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ブルーカイトは空気が読めない  作者: 半熟ベーコンエッグ
8/9

【八】

【八】


 離陸前だった旅客機のハイジャックが起こり、滑走路は封鎖されている。その滑走路から離れた場所で、海斗はハンドガンを向けられている。国立桜花女子高等学校の友人、宮下梨沙の手によって。

「いつから俺の正体が分かっていた」

「怪しいなって思ってたのは学校の火事の時から……でも、確信出来たのはホテルの屋上に飛び出してきた時、声を聞いたらすぐに分かった……」

「そうか」

「青野くんはどうして私だって分かったの?」

「俺も声だ。このヘルメットは遠くの音を拾える。さっき、声を聞いた時に分かった」

 先程耳にした声で、海斗は黒服の正体が梨沙だと気付いた。海斗の聞き馴染みのある、優しい声だったからだ。

「ブルーカイトだから青野海斗って名前にしたの? ちょっと分かりやすくないかな?」

「俺が決めたわけじゃない。苦情なら上の人間に言ってくれ」

 無理に笑って冗談を言う梨沙に、海斗は表情を変えずに言葉を返す。そして梨沙は、ハンドガンを突き出すように構え直した。

「私は、青野くんを撃ちたくない」

「俺も、学友の宮下に撃たれたくはない」

「引き返して」「銃を降ろせ」

 同時に言い、同時に黙る。

 海斗は梨沙の握るハンドガンを見る。梨沙の握るハンドガンの銃口はブレることなく海斗を狙っている。それに細いワイヤーを撃ち抜いた事から、かなりの腕前である事は分かる。

「宮下、お前がやろうとしている事が分かっているのか。ステイムダイトが良からぬ事を考える者の手に渡れば、世界の何処かで沢山の人間が犠牲になる。お前の仲間も――」

「あんな人達、私の……仲間なんかじゃない……」

 視線を一瞬落とした梨沙は、瞳から涙を流しながら、唇をグッと噛んでハンドガンを握る手に力を込めた。

「お願い……このまま帰って」

 梨沙の反応を見て、何か事情があるという事を海斗は察した。しかし、梨沙の後ろでは旅客機の扉が閉じようとしている。つまり、梨沙を乗せる気はないという事で、梨沙は捨て駒にされたという事だ。このまま向かい合っているだけではアリーシアを連れて行かれてしまう。

「宮下、話は後で聞く。だから、悪く思うな」

「えっ?」

 驚きの声を上げた時には、梨沙の手にはハンドガンは無く、地面にバラバラに分解されたハンドガンのパーツが転がっていた。

「銃の腕前は良いが、近接戦闘は苦手なようだな。だが、それでいい。宮下に、そっちの世界は似合わない」

 海斗は走り出して梨沙の隣を通り過ぎ、梨沙はバラバラになったハンドガンの側にペタンとへたり込んだ。

 座り込む梨沙は震える右手を左手で握る。

 梨沙には人を撃つ覚悟はなかった。だからハンドガンのセーフティも解除せず、引き金にも指を掛けていなかった。そんな状態では海斗に脅威を与える事など出来ず、簡単に無力化された。


 アリーシアを乗せた旅客機は完全に扉を閉めて離陸するために動き出す。

 空を覆う雲からポツリポツリと雨が落ち、その雨はすぐに強く激しくなった。雨に打たれながら、海斗は全力で遠ざかる旅客機を追い掛ける。

 ワイヤーガンは使い切った。脱着式インラインスケートもこの濡れた路面では滑って上手く機能しない。それに、推進力のないインラインスケートでは旅客機には追い付けない。

『トビくん、腰のワイヤーリールを五メートルに設定してすぐにインラインスケートを装着して』

 無線から聞こえたメカニックの指示に、海斗は瞬時にワイヤーを格納したリールのロックを解除する。すると、そのリールの先に付いたフックを、高速で通り過ぎた物体が引っ掛けていく。

 海斗は、腰に付けたワイヤーに引っ張られつんのめる直前にジャンプし、空中に漂った一瞬で靴にインラインスケートを装着した。

 インラインスケートのローラーが、ガッと滑走路を叩く音が聞こえた後、海斗は凄まじいスピードで滑走路を文字通り滑走する。

 海斗の腰から伸びるワイヤーはきっかり五メートル先を飛行するドローンのアームに引っ掛かっていた。

『私には引っ張るしか出来ないけど、後は何とか出来そう?』

「助かる。旅客機に追い付けれは何とかなる」

 ドローンに引っ張られて、海斗はジリジリと旅客機に追いすがっていく。

 機外から機内へ侵入するには、通常の搭乗口から入るか。機体前方の下部にある整備用ハッチから侵入するしかない。しかし、もちろん搭乗口は開いていないし、整備用ハッチも開ける事は出来ない。

