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ブルーカイトは空気が読めない  作者: 半熟ベーコンエッグ
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【九(最終話)】

【九】


「さて、海斗、言い訳は何かある?」

 カジュアルスタイルのコーディネートだが、持ち前のスタイルの良さを活かした勝負服に身を包んだアリーシアは、目の前で突っ立つ海斗に笑顔を向けてそう言った。

 海斗も下はジーパンに上はパーカーと、アリーシアと同じカジュアルではあるが、おしゃれに気を遣って選んだ末のアリーシアとは違い、タンスから適当に引っ張り出した服を着たという感じだ。

 しかし、アリーシアは海斗がそんなファッションで待ち合わせに来たから言い訳を求めているのではなく、海斗の後ろに居る二人について言い訳を求めている。

 海斗の右後ろにはアリーシアと海斗と同じカジュアル路線だが、ハンチングにパンツスタイルというボーイッシュなファッションの梨沙。その梨沙は、アリーシアを遠慮がちに見詰め、申し訳なさそうに笑みを浮かべる。

 海斗の左後ろには、大企業のお嬢様らしく、海外のセレブやスターという印象を受けるエレガントスタイルのファッションで決め、大きめのサングラスを外しニヤリとアリーシアに微笑む。

 その二人を改めて見た後、アリーシアは海斗に視線を戻す。海斗は、アリーシアの質問に真面目な声で答えた。

「今日、アリーシアと用事があるという話をしたら、二人が一緒に来たいと――」

「なんで話すのよッ!」

「今日は暇かと聞かれたから、アリーシアと用事があるから暇ではないと――」

「そこは、ごめんちょっと無理って言えばいいでしょ!」

「理由をきちんと説明しなければ相手を納得させられないだろう」

「……ハァー、で? なんでこの二人が一緒に来ることになったの?」

「宮下には一緒に行きたいと頼まれたからだ。金江は分からない」

 梨沙はアリーシアには悪いと思った。しかし、アリーシアと海斗が友人としてではなく、男女として仲良くなってしまいそうなイベントをみすみす決行させる訳にはいかなかった。

 結莉亞の方は、休日を利用して海斗を懐柔しようと考えていた。だが、海斗の休日には先に予定があった。その予定には、ライバルではないと見ていたアリーシアが関わっている。このままでは、アリーシアに海斗を先に懐柔されてしまう。そう考えた結莉亞は、無理矢理海斗の予定に自分をねじ込ませる事にした。それで、海斗とアリーシアに尾行を付けさせて二人の目的地を探ったのだが、当然の如く尾行は撒かれてしまった。しかし保険として付けていた梨沙の尾行は成功し、今ここに居るというわけである。

 そんな事を知らないアリーシアは、非難の目を海斗に向ける。

「もう! 海斗が空気が読めないから今日一日付き合ってって言ったのに、なんで今日も最初っから空気読めないのよ!」

「あら? あなたって、胸も小さければ器も小さいのね?」

「どっちも小さくないわよ!」

「だったら、彼女と私が一緒に居ることくらい問題にはしないでしょう?」

 アリーシアは海斗と二人きりで過ごすつもりだった。だから、まさか海斗が梨沙と結莉亞を連れてくるなんて思ってもいなかった。

 確かに、アリーシアは海斗に二人きりで過ごそうとは言っていない。だが、アリーシアに確認も無く連れてきたのは海斗に落ち度がある。

「後で、何か埋め合わせしてもらうからね」

 海斗の答えを聞かずに振り返って歩き出すアリーシア。そんなアリーシアの後を、海斗達三人は黙ってついて行く。

 場所はアリーシアが宿泊しているホテル。襲撃現場になったシーリゾート・ロイヤルではないが宮崎でも歴史のある高級ホテル。海斗は昨日入ったが、梨沙はホテルを見上げてポカーンと口を開ける。

 梨沙はアリーシアを誘拐する事に利用された。しかし、事の詳細はほとんど聞かされていなかった。だからアリーシアがお金持ちの家だとは知っているが、実際どんな国のどんな身分の人間だったかは分かっていない。アリーシアの方も、自分を狙っていた黒服の一人が梨沙だった事を知らない。それは、主に海斗の判断だ。

 元々アリーシアの身分は公にするつもりのものでもなかったし、梨沙の事情も公にするのは梨沙にとって酷な事だ。だから、海斗は互いに知らない方が良いと判断した。アリーシアから朴念仁とこき下ろされる海斗もそういう気は遣える。その気が遣えるのは、犯罪被害者保護のために必要な事だからという理由もある。

