1-8.せめぎ合う策謀(3)
タイ・クォーン公爵である。
控えよ。
先祖伝来の栄光や、我の威光に寄り、公爵領は運営されて居るのである。
そして我は、『生まれながら』にして公爵なのだ。
あらためて、我の威光に、ありがたく平伏すが良い。
だから領内の物は元来、全て私の物だ。私物を回収して、何が悪い?
ええぃ。領民も、我の土地に住まわせてやってるのだ。感謝されるのが当たり前なのに、何故生意気にも暴動を起こすのだ!!また、領軍を送り込まねば、ならんではないか。暴れる御前らが、悪いんだ。
ええぃ!うるさい!生意気なセルガめ!
炊き出しに、貧困救済だと? ばかばかしい。
領民など放置して置けば、幾らでも雑草の様に湧いて来る!
なまじ手加減するから、増長天になり、言う事を聞か無いのだ。
ふん。セルガなんぞ我の妾と成り、子を成せば良いのだ。
容姿や身体だけは良い女なのだ。いくらでも、可愛がってやるぞ。
ぐふふふ。
ガタン!!
「!!1億6690万人だとっ!!!」
公爵は、その『にっぽん』国とやらの人口数値を聞いた途端、朝食会で座って居た椅子を、蹴り倒して立ち上がる。
彼の全身は震え、目は血走り、顔には冷や汗が流れ落ち始める。
勇者の埒外な強さに、恐怖した訳では無い。
公爵として学んだ、軍事の専門家としての視点からの恐怖だ。
1億6690万人の人口なら、一回の派兵で100万人送り込んだとしても、数回、敵国に送り込める。
そんな超ド級大国だったなんて! どう対応すれば良いのだ!!
ぞくり
ヤーディン大国の総国民が約47万人位のはずだ。予備役を掻き集めても……13万人強の軍勢にしか成らない。
一回の戦闘で、ヤーディン大国は無人の荒野へ、すり潰されるだろう。
今度の勇者の背後には、何千万人の軍隊が並ぶのだ?!
ぞくり ぞくり
「あぁ。ちなみに軍隊は、専守防衛で20万人位だそうです。で、ゴーレムの補佐が付いて、陸軍・海軍・空軍に別れているそうです」セルガは、どうでも良さそうに述べる。
「せ、専守防衛?……守るだけで攻め込まないと言うのか?」公爵は、現金な程に安堵の表情に成る。
「はい。国の『けんぽう』により、守るだけだそうです」
「は。土塊の魔物ではないか!」強い緊張がほどけた反動で、強い侮蔑の表情をする。
「現在は、豊かな国力に元ずく、経済戦争が大変だそうです。『戦争をしている暇がない』とか」
ぴくり
1億6690万人の超ド級経済大国の、経済戦争だと!?
ヤーディン大国の約47万人の経済など、巻き込まれて、あっという間に支配されてしまうのでは無いのか?
ぞくり
再度、緊張が強まる。
「で、新参勇者殿は、何を望むというのだ? 経済大国の住人には、我らの報奨金など、端金だろう!」
「なにも」
「は?」
「あぁ。滞在中の『食事』と『宿泊先』を、御願いされましたは♪」
「バカにされて居るのか?」
「勇者様が所属する『侍』と言う、魔道剣士集団が在るのですが。あちらの世界には、敵う者が無くなってしまったそうです。それで、諍いの『仲介人』や『交渉人』をされて居るそうですは」
「ふん。ちまちまとした諍いなど。どうでも良い」
「あぁ。もう一つ、教えて頂いた事が有りました。あちらでは、『自分達人族は『地球』と言う、直径約10193スタッド(1スタッド=1.2m)も在る、大きな球である大地の上に住んでいる』。と、地理学的に理解されて居て。その地球に住む世界各国を合わせた総人口は、75億人だそうです。で、その75億人が、経済戦争中だそうで」
「なっ!何だと!!75億人っ!!!」もう、理解の範囲を越えてしまった。
確か、ヤーディン大国と周囲の判って居るだけの列国人口を、かき集めれば、80万人強位の人口は居るハズだ。だが、余りにも差が開き過ぎて居る。学んだ軍事学でも、『国力の差が圧倒的で無ければ、開戦してはいけない』との訓示を、改めて思い出す。
「ただ『人が死なないから、良いか』と『侍』では、経済戦争は黙認されてるそうですわ」
「なに?! では75億人も居て、実戦の紛争が無いと言うのか?」
「はい。何故なら『侍』組織の人員が派遣され、『その強力な武力や魔道や英智』を後ろ盾に、地球全体に『諍いの、仲介と交渉』で働きかけ、無血で『紛争』を抑え込まれて居るのです。そして、今度お出でになる『勇者・笹木武良』様は、その『侍』組織内での筆頭格であらせられるのですは♪」
ぞくり
「75億人を、無血で統治出来る勇者だとっ!!」公爵は、思わずつぶやく。
ここ侯爵領でも、約5万人の人口は居る。しかし近年、領内あちこちで、内紛や暴動は当たり前だ。その都度、領兵を向かわせるしか無い。都市部は平穏に見えるが、地方では結構血生臭い状況だ。
何言って居るのよ。自分勝手な統治をして居るからじゃない。
セルガは、公爵のつぶやきが聴こえ、内心毒づく。つぶやいた意味もわかる。現公爵が執務を取る様に成ってから、どれだけ領民の血が流され、不満の尻拭いをして来たか。
実は、キツい税収や理不尽な統治での、内紛や暴動なのだが。タイ公爵は、『自分の物を採取して、何が悪い』としか感じて居ない。領内に住まわせてやってるのに、暴動を起こす無礼な輩としか思って居無い。教会からの申し入れが無ければ、まだまだ採取出来るのに。と教会を、疎んじて居る。
「そうそう。武良様は、『統治のコツは、関わる全ての人々が公平に利益を得られ、全ての人々が納得する様に差配する事です』と申されて居りましたは♪」
「ふん! たかが勇者風情がっ! 何を言うのか!」
あらそう。ならば、貴方の誇りの元を、叩き壊してあげるは。
「あら♪ 『侍』や武良様は、優秀な科学者達で、発明起業家でも有りますのよ。数多くの、発明され特許を取られていて。あちらの世界の数多くの企業の製品に利用されて……そう。65億人が、武良様が関連した商品を購入し、使用料一人1レンを、武良様に払うとしたら……」
「なっ!75億レン……」
「ですので、『侍』及び武良様は、超ド級の大金持ちなのです。ですから報奨は、『御食事』と『宿泊場所』だけで良い、との事ですは♪」
公爵自身の資産は、隠し財産を合わせれば、1億レンを超える。だから金持ちの自分に誇りを持って居る。
65億レンを超える、超ド級の大金持ちだとっ!!
