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ブルーカイトは空気が読めない  作者: 半熟ベーコンエッグ
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【二】

【二】


 アリーシアの衝撃的な自己紹介のせいか、海斗の無難な自己紹介を聞いている者はほとんど居なかった。それは目立ちたくない海斗にとっては好都合でもあったが、アリーシアが更に目立ってしまった事は誤算だった。

 よりにもよって一国の王の息女が、日本にボーイフレンドを探しに来たなんて前代未聞である。身分は公にしていないものの、あの目立つ容姿で言われれば当然注目を集めてしまう。しかも、独特のネットワークシステムを持つ女子にかかれば、そんなタイムリーな噂なんて瞬く間に広まってしまう。

 現在は一限目の授業が終了した後の休み時間だが、クラスの前にはアリーシアを見るためか、人だかりが出来ている。

「よ、よかったよ、青野くんがうちのクラスに来てくれて。青野くんが来てくれるまで、男子は僕一人だったし……」

 メガネを上げてウンウンと頷いているのは、海斗のクラスメイトであり海斗以外ではたった一人の男子である、鈴木広志すずきひろし。特徴はメガネである。

「そんなに男子一人は辛かったのか?」

「辛いってものじゃないよ……席替えとかみんなが嫌がる前の席に座らないといけないし!」

「そうか、それは大変なのかもな」

 海斗には何が大変かは分からない。だが、鈴木が必死な表情で伝えるので、海斗は大変なのだろうと判断した。

「ちょっと海斗!」

「ん?」

 急に目の前に立ちふさがったアリーシアの表情を見て、彼女が何かに対して怒っているのだろうと海斗は予測を立てた。しかし、情報不足で何に対して怒っているのかまだ分からない。

「私、自己紹介でボーイフレンドを探しに来たって言ったの」

「ああ、聞いていたからそれは間違いないな」

「じゃあ、どうして今まで誰も私に声を掛けてこないのよッ!」

「そうは言われてもな……」

 確かに、アリーシアがボーイフレンドを探しているという事は周知されただろう。だが、だからと言って全ての男子が行動を起こすわけではない。

 まず、圧倒的に女子が多いこの状況では動きづらいというのもあるだろう。それにアリーシアの容姿が良すぎて話し掛けづらいというのも要因の一つと言える。だが、それは留学生であるアリーシアにも、一般的な高校生ではない海斗にも分からない事だった。

「自分から話し掛けてみるのはどうだろうか?」

 ふと海斗が言ったアドバイスは的確なものだった。話し掛けてくれなければ話し掛ければいい。単純な理屈だ。しかし、その程度の事はアリーシアも実践済みだった。

「話し掛けようとしたわよ。でもなんか距離を取られたり逃げられちゃったりしてまともに話せないの」

 机に肘をつくアリーシアから視線を外し、海斗は表情を変えぬまま懸念を抱いた。

 アリーシアの言動でアリーシア自身が必要以上に目立ってしまった事もそうだが、アリーシアと海斗の距離感が近すぎる事だった。アリーシア自身にもアリーシアの出身国にも極秘に護衛している身である海斗は、自分の正体がバレてはまずい。当初の予定では、アリーシアを教室の隅で目立たず秘密裏に護衛する。という状況になるはずだった。しかし現実は、アリーシアが海斗に不満を漏らしている、愚痴を言っている状況である。これでは海斗とアリーシアが関わり過ぎだ。

「ほんっと、日本の男がこんなに軟弱だと思わなかったわ!」

「最近、若年層の男性を指す言葉で、草食系男子や絶食系男子という言葉があるらしい。どちらも女性に対して消極的な男性を指す言葉だから、最近はそういう男性が増えているようだな」

「増えているようだなって、なんで他人事なのよ!」

「……すまん、他人の話ではなかったのか?」

「海斗も日本男児でしょ!」

 アリーシアは深いため息を吐いて、不満そうな視線を海斗に向ける。その視線を受けている海斗は自然に流しながら周囲の様子を確認する。

 廊下にはアリーシアを見るための野次馬が未だ鳴りを潜めていない。その野次馬にアリーシアは視線をその野次馬に向ける。アリーシア自身はその野次馬を良く思っていない。海斗自身も目立つ事を避けたいという考えから、野次馬は好ましくない。しかし、アリーシアは自分がまるで動物園のパンダになったような気分だった。元々、一国の王女という立場だから人の目に触れる機会はある。それでも、慣れるものではなかった。