 そんな何も知らない梨沙は、自分の生活では入る事のない高級ホテルの中に足を踏み入れ、重厚で豪華な雰囲気のエントランスに圧倒される。

「はぁ……」

 三人の前を歩くアリーシアは、そんなため息を漏らす。

 今日、アリーシアはこのホテルから出ることは許されていない。つい昨日、数百人以上の市民を巻き込んだホテル襲撃事件とハイジャック事件が起きたのだ。しかも、その二つの事件はアリーシア誘拐のために引き起こされた事件である。アリーシア自身に責任があるわけではないが、アリーシアは自分のために多くの命が危険に晒された事を重く思っている。だから、外出を控えるように護衛から言われても素直に承諾した。だがしかし、外に行けば楽しいものが沢山あるというのに、ホテルの中で過ごさないといけないというのはつまらないものだ。

「それで、この何も無さそうなホテルで何をするのかしら?」

「ここにはスパやレクリエーション施設があるの。一人で遊ぶのも退屈だし、暇つぶしに海斗に居てもらおうと思ってたんだけど、なんであんたも来たのよ」

「あら、私が庶民と遊んで差し上げるのにご不満?」

「嫌味ったらしいあんたが居てほしいと思う奴なんて居ないわよ」

「ごめんなさい。私には何が嫌味なのか分からないわ」

「外国人の私が言うのはなんだけど、あんた日本語を勉強し直した方が良いわ。あんたの口からは嫌味しか出てないから」

 ゆったりと後方を歩く結莉亞に言葉を投げ付け、視線は梨沙の隣を歩く海斗に向ける。

 梨沙が海斗に想いを寄せているのは、傍目から見ても明らかだ。この場でその好意に気が付いていない人間が居るとしたら、海斗ただ一人だろう。その朴念仁海斗は周囲に視線をめぐらせている。もちろん、物珍しくて見渡している訳ではなく、警備の配置や万が一の場合の脱出経路の確認である。アリーシア自身も、そんな事だろうと大まかに海斗の視線の意味を察していた。

「じゃあ、最初は卓球をしましょう」

「何故、卓球なんて庶民の遊びを私がやらなければいけないのかしら?」

「そもそも私はあんたの事は呼んでないわよ!」

「アリーシア、落ち着け」

「ていうか、全部海斗が悪いんだからね!」

「何故だ」

「勝手に人を増やしたのは海斗でしょ!」

 結莉亞に出鼻を挫かれた挙げ句、八つ当たりした海斗には聞き返され、完全にペースを乱されるアリーシアは真っ赤な顔で二人を怒鳴り付ける。

「日本人はホテルに泊まったら卓球をするものでしょ!」

 アリーシアの言うとおり、日本では温泉宿での卓球というのは定番とされている。しかし、その定番に関して梨沙が素朴な疑問を浮かべて口にする。

「あの……このホテルに卓球台ってあるのかな? 卓球台ってもうちょっと和風な旅館とかにあるんじゃ?」

「え!? 日本のホテルには卓球台が必ずあるものじゃないの?」

 アリーシアは海斗の方を見て尋ねる。しかし、海斗に聞いても分かるわけはなく、聞かれた海斗は近くに居たホテルマンを呼び止めて訪ねる。

「すみません、このホテルに卓球台はありますか?」

 海斗に呼び止められたホテルマンは丁寧に一礼した後、申し訳なさそうに口を開く。

「申し訳ありません。当ホテルには卓球台はご用意しておりません。ですが、フィットネスルーム、屋内プール、その他にはサウナや大浴場と言ったスパ施設がございます」

「ありがとうございます」

 立ち去るホテルマンを見送った後、海斗はアリーシアに視線を向ける。

「だそうだ」

「だそうだ、じゃないわよ! どうするのよ! 卓球台がないんじゃ卓球出来ないじゃない!」

 頭を抱えてうな垂れるアリーシア。しかし、ないものは仕方がない。

「せっかく良いジム設備があるんだ。ジムとプールで体を動かしてサウナと浴場で運動の疲れを取る。それで十分だろう」

 海斗としては、体が鈍るのを防げて助かる。それに、警察学校で用意されているトレーニング設備では他の生徒に会うが、ここでは他の生徒に会うわけがない。気楽に自分のペースで周りの視線を気にせずトレーニングが出来る。

