【五】
【五】
今日、学校終了後には隊の本部に戻り任務の報告をする予定だった。しかし、海斗のその予定は、アリーシアの一言によって変更を余儀なくされた。
「今日の放課後、二人っきりで話があるわ」
神妙な面持ちで言ったアリーシアに、海斗は「分かった」という言葉を返した。
海斗はアリーシアに連れられて一件の喫茶店へ入る。店内はアンティークな内装の落ち着いた雰囲気で、そのお洒落な喫茶店の一番奥、パーティションで区切られた席に座る。
「何にする?」
「普通のコーヒーでいい」
「そう、じゃあブレンド二つ」
店員にアリーシアが注文をすると、すぐに注文したコーヒーが運ばれてくる。
アリーシアは店員が遠ざかったのを確認して、海斗に向かって頭を下げた。
「本当に、お昼はごめんなさい」
謝るアリーシアに、海斗はどう返答すべきか迷った。自分はアリーシアをアリカロ王国の王女だと知っているが、それはアリーシアに知られてはいない。それにあの黒人男性が正しく自分の投げたメッセージを受け取っていれば、自分が彼らに不審がられている事の理由もアリーシアには話されていないはずだと考えていた。
結果、海斗は無言を使いアリーシアの次の言葉を待つことにした。
「信じてもらえないかもしれないけど、私……ある国の王族なの。世間一般的には王女、いわゆるプリンセス。それで、お昼に海斗へ危害を加えたのは、私の護衛。最近、海斗が色んなトラブルに巻き込まれているから、私に近付かないように警告しようとしたみたい」
「そうか」
「私の話、信じるの?」
「嘘を吐いているようには見えない」
海斗にとって、アリーシアが正直に打ち明けたのは意外だった。国名は伏せられているとしても、ほぼ全ての秘密を打ち明けたと同義である。だが、突然現れた外国人に蹴りを加えられ、その外国人が「アリーシア様」と口にしている以上、よっぽど周到に用意された嘘でなければ誤魔化す事など出来るはずもない。だから、海斗の身に危険が及ばない程度に情報を開示する。それがアリーシアの選んだ苦汁の決断だった。
「明日から、私に話し掛けないでいいわ」
「……アリーシア、俺は今まで一度も自分から話し掛けたことはないと記憶しているが」
「ちょっと! 雰囲気台無しな事言わないでよ!」
首を傾げて言う海斗に、顔を真っ赤にしてアリーシアが抗議する。その深刻さを感じさせない物言いに、完全にアリーシアが持っていた深刻さは粉々に砕けてしまった。
アリーシアは椅子にふんぞり返り、乱暴にカップを手に取って口を付ける。そして、目の前で同じく、こちらは落ち着き払った態度でコーヒーを口にする海斗を睨み付ける。
「海斗って空気が読めないって言われない?」
「残念だが、女子との会話をする機会が皆無でな。気分を害してしまったなら謝る。すまない」
「いや、今回の件で謝る必要があるのは私だけよ。……それと、私とはもう関わらないようにしましょう」
「いや、関わってきているのはアリーシアの方で、俺からは一度も――」
「だから! 空気読みなさいよ!」
カップを置いたアリーシアは更に顔を真っ赤にして海斗へ怒鳴る。海斗は、何故自分が怒鳴られなくてはいけないのか理解出来ず、更に首を傾げる。
「もういいわ……。とりあえず、友達を止めましょう」
「何故だ?」
「だっ、だって、私と友達だと海斗が危ないのよ! それにやっぱり私に友達なんて出来なかったんだわ」
アリーシアは、アリカロ王国の王女という立場のせいか、自国の学校では常に他の生徒から距離を置かれていた。
アリーシアと距離を置いていた生徒達は、決してアリーシアを嫌っていたわけではない。
彼女ら彼らは、アリーシアを恐れていた。
王の娘に下手な事をすれば、自分はアリカロ王国に住む事は出来なくなる。命さえも危ない。声を掛けるなんて恐れ多い。側に身を置くなんて失礼だ。そんな様々な理由で、アリーシアの高貴な立場に恐れていた。