 今回、アリーシアはそんな状況を避けるために、自分の身分を隠して留学してきた。しかし、これではそれも全く意味をなしていない。

「あーあ、ブルーカイト様はあんなに勇敢だったのに~」

「ブルーカイト?」

「え? 海斗ってブルーカイトを知らないの? 嘘でしょ? あの現代に現れたスーパーヒーローのブルーカイトよ?」

「そういえば、テレビのニュースで見たな」

 知らないもなにも、ブルーカイト本人である海斗だが、完璧なポーカーフェイスで切り抜ける。

「前々から日本に来たかったんだけど、この前のニュースを見て決心したの。あんな勇敢な人が居る日本に行きたいって! 流石にブルーカイト様には会えないだろうけど……。ねえ、どこに行ったら会えるのよ、ブルーカイト様に」

「俺は知らない。でも、警察関係者だったら警察に行けば会えるんじゃないか?」

「そう……。でも、流石に警察を動かすのはまずいわ」

 実際、アリーシアの一声があればアリーシアの父でありアリカロ王国の王が日本政府に働きかけはするだろう。そして、日本政府もある一定の懸念は見せるものの結局は了承してブルーカイトとの対面を許可するはずだ。ただし、海斗は顔を隠した状態で対面する事になるのは間違いない。

 ブルーカイトの正体を知るのは、警察組織でも警察庁長官と単独強襲特殊隊関係者だけである。

 単独強襲特殊隊は略称をTKTと呼称する。この呼称はTandoku Kyoshu Tokushutaiの頭文字を取っているだけの単純なもので、読みもティーケーティーとなんの捻りもない。

 TKTは長官直下の特殊部隊で、実働部隊がたった一人という試験運用中の特殊な部隊。その隊員に選ばれた海斗は、日夜厳しい訓練を受けてきた。その訓練は凶悪犯をたった一人で制圧する事が出来るようにするための訓練だったのだが、まさか王女の護衛任務に就くとは海斗自身も夢にも思っていなかった。

 海斗の任務範囲はSATに近いものがあり、警護任務は本来任務外だ。警護任務にはSPという警護任務のスペシャリストを就けるべきだと、海斗は任務を引き受けた今でも思っている。一国の王女を守るなら最善を尽くした方が良い。その最善は海斗ではなくSPを警護に就ける事だからだ。

 海斗は犯罪者を奇襲して制圧するような任務を得意としている。でも、守るという事には不慣れなのだ。犯罪者を制圧するのと、要人を犯罪者から守るのでは動き方はまるで違う。要人警護では要人の安全を最優先し、要人を守りながら犯罪者と戦わなければいけない。立て籠もり犯相手等では人質の安全確保があるが、それでも海斗の本来の任務である強襲と要人警護は異なる。

「もー……なんで男どころか女の子も話し掛けてくれないのよ……」

「俺に言われても困るのだが」

「話し掛けても適当に笑顔作られて逃げられるし、私って怖い?」

「俺は怖いとは思わない。だが、周りがどうかは分からな――」

 海斗は突然立ち上がり廊下側の窓に駆け寄りサッシを掴んで飛び越える。サッシを飛び越えて廊下に出た海斗は目を細めた。

 海斗の視線の先には派手な髪色をした二人の女子生徒が立っている。制服も着崩しスカートの丈も短くしている。その派手な女子生徒の片方が持っているスマートフォンに海斗は視線を向けた。

「なっ、なによ!」

「そういう行為は感心しないな」

「何の話よ! 私達は別に何も撮ってないし!」

「俺はまだ、君達が無音声カメラを使ってアリーシアを撮影した、とは言っていないのだが? 言い逃れも出来ないのにそういう事はしない方が身のためだ。刑事事件にはならなくても、盗撮は立派な人格権の侵害だ」

 アリーシアが海斗にぶつくさと愚痴を垂れている時、海斗の視界にチラチラと光の反射が入っていた。それは女子生徒のスマートフォンのカバーに施されたラインストーンが太陽の光を反射させたものだった。それで女子生徒達の盗撮を発見し、教室を飛び出してきたのだ。