 唯一、開いているのはタイヤを格納するギア格納庫だけだ。だが、格納時のタイヤは高速で回転している。もし、タイヤに体や服の一部が触れてしまえば、大怪我どころではなく即死だ。それに、仮にタイヤを上手くかわせても、与圧及び空調設備のないギア格納庫内は、高高度飛行時にマイナス数十度まで温度が下がる。その環境で、雨に濡れた海斗が長時間堪えることは不可能だ。

 望みがあるとすれば、追いすがる旅客機がギア格納庫の内部に機内へ繋がるハッチがあるタイプである事。そして更に、機内を加圧される前にそのハッチから機内に侵入する事。

 飛行機の扉は、全て内側に向かって押し開ける方式になっている。これは、外開きの場合、機内からの加圧で扉が開いてしまうことを防ぐためだ。加圧された扉を開けるには、約四九〇〇ニュートン、重量に換算すると約五〇〇キログラムの物を動かす力が必要になる。もちろん、そんな力を海斗が出すのは不可能だ。

「メカニック、もっとスピードは上げられないのか?」

『出力全開よ。でも、あっちも出力全開にされたら、吹き飛ばされるわね』

 旅客機はまだ、離陸可能速度まで達していないが、その離陸可能速度まで達したらシステムが自動的にエンジン出力を適正な値まで上げる。そうなれば、ジェットエンジンの噴射でドローンも海斗も吹き飛ばされる。

「メカニック、リールのロックを解除すれば、タイヤのアームにワイヤーを巻けるか?」

『可能よ。でも、ロックを解除すればトビくんは離されちゃうけど』

「大丈夫だ、やってくれ」

『りよーかい』

「カウントゼロで解除する。スリー、ツー、ワン、ゼロ」

 海斗はカウントゼロと同時にロックを解除する。自由になったワイヤーを引っ張ってドローンは高速で飛行し、タイヤの付いた太いアームを迂回して戻ってくる。それを確認した海斗は、ロックを掛けるわけではなく、全力でワイヤーを巻き取った。

 まるで、大砲から発射された砲弾のように、海斗の体はみるみるうちに旅客機へ接近する。

『バカ! そんな速度じゃタイヤに――』

 メカニックの声が無線を響かせた瞬間には、海斗は右手でタイヤのアームを掴み、空中で体を巧みに捻り、高速で回転するタイヤをかわしてギア格納庫に飛び込んだ。

 しばらくして、無線には海斗の落ち着いた声が響く。

『旅客機に取り付いた。機内に侵入し、ターゲットを奪還する』


 旅客機の機内では、前方の座席に黒服二人が座り、その間に挟まれる形でアリーシアが座っていた。

 座席の中央を通る通路にはハンドガンを手にした白人男性が立ち、怯える乗客達を見渡す。

 乗り合わせた約五〇〇名の乗客は、武装した犯人達への恐怖から押し黙っている。

「残念だったな、愛しのブルーカイト様は今頃滑走路でこいつを見上げてるだろうよ」

 座席の背もたれを叩き、白人男性がアリーシアへ嫌味ったらしく笑いながら言う。その言葉にアリーシアは顔を俯かせた。

 自分を護衛していた人達は銃で撃たれた、泊まっていたホテルに居た人達も、自分のせいで危険な目に遭わせてしまった。この飛行機に乗り合わせた乗客達は、今も恐怖に晒されている。そして、自分を救出しようとした彼は、ヘリコプターに宙吊りにされ、空港ターミナルビルに激突した。それが彼ではなかったら、命を落としていた。

 全て、アリーシアが招いた事だった。

 アリーシアは自分を責めた。自分がわがままを言って身分を隠したいと言わなければ、護衛のしにくい環境を作らずに済んだ。そもそも、自分が日本に行きたいと言わなければ、沢山の人を巻き込まずに済んだ、と。