「何故休日に体を動かさなくてはいけないのかしら」

 体を動かす事が大の苦手である結莉亞は真っ先に海斗の提案に否定的な意見を述べる。結莉亞は海斗の機嫌を取って懐柔する目的で来ているのだが、自分がやりたくない事はやらない主義の彼女は、目的とはちぐはぐな行動になる。そして、三人目の梨沙は、ちゃっかり海斗の隣をキープしてニッコリ笑う。

「私は青野くんに賛成かな。私も体を動かすのは好きだし」

「では、俺を宮下はジムで体を動かす事にしよう。アリーシアと金江はそれぞれ好きな事を――」

「なんでそうなるのよ! 私も運動するわよ!」

 海斗の提案を遮り、アリーシアはすぐに海斗の提案を肯定する。ここは早々に結莉亞を除外し、海斗と関わる人間を減らすチャンスだった。

「分かった。では、運動する者はジムに行こう。しかし、この服装では困るな」

「少し待ってなさい。用意させるわ」


 広い空間の中に様々なトレーニングマシンが並べられた本格的なフィットネスルーム。その窓際に並べられたランニングマシンで、アリーシア、梨沙、海斗の三人は汗を流していた。しかし、様子は三者三様だった。

「ハァハァ……」

 最初は軽快に走り始めていたアリーシアは、軽いジョギング程度の速度でしかなかったランニングマシンのスピードに遅れ始め、ランニングマシンの安全装置であるクリップに繋がった紐が引っ張られる。アリーシアの安全装置が発動する直前、海斗が横からマシンの速度を落とした。

「アリーシア、無理は良くないぞ」

「ハァハァ……なんで、海斗は……ハァハァ、平気なのよ……」

 海斗はアリーシアの軽いジョギング程度のスピードよりも遥かに速いスピードで走っている。息が上がっていない訳ではないが、呼吸を乱すまでにはなっていない。隣でへばったアリーシアのランニングマシンを操作する余裕はある。

 海斗はTKTの隊員として毎日トレーニングをしているから、他人より限界値が高いのも当然だが、自分の限界値がどの程度か熟知している。アリーシアの様にトレーニングをする機会が少なく自分の限界以上のスピードや運動の継続可能時間を見誤ったりしない。もし海斗が自分の能力を過信するような人間なら、既に海斗はこの世には居ないだろう。

「平気ではないが、このスピードが俺には合っている。しかし、宮下はなかなかやるな。同年代の女性にしてはかなり運動能力は高い」

 隣をアリーシアと同程度のスピードで走る梨沙に海斗が視線を向ける。

「そ、そうかな?」

 アリーシアのように呼吸を荒く乱しているわけではないが、海斗のように余裕があるわけではない。それは海斗の言ったように、単に同年代女子の平均よりも梨沙の運動能力が高いという理由だけである。ピストル射撃に伴うトレーニングで運動をする機会が多い梨沙は、アリーシアのように運動不足や体型維持のために軽い運動をする女子よりも運動能力は高い。

「床に両手足をつく姿がお似合いね」

「ハァハァ……座って見てるだけのあんたに言われたくないわよ!」

 正面にあるベンチに座りニッコリとアリーシアを見下ろす結莉亞に、見下ろされて微笑まれたアリーシアが怒鳴り返す。

 四人はアリーシアが護衛に用意させたスポーツウェアを着用して、ホテルのフィットネスルームで汗を流すことにした。しかし、結莉亞はウェアに着替えたものの「運動はしたくない」と、汗を流す三人の姿を見ているだけだ。

 アリーシアはシャツの襟元を摘まんで風を送る。鎖骨の辺りが艶やかに汗ばみ、漏れる荒い呼吸を落ち着かせようとする。

「アリーシア、急に立ち止まるのは良くない。クールダウンをしっかりやらないと」

「分かってるわよ」

 海斗に促され立ち上がり、ストレッチをして体を解す。クールダウンをしながら、アリーシアはチラリと海斗に視線を向ける。

 アリーシアは海斗に惹かれている。いや、もう既に好意を抱いている。アリーシアは海斗の事が好きなのだ。

 憧れのブルーカイトであったからだけではない。初めて出来た友達、初めてアリーシアの身分を意識しなかった、一線を引かなかった人だから。

 海斗は空気が読めないし、アリーシアの好意にも察しが悪い。しかし、さっきランニングマシンを止めたように、アリーシアをいつも見守って気に掛けてくれる。それが護衛対象であるという事からだと頭では理解していても、既に海斗を好きだと認識したアリーシアには、それでも自分が海斗にとって特別な存在になれるのではないか、そういう淡い希望があった。