「今すぐに画像を消せば彼女も問題にしないだろう。それに、君達も女性で盗撮犯のレッテルは貼られたくないだろう?」

 客観的に見れば、既に手遅れである。海斗が飛び出した事で海斗と女子生徒らは周囲の視線を集め、海斗と女子生徒らのやりとりで盗撮行為は周囲に露見した。だが、ここで画像を消さなければ、女子生徒達がもっと悪い立場に追い込まれる事は間違いない。

「わ、分かったわよ」

「念のため確認させてもらう」

 海斗は近付き女子生徒のスマートフォンを覗き込む。画面には膨れっ面でも美人と断言できる、整った顔のアリーシアが映っていて、女子生徒が操作すると、ファイルを削除しましたというシステムメッセージと共に画面がブラックアウトした。

「これでいいでしょ。いこ」

 走り去って行く女子生徒達が「写真の一枚くらいでケチくさ」なんて海斗に対する評価を口にする。そんな女子生徒を見送って教室に戻ると、海斗を申し訳なさそうに見るアリーシアが居た。

「海斗、ありがと」

「いや、俺は一般市民として当然のことをしただけだ」

「普通の一般市民は見て見ぬ振りすると思うけど?」

「そうか。そういうものなのか」

 海斗は席に戻りながらさりげなく窓の外を確認する。

 校門には黒塗りの高級車が見え、その脇にはスーツ姿の男性が二名見える。遠くからでも彼らが日本人の体型では無い事は分かる。それにただの外国人では無い事も。

 彼らはアリーシアを警護するアリカロ王国のボディーガードでもちろんアリーシアを護衛する任務に就いている。アリカロ王国は日本警察の申し出を断り、自国のボディーガードを派遣した。それはアリカロ王国が日本警察を信用していないという表れでもある。

 海斗自身は、アリカロ王国が日本警察を信用していない事は気付いていた。もちろん、長官含めたほとんどの警察関係者が気付いていただろう。日本からの警護の申し出を断った事は分かり易くそれを態度に表された形だったからだ。

 日本警察は海外でもかなり優秀だという評価がある。それに警察官の対応もフレンドリーで日本警察は優しいというイメージが強い。だが、日本は銃社会ではなく警察官も銃の使用に厳しい制限がある。そんな事から、いざという時に武力行使に出られない。という事が、アリーシアを守るという面でアリカロ王国の信頼を得られていない理由だ。

 そんな信頼されていない日本警察の海斗は、アリーシアに付いているボディーガードの実力を疑う訳では無かったが、遠巻きにしか警護できないボディーガードよりも、やはりSPを付けるべきだと思っていた。


 授業の終わりを知らせるチャイムが鳴ると、一斉に生徒達が席を立ち上がり移動を始める。

 国立桜花女子高等学校には弁当の持ち込みは必要無く、敷地内に広い食堂があり、そこで昼食をとる事になっている。その食堂へ向かうためにみんな移動しているのだ。

「青野くん、他のクラスの男子に紹介するから付いて来て。ここでは男子は一致団結しないと生きていけないから」

「ああ、ありがとう」

 鈴木の申し出を受け、先に歩き出した鈴木の後に続く。海斗としては一人で行動させてもらった方が都合が良いのだが、断って悪目立ちする事の方も良くない。それに盗撮の件で周りの注目を浴びたばかりだ。

 鈴木に続いて廊下を抜け校舎から出てしばらく歩くと、ガラス張りの大きな建物が見えてきた。

「あれがうちの食堂。大きいでしょ?」

「ああ、大きいな」

 海斗は視線を動かして、今自分が出てきた校舎の上を見上げ食堂と見比べる。

「校舎で陰になっているとはいえ、ガラス張りは危険だな」

「え? どうして?」

「いや、独り言だ、気にしないでくれ」

 桜花女子高等学校は街のど真ん中にあるわけではないが、周囲には学校よりも高い建物がある。その建物の上から狙撃される可能性がある。それがガラス張りの建物だったら、狙撃手もターゲットを狙いやすいだろう。しかし、桜花女子高等学校の食堂が狙撃を考慮されて建築されているわけもない。