「これで、俺もクソみたいな奴らの下で働かなくて済むぜ。報酬はちゃんと払ってくれよ」

「報酬は全て終わった後だ。ステイムダイトさえ手に入れば、いくらでもくれてやる」

「分かった分かった。金もらったらとりあえず女でも――」

「銃をこちらに渡して、両手を頭の後ろに組め」

「あん? てめえ、下に居るんじゃ」

「聞こえなかったのか。銃をこちらに渡して、両手を頭の後ろに組め」

「……海斗」

 ヘルメットを被ったずぶ濡れの海斗を見て、白人男性は驚愕し目を見開く。そして、アリーシアは声を聞いて、涙を流して海斗の姿を見つめた。

「どうやって機内に――ッ!?」

 機内に銃声が響くと、乗客の短く鋭い悲鳴が鳴り、すぐに静寂に戻った。白人男性の握っていたハンドガンは海斗の発砲した弾丸によって弾き飛ばされていた。

「状況が分かっていないようだな。ブルーカイト」

 呆然と立ち尽くす白人男性の前に、ハンドガンを構えた黒服が立つ。その後にはスナイパーライフルを構えた黒服が居た。

 スナイパーライフルは海斗の頭部を狙っている。そして、ハンドガンはアリーシアのこめかみに突き付けられてた。

「この距離ではまず外さない。どちらもな。手に持ってるそれをこちらに渡せブルーカイト」

「渡しちゃダメ!」

 海斗はマガジンのリリースボタンを押して床にマガジンを落とし、黒服の足元へハンドガンを投げた。

「どうして……私なんかのために」

 アリーシアはハンドガンを投げた海斗を見て声を絞り出す。

 自分のせいで沢山の人が危険な目に遭ったのに、何故自分のために行動するのか。これは自業自得なのに。そう、アリーシアは思った。だから、ここで撃たれるのを覚悟していた。でも、海斗は銃を捨てた。

「アリーシア王女を解放しろ」

「それは出来ない。それはブルーカイトも分かっているだろう。ここでアリーシア王女を解放すれば、我々の計画は水の泡だ」

 黒服達は、アリーシアと引き換えにステイムダイトを手に入れるためにアリーシアを誘拐した。ここでアリーシアを手放しては意味がない。それは海斗も、もちろん分かっている事だ。

 黒服はハンドガンの銃口をアリーシアから外してホルスターに仕舞い、足元にあるハンドガンを拾おうと体を前に倒す。そして、手に掴もうとした瞬間、拾おうとしたハンドガンが黒服の視界から消えた。

「なにっ!?」

「ガァアッ!」

 黒服が困惑して声を漏らした直後、甲高い銃声が響き、その直後に隣から、苦痛によって歪められた鈍い悲鳴が聞こえた。黒服が視線を悲鳴の方向に向けると、スナイパーライフルを取り落として左腕を押さえる狙撃手が居た。そして、視線を真正面に向けると、黒服が拾おうとしたハンドガンを手にしている海斗。そのハンドガンの銃口からは硝煙が上がっていた。

「何が……ハッ? ワイヤー、だと!?」

 海斗の握るハンドガンからは、海斗の腰まで伸びる細い線が見える。

 海斗は、ハンドガンのトリガーガードに腰のワイヤーフックを引っ掛けて投げ渡した。そして、黒服がハンドガンを仕舞ったのを確認して、拾う直前にワイヤーを巻き取った。足元のマガジンを拾いながらハンドガンを回収した海斗は、マガジンを装填して狙撃手の左腕を撃って無力化した。

 海斗がハンドガンを投げ渡す前にマガジンを外したのは、ハンドガン回収時に暴発する事を防ぐため。そして、答えの分かりきった要求をしたのは、黒服の注意をハンドガンではなく自分に向けるためだった。

「このっ――ガッ!」

 黒服がハンドガンを引き抜こうと動いた瞬間、海斗が黒服の両手を撃って無力化する。

「無駄な抵抗はやめろ。もう、お前らに勝ち目はない」

 黒服はその場に座り込み、後ろで一連のやり取りを見ていた白人男性は、両腕を頭の後ろに組み、ゆっくりと床に膝を突いた。


 ハイジャックされた旅客機は宮崎空港に引き返して着陸し、機内に潜んでいた犯人はすぐにSATによって確保された。しかし、SATが突入した時は既に結束バンドで負傷した二名の黒服と、無傷の黒服と白人男性が居た。

