイル自身も作り物ではない心の底からの笑顔を覗かせたことを、アルミナは安心していた。
「アルミナはやはりフォイルが好きだな、我々にはそうまで懐いてくれんからな」
青い瞳の兄弟たちが揃って話すのを、アルミナとフォイルの黒い髪の兄妹は笑顔で聞き流した。
彼らのプライドは父王譲りの青い瞳と付随する継承権だけだとフォイルは理解していたし、
それも国を守るために必要な物だと認識し、そんな腹違いの兄弟たちも守るべき同胞と理解していた。
アルミナはそんな理屈はわからなくとも、兄が堂々としている、それだけで誇らしかったし、腹違いの兄たちの言葉より気になることがあった。
「兄さま? 何か私に手伝えることは御座いませんか?」
後半は耳打ちするような小さな声、フォイルは表情も変えず、兄妹だけで分かるような目配せで続きを促した。
「他の騎士さまたちとお戻りになられたとき、何か、悩んでらっしゃるようでしたから」
「……やはり、お前には隠せんか、少し手伝え」
返事も待たず、フォイルは腕の中の妹にキスしてからギュウと抱き締めた。
「おや、これは行けない! 兄上方! 私たちはこれで失礼致します!」
「!? どうしたフォイル?」
「どうやら私の口に酒が残っていたようで! アルミナにも回ってしまったようです! すぐベッドへ連れていきます!」
「なら侍女を」
「いえ、私の不注意です! 私が!」
「お前、主賓だろ? 聖騎士なんだか……」
「だ・い・じ・な・い・も・う・と・で・す・か・ら!」
それ以上の反論が始まる前にフォイルはアルミナを抱き抱えて会場を後にした。
出席者の間を通るようにして、わざとらしいくらいに相手の名前を呼びながら。
「失礼! ナッシュ殿!お先に!」
「テルニア公爵婦人、申し訳ない!通して頂く!妹がお眠でして」
「ベーダイヅ、食い過ぎたら騎士団の鎧が入らなくなるぞ!」
途中退席すると云うのにあえて堂々と。それ自体がショーのようですら有った。
ふたりの関係を知る参加者ならば妹のことでの退席ならばも悪く云うものもない。加えてフォイルは人に好かれる素養を持ち合わせていた。
「助かったぜ、堅苦しいのは性に合わんのよね……どした? 本当に酔ったか?」
さきほどまでとはうって変わって@砕けた口調のフォイルは、本当に真っ赤になった妹に眉をひそめた。
「……ねぇ、兄ちゃん、今の、必要だった?」
「何が?」
「……ちゅう」
「あ? お前が酔う状況なら良いけど、兄貴たち近かったし、あ、息臭かった?」
素の兄妹に戻ったフォイルとアルミナだが、どうやらオマセなのは妹の方らしかった。
――窓から覗いてるのがお月様じゃなくお日様なら良いのに。それなら赤いのはお日様だもん。アルミナはそんなことを思いながら言葉を選ぶ。
「……これからどうするの?」
「ん。こうする。降りてろ、うん、そんで耳抑えろ」
抱えていた妹を窓の縁に下ろし、更に耳を閉じた妹の頭をその上から兄の手が掴むように塞ぐ。よもや再びキスかとアルミナの鼓動が速くなったが、別の意味で興奮する出来事だった。
フォイルは服の上からでも腹が膨らんだとわかるほど大きく息を吸い、口をすぼめて、一気に吹いた。
大して長くないほんの一瞬の口笛だが、耳を塞いでいたはずのアルミナですら頭がぐらつくような感覚を覚えるほどだった。
「……兄ちゃん、今の、何?」
「友達に聞いた連絡方々だな。なんか音を細工して出すと普通の大人には出ない音になるんだと。それを光線みたいに城外まで届かせる、小技だな」
人間の耳は加齢と共に聞こえにくい音が発生する。
それが音の周波数であるが、この世界の人間はそのメカニズムを把握していなかった。人間は。