アリーシア自身、周りが自分に対して遠慮をしているのは感じていた。幼い頃から、王女として大人と関わる事が多かったアリーシアは、同年代の子供よりも、そういう腹の中に秘めた思惑には察しが良い方だった
そのせいか、アリーシアは王女でありながら、言葉遣いがかなり粗雑である。これは、アリーシアなりにフランクさを出しているのだが、多少乱暴過ぎる事もあってしまう。それで粗暴さが目立ってしまい、より他人を遠ざけてしまっていた。
そんな状況で、護衛による海斗襲撃が起きた。それでアリーシアは酷く落ち込んでいた。
「アリーシアがその、とある国の王族なら、彼らのやり方全てを認める事は出来ないが、動機は問題ないだろう。アリーシアを守るのが彼らの任務だ。それを遂行しようと行動した。結果、アリーシアの身は今現在も守られている」
「でも、海斗はそれで怪我をしそうになったのよ?」
「確かに、ただの高校生にはやり過ぎだと思う。だが、護衛する人に降り掛かる危険を排除しようとするのは当然だという事だ。それに、もし彼らに非があったとしてもアリーシアが俺に謝る必要はない。俺に謝る必要があるとすれば、襲撃した彼らか彼らに襲撃の指示を出した司令部の人間だ」
警護対象を守る事が任務である以上、警護対象に近付く危険分子には敏感でなくてはならない。そういう意味では、海斗が危険な人物だと察することが出来たのだから、彼らは優秀な人間である事は間違いない。
そして、何より身分を隠したいというアリーシアの意向よりも、アリーシアの命を最優先にして行動した事も、海斗か彼らを優秀であると評価出来た一因だった。
「それに、心配してもらっているようで申し訳ないが、人から距離を置かれたり疑われたりする事には慣れている」
「……えっ?」
海斗の発した一言に、アリーシアは弱々しく驚きの声を上げる。
TKT所属である海斗は、警察庁では所属や正体が秘匿されている。もちろん、警察学校では訓練生という立場だから未所属で通っているが、未所属訓練生の立場で出動が多い海斗は、警察学校で孤立していた。
しかし、単独行動が常のTKT所属である事や、雑多な事を気にしない性格からか、海斗はその事についてネガティブな思考は抱いていなかった。それどころか、自分でも自分のような人間が近くに居たら正体を疑い、深く関わろうとはしないと思っている。
「海斗と私って、似た者同士なのかもね」
「いや、俺はただの高校生だ。王族のアリーシアとは似ても似つかない。それにそもそも俺は女ではない」
「もー、友達が居なくて独りぼっちって意味よ」
穏やかに微笑むアリーシアに、海斗はまた首を傾げる。しかしアリーシアは表情を崩すことはなく「次はどんな空気の読めていない事を言い出すのだろう」そんな事を考えていた。だが、海斗はアリーシアの予想とは全く違う言葉を口にした。
「友達が居ない? 俺とアリーシアは友達ではなかったのか?」
「…………」
表情は崩さないが、アリーシアの顔は穏やかに笑ったまま、見る見るうちに真っ赤に染まっていく。そして、堪えきれなくなったアリーシアは、立ち上がって海斗に声を荒げる。
「ちょちょちょ! いっ、いきなり何言い出すのよッ!」
「アリーシアが友達になってほしいと俺に言ったのだろう。そして俺もそれに対して分かったと答えた。それなのに、アリーシアが俺達には友達が居ないというから、疑問に思っただけだが?」
傍から聞けば、とても恥ずかしい台詞である。が、海斗自身は何の恥じらいもなく、純粋にアリーシアの矛盾に対して疑問を抱いただけの話。この場でやりどころのない恥ずかしさを感じているのは、アリーシアただ一人だけだ。
「やっぱり、日本人は優しいわね」
海斗が恥ずかしさを感じていない事を感じ取ると、自分だけ恥ずかしがっている事が馬鹿馬鹿しくなり、アリーシアはコーヒーを飲む海斗を見ながら、フッと笑みをこぼした。