 三名はブルーカイトとの銃撃戦の末確保。無傷の黒服は操縦席を占拠していたが、乗客の安全を確保した後のブルーカイトによって拘束された。

 それが、SATが乗客や犯人からは聞き出した事の顛末だった。

 そして、犯人逮捕に尽力した海斗は、現場をSATに任せてすぐに次の目的地に向かっていた。

 海斗は、自分に銃口を向けて来た梨沙に、何か自分に銃口を向けなければならない事情があると察していた。そして、空港へ戻る前に黒服を尋問し、全てを吐かせた。

 その内容は、宮下梨沙の母親を誘拐し、母親解放を条件に従わせたという事だった。

 梨沙は、ピストル射撃競技では有名な女子高生だった。そんな梨沙は、即席の現地工作員として黒服達に利用された。

 海斗を計画の邪魔になると判断した黒服達は、梨沙を海斗の足止めに利用するために脅迫した。しかし、それを聞き出す前に旅客機は宮崎空港に戻り、海斗はすぐに梨沙の母親の救出に向かった。

 黒服から聞き出した情報では、空港近くの廃工場に梨沙の母親が拘束されているらしい。海斗は機内からすぐに隊長へ無線連絡をいれて、現地に警察を向かわせた。そのおかげか、海斗が到着した時には、既に幾台ものパトカーが停まり、中から女性を連れ出している時だった。

 海斗がホルスターから抜いていたハンドガンを仕舞うと、救出された女性に、涙を流して抱きつく梨沙の姿が見えた。海斗は梨沙に背中を向けて引き返しながら無線へ声を掛ける。

「任務完了しました」

『ご苦労だったな、シーク……いや、正義のヒーローブルーカイト』

「隊長、宮下には緊急避難は適用されるでしょうか?」

 緊急避難は、刑法三七条に定められたもので『人や物から生じた現在の危難に対して、自己または第三者の権利や利益を守るために、他の手段が無いため、やむを得ず他人やその財産に危害を加えたとしても、やむを得ずに生じさせてしまった損害よりも避けようとした損害の方が大きい場合には犯罪とはならない』という法律である。

 今回の場合、梨沙は自分の母親を守るためにアリーシア誘拐に協力させられた。実際、梨沙は誰の命も奪っていないし、犯している罪は銃刀法違反。十分、緊急避難が適用される状況ではある。

『心配しなくてもその子は無罪だ。海斗の言ったとおり、緊急避難が適用される』

「そうですか」

『それよりも、その子に正体バレたな』

 海斗は思わず立ち止まる。そしてその場には誰も居ないが、深々と頭を下げた。

「すみませんでした」

『まあ、まさか声で分かるとはねー。まあ、彼女には黙ってもらうようお願いするしかないな。それと、さっきうちに王女様から伝言が来たぞ。青野海斗に会わせろって話だ。王女にもバレてるぞ』

「すみませんでした」

『全く、とりあえずブルーカイトの正体を黙ってもらうって条件出しといたから、早く会いに行け』

「今からですか?」

『今からだ。お前の至らなさで招いたことだろ、場所はメールで送っといた。俺は帰るから今日はゆっくり休めよ。今日は大した活躍だった。良くやった。じゃあな』

「隊長――切られたか」

 無線が切られ、海斗はヘルメットを被ったままスマートフォンを取り出す。すると、メールの受信以外に、何十件という不在通知が表示されていた。全て、アリーシアからだ。

 その不在通知の件数に海斗が眉をひそめていると着信が来た。相手はもちろんアリーシアだ。

「もしもし、青野か――」

「遅い」

「済まない、用事があって出ることが出来なかった」

「ヘリコプターと飛行機に飛び乗ってきて、ハイジャック犯と銃撃戦をする用事?」

 電話の向こうから聞こえるアリーシアの言葉に、顔とは表情を変えずに答える。

「その件に関しては、機密保持を要求する。どうか黙っていてほしい」

「言わないわよ。友達の頼みだし。それに、もう条件出して承諾済みだし」

「感謝する。今、そちらに向かっている」

「分かった。無理しないようにゆっくり来て。待ってるから」


 海斗が指定されたホテルに着くと、腕にギブスをはめた壮年の白人男性が居た。海斗がシーリゾート・ロイヤルで出会ったアリーシアの護衛だ。

 その男性は海斗の前に立ち、右手を海斗に差し出した。

「今回は本当にありがとう。感謝のしようがないくらい、君には助けてもらった」

「いえ、任務ですので」

「ついて来てくれ、アリーシア様がお待ちしている」

 朗らかに笑う白人男性に案内され、海斗はホテルの中に入っていく。

 シーリゾート・ロイヤルよりも大人しい内装のホテルだが、十分アリーシアのような一国の王女が宿泊出来るレベルではある。そして、アリーシア誘拐事件のせいか、ホテルの警備員以外にも、制服警官が巡回して警備を強めている。