 食堂の中に入ると、ビュッフェ形式の昼食を皿に盛る生徒達でごった返していた。

「ここで必要な食器をトレイに載せて、自分の好きな物を取ったらあの二階の端のスペースに男子は集合」

 鈴木の真似をしてトレイを取り食器を載せる海斗は、鈴木の指差した方向を見上げる。こちらからではプラントボックスで死角になっていて見えないが、どうやらその向こう側に座席があるらしい。しかし、海斗は鈴木の言葉に引っかかりを覚えた。

「男子は集合、というのは、あそこは男子が座る場所と決まっているのか?」

「いや、決まってる訳じゃ無いけど、暗黙の了解ってやつだよ」

「ちなみに、男子が他の場所に座ったらどうなる?」

 海斗の質問に鈴木は困った笑顔を浮かべて、視線をプラントボックスの向こう側に向ける。

「多分、結莉亞ゆりあ様が黙ってないんじゃ無いかな?」

 トレイの皿に昼食を盛り終えて二階に上がると、プラントボックスの向こう側にはフカフカとしたソファがロの字に置かれ、その中央には綺麗に磨き上げられたガラステーブルが置かれている。そして、一番奥のソファの中央には、一人の女子生徒が腰掛けていた。

 栗毛の姫ロールで足を組んでふんぞり返っている。右手の指先でクルクルと自分の髪をいじりながら、何やら周囲に居る男子達へ話をしていた。話を聞く男子は苦笑いを浮かべながら、さりげなく彼女の開いた紅茶のカップに紅茶を注いでいる。

「結莉亞様は凄くお金持ちの家のお嬢様で、結莉亞様の家はこの学校の出資者でもあるから機嫌を損ねないようにね」

「なるほど、分かった」

 鈴木の話を聞いた海斗は、彼女がこの学校の有力者であって、周囲の男子は彼女の機嫌を取るために集められた取り巻きだと判断した。その取り巻きにされるのはごめんだったが、ここまで来て遠慮する事は出来ない。それに、新入りの海斗を連れて来られなかったら、鈴木が何かしらの影響を受ける可能性もあった。

「ゆ、結莉亞様、転校生の青野海斗くんです」

「あら、わざわざありがとう」

 ニッコリ笑った彼女は立ち上がる。

「私は金江結莉亞かなえゆりあです。父が金江重化学工業の代表取締役社長をしています」

「青野海斗だ、よろしく頼む」

 海斗が右手を差し出した瞬間、その場の雰囲気が凍り付いた。海斗の隣に立っている鈴木は真っ青な顔をして口をガタガタと震わせている。

「き、君! 結莉亞様には敬語を遣いたまえ! 失礼じゃ無いか!」

「何故だ、同級生には敬語は使わないものだろう。逆に、距離を取っているようで失礼じゃないか」

「結莉亞様と対等な立場に立とうとする事が失礼だ!」

 金江の隣に座って居た男子に怒られ、海斗は率直に思った疑問をぶつけた。しかし、それは男子の火に油を注いだだけだった。

 男子の言い分を理解出来ず首を傾げる。その海斗を見て金江はクスクスと笑う。

「面白い方ですね。私の隣にどうぞ」

「ゆ、結莉亞さ――」

「退いてくださるかしら?」

「は、はい……」

 海斗に怒った男子は、金江にそう言われ渋々と立ち上がる。しかし立ち上がった男子を海斗は手で制した。

「いや、大丈夫だ。どうやら俺はこの雰囲気に合わないらしい。同席は遠慮させてもらう」

 自分の行動を無礼だと取られ、男子は海斗自身に嫌悪感を示した。それを見て、海斗はこの集まりに自分が合わないと判断した。だからこの集まりの雰囲気を壊さないように配慮した、つもりだった。だが、それは完全に逆効果だった。

「あああ、青野くん! ゆ、結莉亞様の誘いを断るなんて失礼だよ! 結莉亞様が隣に座らせてくれるなんて凄く光栄なんだから!」

「それでは、鈴木が代わりに座ってやってくれ。俺は下で食べる事にする」

 そう言って海斗が立ち去ろうとした瞬間、海斗は右足を持ち上げて靴の裏で蹴りを止める。その蹴りは海斗ではなく、海斗の持ったトレイを蹴り上げ飛ばそうとした男子のものだった。