 アリーシアと海斗の過ごした時間は短い。それでも人が恋に落ちる事に時間は関係ない。全てはタイミングなのだ。出会うタイミング、二人が関わるタイミング、そして気持ちが変化するタイミング。それが早いか遅いかというのは関係ない。

 海斗ともっと仲良くなろうと考えたアリーシアの、海斗と二人きりで過ごす計画は無駄になってしまったが、内心アリーシアはホッとしている自分に気が付いていた。

 海斗の事を意識し始めてから、海斗の事を好きだと気付いてから、海斗が急に遠い存在に感じていたのだ。何を話せばいいのか分からない。どんな自分なら海斗は好きになってくれるのだろう。海斗には好きな女の子は居るのだろうか。そんな事を考えていたら、海斗という存在が少しだけアリーシアの側から遠退いた。でも、それは海斗側が遠退いたわけではなく、アリーシア側が尻込みしていただけだった。

 まともに友達が居た事がないアリーシアは、まともに恋をしたことが無い。それは、同年代の女子としても珍しいと言える。しかし、一国の王女という立場を考えれば仕方のないことだ。自分に関わる人間は、両親や護衛によって選定され、関わる人間自身も、自身を選定してアリーシアに関わるか選ぶ。だから、アリーシアと接する人間というのはごく一部の人間しか居なかった。もちろん、社交の場で無難な会話をする人はごまんと居た。でもその人達との会話は、仲良くなろうという気はなく、社交界のマナーとして交わされたものだ。

 しかし、アリーシアに好意を示さなかった男性が居なかったというわけでもない。

 アリーシアは見た目も女性らしく同年代女子と比べてもかなり高いレベルの美少女。それにアリカロ王国の王女、いわゆるプリンセスであるという付加価値もある。美少女プリンセスという極上のステータスを、自分を彩る最高の装飾品を求める男は後を絶たなかった。だが、世の中の悪意に晒される事の多かったアリーシアは、そんな男達の真意をすぐに理解した。

 必要以上に自分を褒める言動、全身を嘗め回すように査定する視線。そんな者ばかりで、アリーシアはそういう男には笑顔で無難な言動を返し、互いの間に強固な壁を築いた。

 だがしかし、海斗はそんな男達とは違った。

 良い意味で海斗は何も考えていないのだ。だが、きちんと守る対象としてアリーシアの周囲を警戒したり、アリーシアに自分の正体を晒さないようにしたりしていた。しかし、海斗はアリーシアを女性として査定したり、下心だけで接したりしなかった。何も考えず、普通に自分が他人と接するやり方と同じ行動をとった。それは、普通の人からしたら無愛想で淡泊な関わり方だったが、アリーシアにとってはとても特別で輝いて見えた。

 そう考えているうちに、アリーシアはいつの間にか海斗の事を好きになっていた。

 しかし、アリーシアと海斗には出会ってからの時間よりも、身分や国境と言った壁が多い。

「アリーシア」

「えっ!?」

「何故、俺を見てため息を吐く」

「い、いや、ちょっと疲れたからため息吐いただけよ! 別に海斗は関係ないわ!」

「そうか、よし、そろそろ俺も止めよう」

「私も」

 ランニングマシンのスピードをそれぞれ落としてマシン上から下りた海斗と梨沙は、ストレッチをしてクールダウンを行う。

 二人が息を整えたところで、アリーシアはフィットネスルームの時計を確認する。まだまだ時間はあるが、このホテルではその時間を消費するものは少ない。

「汗を掻いたからサッパリしたいわね」

「私も、お風呂で汗は流したいかも」

「アリーシア、宮下、どうした?」

 アリーシアと梨沙は汗を掻いた自分の体を見てから、近くに居た海斗を見てサッと遠ざかる。その不自然な行動に海斗は首を傾げて二人に尋ねた。

 二人の行動の理由は単純で、自分の汗の臭いを海斗に嗅がれたくなかったからだ。海斗にそういう特殊な趣味はないが、二人は好意を持っている男性の側で、汗の臭いが漂う状態のまま平然としていられるような女子ではなかった。