 濡れて重くなったアサルトスーツのまま、白人男性と一緒にエレベーターへ乗る。

「ブルーカイトが高校生だったとは驚きだ。ああ、もちろん誰にも漏らす気はない」

「ご協力、感謝します」

「だが、君がブルーカイトだった事を考えれば、部下達がやられたのは納得出来るな。戻って来た時に随分落ち込んでいたんだ。子供相手に手も足も出なかったとな」

「こちらこそ、失礼な事を」

「いや、あいつも身が引き締まったようだから、感謝したいくらいだ」

 エレベーターが止まり扉が開くと、海斗の目には扉の両隣に微動だにせず直立している二人の外国人が見えた。アリカロ王国側も、更に警備を強化している。

「君だけを通すように言われている」

「分かりました」

 海斗は扉をノックする。すると中から「入って」というアリーシアの声が聞こえた。

 扉を開けて中に入った海斗は、短い通路を歩いてダイニングに入る。すると、横から人影に飛び付かれた。

「アリーシア王女?」

「海斗……なんかよそよそしい」

「アリーシア王女は警護対象であり、国家の客人です。最大限の敬意ふぉ――」

 言葉の途中で、海斗はアリーシアに両頬を引っ張られる。アリーシアは不服そうな顔をして海斗の目を睨み付けた。

「私達、友達でしょ? 友達に敬語使う方が失礼な事よ」

「了解した」

「よろしい」

 アリーシアが手を離し、腰に手を置いてニッコリ笑う。

 海斗は濡れたアサルトスーツのままソファに座るわけにもいかず、その場で休めの姿勢をとって待機する。

「着替えを用意させるわね。その間にシャワー浴びてきたら? そのままだと風邪引いちゃうし」

「いや、俺はこのままで――」

「浴びてきたら?」

「大丈――」

「浴びてきて」

「了解した」

 アリーシアの強い言葉で押し切られた海斗は、渋々シャワー室へ歩いて行き、水分をたっぷり染み込ませたアサルトスーツを脱ぐ。ラックにぬいだ服や装備を置き、ハンドガンだけは浴室内に持っていく。そして、蛇口を捻って熱いシャワーを浴びた。


 浴室から出ると、新品のスーツが置かれていて、それを目にして海斗は一瞬躊躇するが、仕方なく用意されたスーツに着替えてダイニングに戻った。

「海斗はスーツが似合うわね」

「そうか」

「うん、とっても似合ってる。座って」

 海斗はアリーシアに促され近くの椅子へ腰掛ける。向かい側にはベッドに腰掛けたアリーシアが居る。

「俺がブルーカイトだと、いつ気付いたんだ?」

「それは……秘密」

「そうか」

「海斗は、私がアリカロ王国の王女だって最初から知ってたの?」

「ああ、アリーシアが日本へ来る前に上から聞いていた。そして、アリーシアを秘密裏に警護する任務も下っていた」

「じゃあ、任務だから私に近付いたんだ……」

「そうだ」

 視線と声を落として呟いたアリーシアに、海斗は表情を変えずに答えた。

「じゃあ……友達になったのも、その……任務のため?」

「それはアリーシアに、友人になってくれと言われたからだ」

「えっ?」

 消え入りそうな声で尋ねたアリーシアに、海斗は変わらぬ口調で答える。その海斗を見て、アリーシアはキョトンとした顔で目を見開いた。そして、そんなアリーシアを見て、海斗は首を傾げる。

「何故聞き返す。アリーシアが友人になってほしいと言ったのだろう。まさか忘れたのか?」

「わ、忘れてなんかないわよ! 忘れるわけないじゃない!」

「なら、何故聞き返す」

「だって、任務だから私に仕方なく近付いて、それで任務に都合が良いから友達になったんじゃ?」

「確かに俺は、アリーシアを秘密裏に警護するという命令を受けて、同級生として桜花女子に転入した。しかし、当初は目立たずアリーシアを警護するつもりだったのだ。そもそも、アリーシアとこうやって話す事はなかったはずだ」