「なかなかやるじゃないか」

 見た目は良いところのおぼっちゃま、という風には見えない。染めた金髪に両耳にピアス、どう見てもただのチンピラだ。

「君はどうして俺の昼飯を台無しにしようとするんだ?」

「結莉亞様に無礼な態度を取ったからだ」

「それは済まなかった。別に悪気があったわけではない。ただ君達とは考え方が合わないようだと思っての事だ。俺が居ては雰囲気を乱してしまうようだったから、失礼しようと思った」

「それが、空気読めてねえって言うんだよっ! ――なっ!?」

 回し蹴りを繰り出そうとするが、またもや海斗に足の裏で受け止められ振り抜くことは出来ない。今度は海斗が足の裏で押し返し、チンピラ風の男子はその反動で床に尻餅をついた。

「無用なトラブルを起こす気は無い。ここは見逃してもらえないだろうか?」

「ここまでされておいて見逃せるか!」

 立ち上がり突っ込んでくるチンピラ風の男子を見て、海斗は手に持っていたトレイを隣に居た鈴木に渡す。

「少しの間持っていてくれ」

「えっ?」

 トレイが鈴木の手に移った瞬間、チンピラ風男子の踏み蹴りを胸に受けて海斗の体が後ろに飛ばされる。たたらを踏みながら屋内フェンスの手すりに背中を付け、追撃で繰り出されたチンピラ男子の拳を右腕で受け流す。

「この野郎!」

 チンピラ男子から繰り出される蹴りや拳を受け流しながら、海斗は大いに目立ってしまっている自分の状況にため息を吐きたくなっていた。こんな状況では目立たず秘密裏にアリーシアを護衛するなんて出来るわけが無い。

「あんまり調子に乗ってるとッ! グハッ!」

 チンピラ男子が特殊警棒を取り出そうとした瞬間、チンピラ男子は空中で一回転し、胸から床に落ちた。くぐもった呻き声を上げてチンピラ男子は立ち上がれない。武器を出そうと行動したチンピラ男子を見て、海斗は条件反射でチンピラ男子の足を蹴り上げ無力化してしまったのだ。いくら相手が武器を使おうとしたとしても、ただの高校生相手に特殊な訓練を受けている海斗がやっては、過剰防衛と取られてもおかしくはない。

「すまん、つい無意識にやってしまった」

「ナメてんじゃねーぞ!」

 床で呻くチンピラ男子に右手を差し出そうとしたとき、横から別の男子が殴り掛かってくる。その拳を右腕ではじき飛ばし、海斗は床に落ちていた警棒を素早く拾って、背後から近付いていたまた別の男子の眼前に警棒を突き付ける。

「流石に、そんなものまで持ち出すと黙ってはいられないな。すぐにそれを床に落とせ」

「クッ……」

 背後から近付いていた男子が右手に持っていたのは、まだ展開される前のバタフライナイフ。男子は左手の指を開いてナイフを床に落とし、それを海斗が回収して警棒も仕舞う。

「では、私はこれで失礼します」

 指摘された通り敬語を使いながら、固まっている鈴木から自分のトレイを受け取る。海斗はテーブルの上に警棒とナイフを置いて背を向け、上ってきた階段を下りてしたのオープンスペースに向かって歩き出した。


 上での一悶着は下に居た生徒達には見られておらず、海斗は注目を浴びることなく一階へ戻って来た。空いている席を探す前に、周囲を見渡してアリーシアの姿を探す。鈴木の案内に従ったことでアリーシアから目を離してしまった。だが、鈴木を含めた男子を取り巻きに持っている金江と揉めた。これで二度と昼食に誘われる事はない。そう海斗は確信していた。それと同時に、学校内で影響力の強い金江に目を付けられた可能性がある事は、好ましくない状況でもあった。

 視線を廻らして辿り着いたのは、食堂に入ってすぐの少し広いスペース。そこの中央で、アリーシアは立ち尽くしていた。その姿は、遠目から見ても寂しそうで心細そうで独りぼっちに見えた。あまり他人と関わる事ない単独行動が常の海斗でもそう感じたのだから、そうとう痛々しい状況だった。