「では、私も汗を流させてもらおうかしら」

「あんたは汗なんて掻いてないでしょ!」

「あら? こんなに厚かましい、あら間違えましたわ、暑苦しい方の側に居たら暑くなってしまって」

「絶対わざとよね? それ!」

 ムキーっと結莉亞に突っかかるアリーシアに、結莉亞は余裕の笑みを返す。そんな二人をアワアワと慌てながら交互に見る梨沙。その輪の端から、海斗はアリーシアをジッと見ていた。


 もちろんというか、当然浴場は男女別である。だから、入浴時に四人が出会すこともなく、入浴を終えて休憩した後、室内にあるプールに足を運ぶ。プールと言っても、レジャープールのように、流れるプールやウォータースライダーがあるわけでもなく、至って普通のプールだ。

 水着に関しては、ホテル側が様々な種類の水着を用意しているため、四人はそれぞれ好みの水着を選びプールサイドに現れた。

 オレンジを基調とした、爽やかな三角ビキニ姿のアリーシア。日本で一般的な三角ビキニは比較的布の面積が広く控えめな印象だが、アリーシアが選んだ三角ビキニはマイクロビキニほど布面積が狭いわけではないが、日本で一般的なそれに比べれば十分挑戦的な水着だ。

 結莉亞はフリルが多めのピンクを基調とするチューブトップタイプビキニ。フリルが多めのチューブトップは胸のボリュームに自信がない女性でも、フリルのボリュームのおかげで胸元を盛る事が出来る。しかし、元々同年代女子よりも胸元のボリュームが豊かな結莉亞が着用するとその破壊力は抜群。

 そして、梨沙は控えめなフリル装飾の、黒いホルターネックタイプのビキニ。ビキニとしてはかなり控えめな部類だが、ビキニなんて着たことのない梨沙にとってはかなりの挑戦だった。着用している今でも火が出そうなほど体を真っ赤にしているが、圧倒的な魅力を持っているアリーシアと結莉亞に対抗するためには、自分の恥ずかしさにうち勝つしかなかった。

「か、海斗、どう?」

「私の水着はどうかしら?」

「青野くん、どう、かな?」

 スパッツタイプの泳ぎやすさ重視の水着を着用する海斗は三人に視線を向ける。そして、軽く視線をめぐらせて腕を組んだ。

「泳ぎにくそうとか言ったら叩くわよ」

「何故分かった」

「…………ほんと、海斗って……」

 口を開こうとした海斗の言葉を先読みし、アリーシアが冷めた目を海斗に向ける。そして、自分の言葉を予測された海斗は腕を組み直す。

「…………女性が着る水着みたいだな」

「水着を着た女の子を見てその感想ってどういう事よ!」

 じっくり間を取った後に出た感想に、アリーシアは当然の意見を述べる。しかし、海斗は三人の水着姿にその程度の感想しか抱かなかった訳ではない。

 アリーシアは体の細さが際立って雑誌のモデルのように、美術品のような気品が感じられた。結莉亞は女性らしさの象徴という豊かな胸元以外にも、体の線が全体的に滑らかで、大人の女性のような色香がある。そして、梨沙は控えめな水着が彼女の清楚さや奥ゆかしさを感じられて、年相応の女子として魅力を感じる。そんな感想は心の中で抱いても、海斗にはそれを言葉に出来る、褒め言葉の語彙が乏しい上に、そういう事を女性に対して言って良いか悪いかという判断基準になる経験が無い。だから、無難な表現をするしかなかったのだ。

「まあ、海斗が饒舌に女の子の水着を褒めだしたら、それはそれで変だし」

「そうだね」

 アリーシアの言葉に梨沙も苦笑いを浮かべて同意する。

「じゃあ、さっそく泳ぎましょう! まあ、あんまり激しく泳ぎたくはないけど」

「さっき、運動したばかりだからね」

 プールに足から浸かり、ほのかに温かい温水プールに体を浸ける。体を包み込む水はお風呂のお湯ほどではないものの、包み込まれる心地よさがある。その心地よいプールをゆったりと漂うアリーシアは、プールサイドで立つ海斗に視線を向けていた。