「じゃあ、やっぱり……」

「だが、アリーシアが友人になってほしいと俺に言った。確かに友人として接すれば警護しやすいとは思った。だが、秘密裏に警護するには距離が近いと不都合だ。でも俺はアリーシアの申し出を受けた」

「えっと……つまりはどういう事?」

「俺もアリーシアと友人になりたいと思ったから承諾した」

「そこだけでいいわよ! わかりにくいわねっ!」

 思わず立ち上がって怒鳴るアリーシアに、また海斗は首を傾げる。

「今度は何故怒った?」

「……海斗が空気の読めないバカだからよ!」

「そうか」

「そうか以外に何かないの?」

「済まなかった」

「ハァー……」

 海斗に深く大きなため息を吐いて、アリーシアはテーブルに肘をついて手の平に頬を載っける。そして、頭の中で話を整理した。

 海斗は警護任務でアリーシアに近付いた。しかし、アリーシアに友達になってほしいと言われ困ったが、自分も友達になりたいと思ったから友達になった。そこまで考えて、アリーシアは自分の体がカッと熱くなるのを感じた。

「えっと……海斗は、私が王女だって知ってたのよね?」

「そうだとさっきも言っただろう」

「それで、友達になりたいと思ったの?」

「それも、そうだとさっき言ったのだが。アリーシアは俺の話を聞いていなかったのか?」

「き、聞いてたわよ! でもだって、全部知ってて、友達になりたいって、本当に――」

「友人になる事に何か理屈が必要なのか?」

「えっ?」

「友人はなりたいと思い、互いに友人だと認め合えれば良いものではないのか? 俺はアリーシア以外の友人が居たことがないから分からん。何か理屈が必要なら――」

「要らない! 何も要らないわよ!」

「アリーシア、今度は何故泣いている。しかも笑いながら泣くとは、器用だな」

「ホント……海斗は空気読めないわね」

 涙を流して笑うアリーシアは、手の甲で涙を拭う。

 そんなアリーシアを見て海斗は思い出したように話を切り出した。

「そうだ、アリーシア」

「何?」

「アリーシアに謝っておかなければいけない事がある」

「だから何よ。今更、今話したことが全部嘘とか言ったら国際問題にするからね」

「いや、もうアリーシアも知っているが、俺はブルーカイトだ。申し訳ない」

 海斗は深々とアリーシアに頭を下げる。その行動に、今度はアリーシアが首を傾げた。

「なんでそれを謝らないといけないの?」

「アリーシアはブルーカイトを好きだったのだろう。しかし、それが俺だった。夢を壊して申し訳ない」

「ちょっ! べ、別に謝る事じゃないわよ!」

「いや、アリーシアが好きだったブルーカイトは、俺のような空気の読めない無愛想な男じゃないのだろう? だが、実際は俺がブルーカイトだった。本当に申し訳ない」

「…………もしかして根に持って――いや、海斗の場合は、素直に謝ってるパターンね……」

 右手で頭を押さえ、アリーシアは深く大きなため息をまた吐いた。そして、海斗に視線を向けずに、俯きながら口にした。

「謝らなくて良いわよ。その……助けに来てくれた海斗、格好良かったし」

「そうか、許してもらえるようで良かった」

 海斗は無表情でそう答え、その海斗を真っ赤な顔をしたアリーシアは怒鳴り付けた。

「ホント、海斗って空気読めないわねっ! なんで今のを普通に流しちゃうのよ! 察しなさいよ! ちょっとはっ! それとも何? 私は女の魅力全くないって事? 金江みたいな胸が大きな女の子が好みってわけッ!?」

 突然捲し立てるように怒鳴り始めたアリーシアに海斗は困惑し、腰を浮かせて両手を宥めるように動かした。

「落ち着けアリーシア。何故いきなりアリーシアの女性としての魅力の話になったり、金江の名前が出てきたり、女性の好みの話になったりするんだ」

「海斗が空気読めないのが悪いのよっ! ほんっと、なんでこんなに空気読めないのよ! どんだけ朴念仁なのよ! まったくも――」

 両腕を組んで怒るアリーシアは、困り顔を浮かべて自分を見る海斗に、思わず笑みをこぼした。そして、海斗に視線を合わせてニッコリ笑って言った。

「散々空気読めなかったお詫びに、明日一日付き合って」

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