「城下町の子を、呼んだの?」
「いや、音を一気に出したから城下町ではほとんど聞こえてないはずだ」
例によって音の指向性という人間が着目していない技術であることを伝える。人間ではない者との連絡手段なのだから。
「じゃあ、誰を呼んだの?」
「儂だ」
背後から掛かった声にアルミナは月が喋りかけたかと思った。
振り向けば月光で黄金色に輝る毛並み、ピンと立った三角形の耳と、同じ形の牙が揃う大きな口。
「ひとりだと思っていたがな?」
「ダメか? 俺の妹なんだが」
「王女の顔くらい見れば分かる。ちゃんと説明したのか? 驚いているじゃないか」
容姿を視てからも、アルミナは月が喋るならこんな声だと思った。聞いているだけでどこかへ連れていかれるような、正に満月の声だった。
「構わんが、怯えているではないか。ちゃんと説明しておけ」
「猫……さん?」
「猫ではないよ、もっと大きな獣、ライオンだ。儂は獣人。獣人傭兵部隊なんだ」
「……傭兵、て……?」
アルミナの言葉に、一瞬、たてがみの無い獣人の顔が歪んだ。
獣人の顔を見慣れないアルミナには、それが怒りなのか、悲しみなのか、憎しみなのか分からなかったが、自分の言葉によって不愉快にさせたことだけは理解していた。
「すまないガッシュ。ちゃんと教えてないんだ。だから今日、教える。お前たち獣人傭兵部隊が何か、ってことをだ」
三人の行動はガッシュと呼ばれた獣人と合流したあとのフォイルは早かった。
貯蔵庫へ行き、顔パスで酒樽をいくつか確保して獣人に担がせ、城から抜け出した。
フォイル自身も酒樽ひとつを背負ってアルミナを抱きかかえているが、獣人は両脇にひとつずつ、背中に二つと自身の体重以上の重量を抱えつつ、軽々と走って見せた。
城下町を抜け、城壁も門番との数十秒の雑談で開けさせ、風が通り抜けるように出て行った城外へ。
何度か外に出たことのあるアルミナだが、それは日中の話。知っているものとは全く違う光景に驚いていた。
「お? フォイルじゃないか。遅かったな」
「この匂いは酒だぁあああ! しかも上物!」
「肉だけじゃ味気なかったんだ、ちょうど良いぜ」
豚や犬、馬などアルミナも知っている動物の顔をした者も多いが、そのほとんどが知らない動物の顔をしている一〇〇人近い獣人の集団。
フォイルが担いでいた酒樽を受け取った獣人たちは、ガッシュの持っていた分の酒樽と合わせ、どんどん開閉していく。
「兄ちゃん、この人たち……誰?」
「獣人傭兵部隊……この国の盾となって戦ってくれている連中だ」
「国は兄ちゃんたち聖騎士さんが守ってるんじゃないの?」
「それも間違いじゃない。だが、俺たち聖騎士は戦術指揮。後方で鎧で身を固めてたまに魔術を使って援護するくらいで、実際に血を流しているのはこいつらだ」
衝撃的だった。アルミナにとって国の盾とは兄たちそのものであって、それ以外の存在なんて考えもしなかった。
見渡せば包帯を巻き、傷つき、中には四肢を欠損している者までいるというのに。
「……私、知らなかった……」
「教えていないからな。だからこれでお前は“知らないことの怖さ”を知っただろ? 人の上に立つなら教えられる前に自分で疑問を持たなきゃ駄目だ」
「……うん、分かった。私の平和も傭兵部隊さんたちの犠牲の上なんだね……」
「あ、それは違うわ。一人も死んでないから。あいつら」
「……え?」
見てろ、とフォイルが視線で合図を送る。その先には両腕のない牛の獣人、仲間に吸い飲みで酒を与えられながら、苛立ちを吐き出していた。
「なあ、もっと呑ませてくれよ。こんなのは呑んだって云わねえよ