「やっぱり、凄い体してるわね」

 フィットネスルームでも明らかだった身体能力の高さを支えている、鍛え抜かれた海斗の肉体。筋骨隆々というわけではない、ただ筋肉量が多くがっちりしているわけではなく、動きの邪魔にならないように研ぎ澄まされ精錬された肉体。それは、自然と視線を向けてしまう魅力があった。

「やはり、綺麗な肉体をしているのね」

「ななな! なにしてるのよあんたっ!」

 海斗の隣で、海斗の肉体について感想を述べた結莉亞がソッと海斗の胸板に手を触れる。その自然なボディータッチに、触られた海斗ではなくアリーシアが取り乱して声を上げた。

「何と言われても、体に触れているのよ?」

「なんで海斗に断りも無しに触ってるのよ! そういうのは女子がやってもセクシャルハラスメントよ!」

「あら? 私が触れるとご褒美になるのよ?」

「なんでそんなに自信満々なのよ!」

 確かに、普通の思春期男子高校生が、結莉亞のような女子に体を触られ「良い体ね」と褒められれば嬉しくなり、それなりに下心を抱いてしまうのは避けられない。しかし、海斗は女子に興味があると言っても、普通の思春期男子高校生とは少し違う。海斗は素直に、ただの褒め言葉ととった。そして、それにただの褒め言葉という以外の感想は抱かなかった。

「あの、青野くん。その……私も、触っていいかな?」

「ああ」

「あ、ありがとう」

「ちょ! か、海斗!」

 梨沙は海斗の二の腕に手を触れ、硬い筋肉に触れ海斗の体に触れているという事を意識し、カッと体を熱くする。

 アリーシアは自分の体を梨沙に触れさせた海斗を見て慌ててプールから上がり、海斗に駆け寄る。しかし、プールから上がった瞬間にプールサイドで足をとられた。

「あっ!」

 アリーシアが声を上げた瞬間、視界から海斗の姿が外れ、自分の体が仰向けに傾くのを感じる。このまま倒れればプールサイドの床で頭を強打する。そう感じたとき、アリーシアの体の傾きは途中で止まった。

「危ないだろう、何をそんなに慌てているんだ」

 倒れるアリーシアの体を背中から支え、海斗は上からアリーシアの顔を覗き込む。プールで感じた体を包み込む温かさよりも熱く、更に心地よく高揚する感覚。アリーシアはボウッと頭の熱が上がる。

「アリーシア?」

「えっ?」

「大丈夫か? 運動をして体調を崩したのではないか?」

「そ、そんな事ないわよ! ちょっと足を滑らしただけ! 助けたくれてありがと!」

 突き飛ばすように海斗から離れるアリーシア。両腕で自分の体を抱き、視線を海斗の顔に向ける。一切の動揺を見せず顔色も至って普通。そんな海斗を見て、いつも通りだと安心すると同時に、アリーシアは自分の心に僅かに灯った希望の光がしぼむのを感じた。