アリーシアとの話が終わり、TKTの本部に着くと、いきなり目の前から白い物体が飛び出してくる。
「アイタタタタッ! コラ! か弱いレディーになんて事するの!」
「扉を開けた瞬間に襲撃してくる人物の、何処がか弱いんだ」
海斗は、白衣を着た小柄な少女の腕をロックして、後ろから見下ろす形で言葉を掛ける。
海斗が少女を開放すると、白衣の彼女はない胸を張って両腕を組む。
「この前のSITとの訓練では、私の発明が大活躍した装備が役に立ったのは忘れたの?」
「確かに、メカニックの作り出す装備にはいつも助かっている。ありがとう」
素直に頭を下げた海斗を見て困った表情を浮かべ、彼女は海斗を指指し、後ろで椅子に腰掛けた隊長へ顔を向ける。
「隊長! トビくんやりづらい!」
「海斗のその性格は今に始まった事ではないだろ」
隊長が穏やかな笑みを浮かべて受け流す。
この白衣の少女は年齢は海斗と同じ一六であるが、天才的な装備発明家でもある。そして、海斗が使用する装備の作製及びメンテナンスは彼女が全て行っている。無線や音レーダーが内蔵されたヘルメットも、ワイヤーを射出するワイヤーガンも、彼女が製作した。
以前までは海斗をシークワンと呼んでいたが、つい最近海斗にブルーカイトという異名が付いた事で、カイトの部分を鳶に和訳し、そのままトビと呼んでいる。だが、海斗は変わらずメカニックのままだ。
「で? 異国のプリンセスとのお茶会はどうだったの?」
「その話ですが、アリーシアは国名は出しませんでしたが、自分が王族である事を明かしました」
「そうか、海斗の警告が通じていれば、向こうも詮索はして来ないだろうが、監視は厳しくなるな」
「申し訳ありません」
「いや、海斗はよくやってくれた。今日はこの後、またSITと――」
隊長の言葉を遮るように、本部の中に警報が鳴る。その警報を聞いて素早く電話の受話器を上げた隊長は、スピーカーフォンのスイッチを押して電話に出る。
「はい」
『アリカロ王国の王女が誘拐されました』
「現在地は?」
『国道一〇号線を東へ直進中。もうすぐ二六九号線との交差点を通過します』
「オッケー、ターゲットはっけーん」
スピーカーからの通話音声を聞きながら何やら操作していたメカニックが、モニターに映像を映し出す。それは彼女が開発した自動追尾型の飛行ドローンが撮影しているリアルタイムの映像だった。
映像には、信号を無視して交差点へ突っ込む黒のワンボックスカーが映っている。
『TKTの出動命令が出されています。速やかに出動し、ターゲットを救出してください』
「命令了解。海斗」
隊長が海斗に声を掛けた時、既に海斗は紺色のアサルトスーツとヘルメットを既に着用し、装備確認を終えていた。
「誘拐されたアリカロ王国王女の救出。やむを得ない場合は発砲を許可する」
「了解、出動します」
国道一〇号線を暴走するワンボックスカー。その車内では、酷く取り乱した様子の男達三人と、ガムテープで両手足を拘束され口を塞がれたアリーシアが居た。
「なんで、女子高生連れ出しただけでこんな大事になるんだっ!」
彼らは他国のエージェントではなく、普通の日本人だ。しかし、邪な考えを起こし軽い気持ちでアリーシアを誘拐した。
本来なら簡単にアリーシアを誘拐するなんて事は出来ないが、海斗に対する失態の事もあり、護衛の距離がいつもより遠くなっていた。その僅かな差が、一般人の彼らにアリーシアの誘拐を可能にさせてしまった。
しかし、アリカロ王国の王女が誘拐された事はアリカロ王国の護衛としても、日本警察としても非常事態である。アリーシアを乗せたワンボックスカーは空と陸から大袈裟すぎるほどの追跡を受けていた。
道路は封鎖されてワンボックスカーと、ワンボックスカーを追跡するアリカロ王国の護衛が運転する黒塗りのセダン、それから警察のパトカーしか走っていない。窓からは見える空には、警察のヘリが飛んでいるのが見える。