「無理ですよ、少しずつです。怪我がひどいんですから」
仲間の身体の大分小さな獣人は切り分けられた肉に手を伸ばすが、牛頭はわなわなと身体を震わせている。
「ガァ~っ!もうダメだ!」
牛頭は両腕に巻き付けて包帯を噛み千切り、傷を露にする。アルミナが混乱するのも十数秒、見る見る内に肉が盛り上がり、腕の形を整えた。体毛と爪はないが、先ほどまで無かった両腕だった。
「よっしゃっ! 呑むか!」
「その前に肉と小麦を食べて下さい、身体持ちませんよ!?」
「酒で流し込むのが一番だろ!」
混乱するアルミナにフォイルは一言、「こういう奴らなんだよ」。
人間を遥かに凌ぐ体力を土台に甲冑も殴り砕くパワーと生きてさえいればどこでも再生するタフネス。
呆気に取られるアルミナに、先ほどまで牛頭に介助して酒を飲ませていた獣人がヒョコヒョコと近づいて来た。アルミナの方に、というより、アルミナと一緒に居るフォイルとガッシュの方に来た様子だった。
「参りましたよ。この調子じゃ、明日の朝までには皆、傷が全回復しちゃうんじゃないですか?」
「良いことじゃないか? ジャヴェリン」
「良くありませんよ、超回復したあとはみんなぐっすりです。テントまで引きずっていくの、僕みたいな下戸なんですから」
「今日は雨も降らん、そのまま寝かせておいていい。儂が許す」
ガッシュの言葉に、小柄な獣人……ジャヴェリンは「なら良いですけど」と持っていたドライフルーツを口に放り込んだ。
「儂とフォイルは一応見回ってくるが、その娘を頼む。フォイルの妹でこの国の王女だ。間違っても酔っ払い連中が酒のツマミで食ってしまわないように観ておけ」
「了解です。重要任務ですね」
アルミナは後になって知ることになるが、この言葉は動き回って迷子にならないためのガッシュの冗談だったのだが、いかんせんジャヴェリンとアルミナは幼すぎた。
真に受けて、ふたりはその場にしゃがみ込んだ。
「食べます? ドライフルーツ。オレンジとリンゴなら有りますけど」
「あ、ありがと」
城では食べたことの無い味だった。まばらに砂糖が塗してあり、ムラのある保存食。
それでもどこか懐かしく、隣のジャヴェリンのように静かに優しさが伝わってくる食べ物だとアルミナは思った。
ジャヴェリンは頭髪も針金のような硬質な質感で、顔に傷のような亀裂が走っているが、それでも他の身体の大きな獣人と違って人間にしか見えない容姿をしていた。
王族にも居ないような整った顔だち、それに瞳は城に居た誰とも違う、地平線の果てを見ているようで、焚き火と星の光でキラキラと輝いているとアルミナは思った。
「何か食べたいもの、有りますか? 干し肉なら鹿とワイバーン、キノコのスープも取って来ればあるはずです」
「大丈夫。そばに居て欲しい。ジャヴェリンさんは……」
「ジャヴェリンで良いですよ、僕はまだ一五ですから」
「じゃあ年上じゃないですか、ジャヴェリンさん。私はアルミナ・リヒテン・ゼラーズ、九才」
「なら、アルミナさまですね」
「アルミナで良いよ、私もジャヴェリンって呼ばせてもらうから」
「……っふ、ははは、なるほど、了解です」
アルミナは何が可笑しいのかわからなかったが、ジャヴェリンがどうして笑ったのかはわかった気がした。星が綺麗だった。
ただ、穏やかな空気が流れていた。それが心地よいとお互いに感じていることが分かった。
「僕はスープが飲みたいから取ってきます。貴方も飲むでしょう? アルミナ?」
「うん、お願い」
アルミナは王族でも貴族でもない子とこんなに話したのは始めてであることに気が付いた。顔が熱い。焚き火が近いのだろうか。