 プールでゆったりとリラックスした四人は、プールを出て着替えを済ませる。そして再びエントランスで集合した時、結莉亞が手首に付けた腕時計を確認し息を吐く。

「申し訳ありません。今から家の用事があるので、これで失礼しますわ」

「へー、そう」

 腕を組んだアリーシアは興味なさげに視線を逸らして言う。

「私もそろそろ帰らないと」

「えっ? 梨沙も帰るの?」

「買い物とか家の事をやってこなかったから」

「そう、じゃあ仕方ないわね」

 梨沙は持っていたスマートフォンで時間を確認し、申し訳なさそうに笑みを浮かべる。そんな梨沙を見てアリーシアはニッコリ笑う。

「まあ元々、二人は勝手に来たんだし、好きな時に帰って良かったのよ。まったく、人は増えるし卓球台は無かったし最あ――」

「二人とも気を付けて帰るんだぞ。最近は何かと物騒だからな」

 海斗がアリーシアの言葉を遮り、結莉亞と梨沙に声を掛ける。二人はアリーシアから海斗に視線を移した。

「では、またお会いしましょう。次、お会いする時には、付き人の件、良いお返事を期待しているわ」

「残念だが、その気はない」

「あらあら、連れないわね。では、失礼しますわ」

 ニッコリと微笑む結莉亞がホテルの正面出入口から出て行くと、すぐに高級外車が停車し、結莉亞はその高級外車の中に乗り込んでいく。

「私もこれで」

「宮下」

「何? 青野くん」

「気を付けて帰れよ」

「ありがとう、アリーシアさんもまた」

 梨沙は犯罪に巻き込まれた。だから、特に注意するようにという意味で海斗は声を掛けた。しかし、頬を赤く染める梨沙には、正しい意味では伝わっていなかった。

 ホテルを出て行く梨沙の後ろ姿を黙って眺めるアリーシアと海斗。そして、アリーシアが出入口に背を向けた時、海斗はアリーシアの背中に声を掛けた。

「別れの挨拶はよかったのか?」

「別れるわけじゃないわ。いつまた来れるか分からないけど、帰国するだけよ。それに、私はそもそもあの二人は呼んでないし」

「そうか」

 アリーシアは、今日アリカロ王国に帰る。アリーシアの誘拐事件が起き、日本国民を巻き込んでしまった。それにアリーシアの身を守るには、他国の日本より自国のアリカロ王国内の方が都合が良い。

 アリーシアは心のどこかで、梨沙と結莉亞が帰るのを名残惜しく感じていた。

 海斗と違い、アリーシアは友人関係に口約束は必要無いと思っている。ただ、友人と他人の境界が分からないのだ。アリーシアは、自分が感じている名残惜しさが何を意味するのかは分かっていた。でもそれでも、本当にそうだと言って良いのか分からなかった。そんな経験がほとんどなかったから。

 どうして良いか分からず、突き放すような事を言ってしまいそうだったアリーシアは、その言動を止めてくれた海斗に感謝した。そして、次に来るときに、感じた名残惜しさと胸に抱いた気持ちの正体を確かめよう、そう決めた。

「ねぇ、海斗はどこまで護衛に来るの?」

「アリーシアがプライベートジェットに乗り込むまでだ」

「そっか、最後の最後まで悪いわね」

「任務だからな」

「うん、じゃあ最後までお願いね」


 宮崎空港は厳戒態勢が敷かれていた。一時的に滑走路を封鎖し、一切の航空機や人の出入りが出来ないようにする。そしてその封鎖された滑走路に一機のプライベートジェットが到着し、タラップが設置される。

 タラップの近くまで乗り入れられた黒塗りのセダンが停車すると、中からアリーシアとアリーシアを囲む護衛が現れる。そして、その護衛の中には海斗も居て、タラップの近くまでアリーシアを送っていく。

「海斗、短い間だったけど、色々迷惑掛けちゃったわね」

「問題ない、任務の内だ」

「私が帰った後は学校はどうするの?」

「元の学校に戻るはずだ」

「そっか、じゃあまた友達ゼロに逆戻りね」

 ニッコリと微笑むアリーシアに、海斗はいつも通り首を傾げる。

「なんだ、帰国したら友人ではなくなるのか?」

「海斗……」

「国は違えど、俺とアリーシアは友人だ。それに今の時代、地球の反対側に居ても連絡くらいはとれる」

 アリーシアは握り締めた拳を解き、俯いて呟く。

「いいえ、友達ゼロに逆戻りよ。私は海斗と友達を辞めるから」

「……そうか、それは、残ね――」

 ふわりと香る甘い香り。胸に当たる柔らかい感触。体全体を包み込む温もり。海斗はアリーシアに抱き締められていた。

「好き……好きよ、海斗。私は、海斗の事が好き」

 アリーシアは海斗の顔をまともに見ることが出来なかった。顔は目の前に火でもあるかのように熱く、体は内から溶かされそうなほど火照っていた。

 人生初の告白。初めての恋。そして、初めて友人を失う。

「アリーシア、俺はブルーカイトだがアリーシアが好きなブルーカイトとは――」

「分かってたわよ。誘拐犯の車から助け出してくれた時に、『逃走は不可能だ。全員抵抗せずに車外へ出ろ』って言ったでしょ? あの時にすぐ分かった」

 アリーシアは、一度目に誘拐されて助け出された時には、既に海斗がブルーカイトだという事に気が付いていた。それを今の今まで黙っていた。勇気が出なかったという事もある。でもそれは、海斗とは違い空気の読めるアリーシアが、海斗が身分を隠さないといけない事情があると察したからだ。

 でも、今は互いに自分の正体を知り合っている。

「一回目も海斗が来てくれた、だから二回目の時も絶対に海斗が来てくれるって思ってた。でも、私のせいで海斗を危ない目に遭わせてしまったわ。本当にごめんなさい」

 アリーシアは体を離し、力無く微笑む。

 思いは告げた。これでいい。これで、日本でやり残した事は無い。そうアリーシアは思い、抱いた想いを手放そうとした。しかし、離れていくアリーシアの手を海斗が右手で掴んだ。