「クソ! このままじゃ逃げ切れねぇぞ!」
「捕まる前にやっちまうか?」
「ンーッ!」
口を塞がれたまま叫ぼうとするアリーシアを見て、男達はニヤリと笑う。男の一人の手が、スカートから伸びたアリーシアの滑らかな太ももへ伸びる。ゆっくり伸ばされた手が、アリーシアの肌に触れる寸前、運転する男が叫んだ。
「人が立ってる! ひ、轢いちまう!」
「止まるな! 止まったら俺達は終わりだぞ!」
ブレーキを踏もうとした男を、後ろに乗っていた男が止める。彼らの目には、フロントガラス越しに、前方で立っている人影が見えていた。その人影は海斗で、海斗は近付くワンボックスカーを見つめていた。そして、今自分が履いている靴に取り付けられた物を見詰め、無線機に尋ねた。
「このインラインスケートの車輪部分のみの装備はなんだ?」
『脱着式のインラインスケートよ。犯人追跡の時、走るよりそれで滑った方が速いでしょ?』
「相手は時速一〇〇キロを超える自動車なのだが」
『使い方はトビくんが工夫してよね。そうこうしてるうちに来たわよ』
海斗はワンボックスカーを見詰める。速度を緩める気配がないワンボックスカーに、海斗は腰のホルスターからハンドガンを引き抜く。
「あ、あいつ! 銃を持ってやがるぞ!」
「いいから突っ込め! 日本の警察は銃なんて撃てないんだ!」
アクセルを緩めることなく直進してきたワンボックスカーを、海斗は横に滑ってかわす。しかし、反転しながらの回避で、体の正面がワンボックスカーの後ろに向いた瞬間、海斗は握ったハンドガンの引き金を引いた。
ハンドガンの銃口からはけたたましい銃声と共に銃弾が発せられる事はなく、代わりにバシュッという軽い音と共に、ワイヤーが射出された。そのワイヤーは先端に鏃が付いていて、ワンボックスカーのハッチに鏃が突き刺さる。突き刺さった鏃は展開し、更に鉤爪へと変化して、ハッチへその爪を突き刺す。その特殊な鏃によって頑丈に固定されたワイヤーに引っ張られ、海斗の体は前へ引っ張られる。
靴に装着されたインラインスケートのお陰で、道路上をワンボックスカーに引っ張られる形で滑る海斗は、右手に伝わる衝撃を和らげるため、ワイヤーガンを両手で握る。
「あいつ、ブルーカイトじゃねえか!」
「なんであんな奴が女子高生の誘拐に出張ってくるんだよ!」
自分達を追跡する海斗の姿を確認して、慌てながら窓へ顔を出す。男達は、車内にあったゴミを海斗に向かって投げつけるが、凄まじい速度で走っているため、軽いゴミは走行風で舞い上がり明後日の方向に飛んでいく。
車から物が投げられるのを見ながら、海斗はワイヤーガンのスイッチを押してワイヤーを巻き、ジワジワとワンボックスカーへ距離を詰めていく。そして、腰のホルスターへ視線を向ける。そこにはハンドガンが収められていて、こちらは紛れもなく、銃弾を発射する本物のハンドガンだ。
このまま国道一〇号線を東に直進し続ければ、もうすぐ宮崎最大のターミナル駅、宮崎駅へ到達する。しかし、そこへ到達すればT字路になっているため、右折するか左折するかしなければ逃走は続けられない。そして、その時には必ず減速しなければ曲がることは出来ない。その減速するタイミングこそが、海斗の待つチャンスだった。
「行き止まりだ! 右か左にしか行けないぞ!」
眼前に迫る駅ビルを見て、運転席の男が喚き散らす。その叫びに、海斗の追跡を撒こうとしていた二人のうち、一人が怒鳴り返した。
「左だ!」
その短い指示に従い、運転席の男がブレーキを踏んで減速しハンドルを切る。海斗は、その速度が緩まった一瞬にホルスターからハンドガンを抜き、左折で車体の左側面を見せたワンボックスカーに、二発発砲した。発砲音が響いたあと、甲高いスキール音が周囲にこだまする。