ジャヴェリンが戻ってくるまで流れ星が燃え尽きるほどの僅かな時間、、そんなことを考えていた。
「お待たせしました。大人は酒と肉ばかりだからスープは余りそうです。どんどん飲んでください」
「うん」
アルミナが城で飲むものより格段にシンプルな味付けに、具材の切り方も乱雑で急いで量だけ作ったというのが見て取れる庶民的な仕上がり。
しかしながら、そのスープは、温かかった。
「美味しいね、これ、なんのスープ?」
「ハックルーム」
「アハハ、モンスターキノコのスープなんだ」
「……そうですけど、何か面白かったですか?」
冗談だと思っていたアルミナは、真顔のジャヴェリンの不思議そうな態度に、深く指摘してはいけないことを察した。
しかしながら、間の悪いことというのは有るもので。ガッシュとの見回りから戻ったフォイルは嬉しそうに匂いを嗅いでいた。
「あれ、アルミナ、ハックルームのスープ食えたか。それ美味いよな」
その発言に、キッっとアルミナはフォイルを睨み付けた。答えを確定させるなという抗議の瞳だ。
「……俺何したよ? ガッシュ?」
妹である王女の豹変理由を隣のライオン獣人に求める聖騎士の兄。
当のガッシュはここでは肩書きは意味を持たないことを沈痛していた。
「状況は理解できたと思うが、儂が説明しても仕方ないだろう……待て、ジャヴェリン、何してる?」
「ハックルームのスープのお代わりですけど」
「ああ! 今云うんだ、それ!」
王女は、兄のフォイルが自分以外の前では素を出さないことを知っていたが、自分は兄の前ですら本当の自分を出せていなかったことを知った。
ここでは自分は王女ではない、ただのアルミナなのだ。
「さてと、それじゃやりますか?
五杯目のスープを飲み干した頃、ジャヴェリンは立ち上がり、懐から細長い筒を取り出した。
それを見て、ガッシュが大きく息を吸い、そして。 「酔っぱらいども、立て!」
ガッシュの号令に答え、勢いよく立ち上がった獣人たち。
「戦場で膝を突くときは!」
『死ぬとき!』
「勝つときは!」
『大地踏みしめ立っていろ!』
突然の威圧的かつ軍隊的な状況に、アルミナはフォイルに説明を求めた。
「あいつらの風習だな、俺たちがパーティーをやるようにあいつらも踊る。ただ振り付けとかはないけどな」
アルミナが視線をフォイルから獣人たちに戻すと、いつの間にか両足に鎖をじゃらじゃらと巻いている。
「両足で立つなど生温い! 片足だけでも勝鬨上げろ!」
『オオォっ!』
どこからともなく聞こえる笛の音。その音に合わせて獣人たちはそれぞれに片足を上げ、その足を下ろすときは同時に逆の足を上げる。足の上げ下げ。それをただ繰り返す。
鎖がそれぞれに金属音を出し、笛の音と合わさっていく。
フォイルはアルミナに、これは獣人たちの習性に伴う文化だと説明した。
重りを付けた足の上げ下げはトレーニングも兼ねるし、振り付けもただ足を交互に上げるだけだからすぐ覚えられる。
戦いに勝ったその日にも間隙なく鍛練し、しかも獣人同士で最後まで踊っていられるかを競うから盛り上がる。
獣人らしい熱狂的かつ合理的な儀式だとフォイルは締めくくったが、アルミナには聞こえていない。
アルミナの視線の先には、笛を吹くジャヴェリンの姿しか映っていなかった。
優しく、それでいて鎖の激突音にも負けない強い音色。
最初は優しく接してくれることへの好意だった。
次は自然体の自分で居られる心地よさだった。
それは今、旋律に乗って恋に変わっていた。
ルナティック。月と星とが見守る幻想と情熱の夜。
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