 海斗は今まさに箸を取ろうとしていた手を引っ込めて立ち上がる。そして、独りで立ち尽くすアリーシアの側まで歩いて行き、トレイや食器が置いてある棚を指差す。

「あそこでトレイと食器を受け取って、向こうで料理を食器に盛る。昼食代は学費に含まれているから支払いの必要は無い」

「えっ?」

「あそこでトレイと食器を――」

「き、聞き取れなかった訳じゃないわ」

「そうか、では俺はこれで失礼する」

 海斗はアリーシアに背を向けて自分の席に戻る。

 あまりアリーシアと積極的に関わることは良くない。しかし、訓練生という扱いでも海斗は警察官の端くれである。

 警察法第二条に『警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする』と定められている。海斗はそれに準じ、困っているアリーシアを助けた。それだけだった。

 自分の席に戻り椅子に腰掛けた海斗は、自分の取った皿を見て困った表情を浮かべる。とりあえず野菜、肉、魚と栄養のバランスを考えて皿に盛ってみたが、無駄に横文字の多い料理名ばかりで、料理自体で選ぶというよりも使われている食材で選ぶしかなかった。日頃の食事と言えば、元々通っていた警察学校の食堂で振る舞われるカレーやトンカツと言った、日本の一般家庭で出されるものばかりだった。だから、いきなりフリカッセなどと書かれていても判断は出来なかった。ちなみに、フリカッセは肉をバターで炒めた上に小麦粉を振って更に炒め、ブイヨンを加え香味野菜とハーブを束ねたブーケと呼ばれるものと一緒に煮て作る蒸し煮料理を指す。しかし、海斗には鶏肉が使っている事しか分かっていない。

「いただきます」

 とりあえず栄養補給は必要であるから、海斗は遠慮無く料理を食べながら視線をアリーシアに向ける。アリーシアは周りの生徒の様子を一々確認しながら食器に料理を盛り、盛り終えると大きく息を吐いていた。

 そのアリーシアは首を動かして何かを探す動きを見せる。そのアリーシアの首が海斗の方を向いて止まった時、海斗とアリーシアは目が合った。海斗は目が合っても特に動揺した様子は見せず、視線を合わせたまま食事を続ける。

 海斗にとってアリーシアは尾行中の犯人では無く護衛対象だ。アリーシアに秘密にして護衛しているという特殊性はあるが、視線が合って困る事はない。ただ、アリーシアが海斗を見てホッとした表情をして近付いて来た事は、海斗にとって良くない状況だ。

 アリーシアは自分の手にしたトレイを海斗の真正面に置き、向かいの席に座る海斗に視線を向ける。

「ここ、いい?」

「それは困る」

「な、なんでよ!」

 公にアリーシアの護衛役だと知られているなら常に近くで護衛するべきだ。しかし、周囲の生徒はもちろん、アリーシアを含めたアリカロ王国関係者に秘密で護衛しているのだから、必要以上に関わると海斗の存在が怪しまれる可能性がある。もしアリカロ王国関係者に海斗が日本の警察関係者だと知られれば、日本政府はアリカロ王国に抗議を受けるだろう。それは単純な抗議ではなく二国間の友好関係にヒビを入れかねない。

 そんな海斗に同席を渋られたアリーシアは分かり易く気を落とす。それどころか、今にも泣き出しそうなくらい表情を歪ませた。

「昼食は友人と一緒に取るものではないのか?」

「その友人が居ないから言ってるのよ!」

「それは、済まない」

「謝るな! 海斗だって同じようなものでしょ?」

「俺は日頃から単独行動だ」

「海斗って寂しい奴だったのね」

 アリーシアに哀れみの目を向けられ、海斗は首を傾げる。もちろん、アリーシアの言葉の意味は全く海斗に伝わってはいない。

「とにかく、ここに座らせてもらうから」

 椅子を引いて真正面に座るアリーシアは、心なしか顔を綻ばせて海斗に笑顔を向ける。

「さっきはありがと」

「困った人を助けるのは国民の義務だ」

「そう、やっぱり日本人は良い人ね。いただきます」

 食事を開始したアリーシアにチラリと視線を向けながら、海斗は考えていた。この失態を、隊長にどう報告したものか、と。

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