「えっ?」

「アリーシアは何がしたいんだ」

「へっ?」

 感動的な別れに対して、完全に水を差す言葉に、アリーシアは間抜けな声で聞き返す。そして、みるみるうちに顔を真っ赤にさせる。

「何がしたいんだってどういう事よ! せっかく私がドラマチックで感動的な別れにして素敵な思い出にして忘れようとしてるのに、なんて事言うのよ! ほんっとうに空気読めないわねッ!」

「思い出にされては困る」

「…………はっ?」

 アリーシアは海斗に掴まれた手を震わせ、その震えが体全体に移るのを感じながら、震えて上手く動かせない唇で、何とか聞き返した。

「それって、どういう……」

「思い出にされては困るという話だ」

「だから……それってどういう意味で……」

「好きな女子に告白されて、それを一方的に思い出にされて忘れられては困る」

「ちょっと待って……えっ? 好き? 好きな女子?」

「ああ」

「ああって」

「俺もアリーシアが好きだ」

「それを真っ先に言いなさいよ! なんで回りくどい返事なのよ!」

「アリーシアが忘れろと言うか――」

 海斗の両肩に手を置き、つま先立ちになってつき上げるようなキス。そのとっさにアリーシアが交わしたキスは、ファーストキスにしてはかなり上手くいった。

 互いの距離を最も近く感じ、互いと互いを隔てるものが何もない。今のアリーシアと海斗には、国境の壁も身分の壁も何も意味を成さなかった。

 長い間交わされたキスが終わり、互いに名残惜しさを感じながら体を離す。アリーシアは俯き、チラッと視線を海斗に向ける。

「遠く離れてるからって、浮気しちゃダメよ」

「あいにく俺は女子にモテない」

「はい嘘。こんな格好いいスーパーヒーローがモテないわけない。毎日じゃなくていいから、こまめに連絡していい?」

「常識的な範囲なら」

「そこはいつでも良いって言うところでしょうが!」

「無理させてアリーシアが体調を崩してはダメだ。王女というのは多忙なのだろう」

「大丈夫よ、海斗が居てくれれば前よりも頑張れるわ」

 体を離した後も繋がれていた手が、どちらからともなく解かれる。そして、アリーシアは両手を後ろに組んで明るく笑った。

「私、学校では身分隠すために偽名を使ってたけど、本名はアリーシア・ヴェルニカ・アリカロって言うのよ。ヴェルニカは祖母の名前なの」

「そうか、俺は――」

『シークワン、市街の銀行で立て籠もり事件が発生した。すぐに現場へ急行せよ』

「……俺は――」

「行って、海斗」

 口を開きかけた海斗に、アリーシアは満面の笑みで言う。

「仕方がないから、私のスーパーヒーローを日本のみんなに貸してあげるわ! スーパーヒーローらしく悪い奴らをやっつけて来て! それと、ちゃんと無事に戻って来てね!」

 タラップを駆け上がったアリーシアが、下に居る海斗に声を張り上げて手を振る。海斗は右手の指を揃えて肘を曲げ額の前でビシッと構えた。

「了解ッ!」

 挙手の敬礼を行った海斗は、タラップに背を向けて走り出す。

『トビくん、装備投下したから回収して。あと新しい装備も一緒に入れといたから』

「了解」

 海斗は投下された装備の入ったバッグを発見し、一分も掛けずに着替えを済ませる。そして、バッグの底にある脱着式のインラインスケートを靴に装着する。

『モーターを付けて自走出来るようにしたわよ。スイッチとスピード調整はベルトのバックルね』

「助かる」

『それと、彼女出来て良かったわね』

「……それは任務に関係の無い話だ」

 後ろから小型機が離陸する音を聞きながら、海斗は装備を確かめて無線へ話し掛ける。

「こちらブルーカイト。これより現場へ急行し、単独強襲任務を開始する」

 小説家になろうを含め、ネットに投稿されているウェブ小説の中から、本作『ブルーカイトは空気が読めない』を最後まで読んで下さりありがとうございました。

 本作を読んで下さった方の、せめて時間潰しくらいになれていれば幸いです。

 本作を機に投稿者の他作も読んで頂けると嬉しく思います。本当にご観覧ありがとうございました。

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