路面とワンボックスカーの前輪の間からは火花が飛び散り、若干横滑りしながら左折する。
「な、なんだ!?」
急にスピードが落ち、耳鳴りのように響くスキール音に車内の男達は動揺する。
「ス、スピードが出ない!」
「なんだと!? しっかりアクセルを踏め!」
「踏んでる! でもスピードが出ないんだ!」
喚き散らす男達をよそに、アクセルを踏んでもスピードが出なくなったワンボックスカーは、車道と歩道を隔てる縁石にぶつかり停車する。そして、その周囲を素早くパトカーに取り囲まれた。海斗は左折して左側面が見えた瞬間、左右の前輪タイヤを撃ち抜いたのだ。
「ヒィイィッ!」
運転席のドアガラスが突き破られ、運転席に座る男のこめかみにハンドガンの銃口が向けられる。そのハンドガンを持った海斗は、落ち着いた声で語り掛けた。
「逃走は不可能だ。全員抵抗せずに車外へ出ろ」
「クソ……」
両手を上げた男達が外に出て警察官に拘束されるのを見ながら、海斗はすぐに後部座席に駆け寄り車内で拘束されたアリーシアを見る。
毛布を持って駆け寄って来た女性警官の手から、海斗はミネラルウォーターのペットボトルを引ったくる。ペットボトルの蓋を上げ、慎重に傾けながら、アリーシアを拘束するガムテープにかけていく。
人の手にグルグル巻きにされたガムテープを普通に剥がせば、肌を傷付けてしまう上にかなり痛い。そうさせないために、海斗はガムテープを水でふやかし、慎重にナイフで切り込みを入れてから破り取る。
口の方も少しずつ水を掛けてゆっくり剥がす。そして、自由になったアリーシアはワンワン泣きながら、海斗に抱きついて、更に涙を流した。
抱きつかれている海斗は、女子に抱きつかれている今の状況に困惑して固まる。しかし、すぐにアリーシアはアリカロ王国の護衛に引き剥がされ、毛布を掛けられて素早く黒塗りのセダンへ連れて行かれる。
『残念そうな顔しちゃって、せっかく助けたんだからもうちょっといい思いしたかったんじゃない?』
無線から聞こえるメカニックの声に、海斗は上空を漂うドローンに目を向け、無線に話し掛ける。
「任務完了。これより帰投する」
『了解、ご苦労だったシークワン』
『あーやっぱりトビくんってつまんない』
アリカロ王国王女誘拐事件の翌日、教室に入った海斗は何故か学校に来てるアリーシアを見て、表情を変えずに困惑した。
誘拐された次の日である。普通なら学校を休むものだ。それにあんな事件に巻き込まれたのだから、帰国する可能性もあった。しかし、アリーシアはいつも通りの席に座り、窓の方を見ている。
海斗は自分の席に座り、アリーシアの方を見る。アリーシアは海斗が来た事に気付き、自分の席を立って海斗の側に歩いて来た。
「ねぇ海斗」
「おはようアリーシア。どうかしたのか?」
どこか呆けている様子のアリーシアを見て、海斗は首を傾げて尋ねる。しかし、アリーシアはボウっとした顔のまま、たどたどしく言葉を口にする。
「昨日、ブルーカイト様に会ったの」
「そうか」
カバンを机の横に掛けながら、海斗はポーカーフェイスで対応する。
「それで、危ない所を助けてもらって」
「そうか」
カバンを掛け終えた海斗は、アリーシアに顔を向けて、何食わぬ顔のまままた相槌を打つ。
「それで、抱きしめちゃった」
「……そうか」
昨夜、アリーシアから抱き締められた時の、アリーシアの柔らかい胸の感触や甘いアリーシアの香りを思い出して、ほんの一瞬だけ動揺した海斗は、すぐに表情を戻して相槌を打つ。
「どうしよう……私、ブルーカイト様の事、本気で好きになっちゃった」
思いもよらぬ言葉に海斗は動揺した。しかし、なんとか無表情を保つ。そして、動揺し混乱した頭のまま辛うじて相槌を打った。
「なるほど」
海斗の表情は誰から見てもいたって普通に見えた。だが、海斗の選んだその相槌が、海斗の動揺を色濃く表していた。