余りにも巨大過ぎて、畏怖・恐怖しか感じられない。
敵対すれば、あっという間にすり潰される!!
ぶるるっ
公爵の身体は、恐怖とプライドを叩き壊された悪寒に、大きく震える。
「セルガ様。その、武良様御本人の、その、御印象は如何でしたか?」
朝食会に同席して居た、神経質そうなディグリー王都神官長が、急に問うて来る。
「? 御印象? と、おっしゃいますと?」セルガの頭の上に『?』マークが浮かぶ。
「いやその、博学な御方や裕福な・・・いやその、『傲岸不遜』な方とか・・・」
正しく裕福で『傲岸不遜』な現公爵が、真横に居るので、言いにくそうだ。
まぁ確かに、これ以上『強いが、傲岸不遜な問題ある勇者』が増えると困る。
だが。魔族が強力に成っている昨今。そんな悠長な事は、言って居られない。
だから今回の、武良様の様な『心・技・体』揃った『底知れ無い強さ』の勇者様は、大当たりだ。
そんな方との御縁を掴み取った私は、大いに胸を張りたい( たゆん♪ )。
「どう言う御方であれば、勇者に相応しいのでしょうか」ピシリと、セルガは述べる。そうだ。命張ったのは私だ。つべこべ言うんじゃねぇ。おっと。湧いて来る怒りに、ブチ切れ掛けた表情を無理矢理整える。
「あ、いやその」セルガの殺気を感じ取れたのか、ディグリー王都神官長は狼狽える。
「僭越ながら、実際にお会い出来るまでは、用心は必要かと」黙って聞いて居た、タキタル衛兵隊長が意見を述べる。
「お会いするには、召喚転移して頂かなくては成りません。召喚されてから御性格が判っては、遅いですは」と、セルガは返す。
バッサリ論破されたタキタル衛兵隊長は、ぐっと詰まる。
「今回。召喚前に、勇者様の『人となり』を知り得て僥倖だと思って居りますは」また、胸を張る( たゆん♪ )
「しかし、現存の勇者様や勇者系譜の皆様方は、『これ以上、新参勇者は必要無い』との御意見も……」これまた同行して来た、ハナマサ勇者担当局長は、抵抗を試みる。
「では王都では、新たな勇者様の御招きは、中止されたいと?ふうん。現存の勇者様や勇者系譜の皆様方が、昨今の魔物の強さを『持て余されて居る』事実は、どう対応されるのでしょうか?また。そこまで『王都では必要無い』と申されるなら、タイ・クォーン教会独自で、新たな勇者武良様を中心に、魔物・魔族・魔王退治計画を進めます。では失礼」
セルガは速やかに席を立ち、論破され目を白黒させたハナマサ勇者担当局長を置き去りに、さっさと出口に向かう。
「まて! 王命に逆らおうと言うのかっ!!」公爵は、苛立ちの声をあげる。
「ほう。召喚魔術が成功して、勇者武良様と御縁を繋げられたのは『神の御心』です。その神の恵みとも言える、勇者武良様の御招きを中止せよと?」
公爵は、ぐっ、と言葉に詰まる。
「お待ち下さい。セルガ様。召喚式には『数多くの衛兵』を備えるのが『習わし』。その時は、王都衛兵も召喚の間に入らせて頂きますぞ」タキタル衛兵隊長は、宣言する。
「どうぞ♪ 勇者様の御招きには、大勢で御迎え致しましょう♪ 御招きの日は、追って『公爵様に』御伝え致しますは」セルガは、その美しい顔一杯に、見惚れる笑顔で答える。
「ごきげんよう♪」と、退出する。
「クソっ。生意気な小娘がっ!!」公爵は毒づきながら、乱暴に椅子に座り直す。
「まぁまぁ。今後の対策を、談義致しましょう……ねぇ、タキタル衛兵隊長殿」ハナマサ勇者担当局長は、含みを持たせた微笑みのまま、タキタル衛兵隊長にも呼び掛ける。
話を振られたタキタル衛兵隊長は、無言のままに、一つ頷く。
『御見事に、叩きのめしましたね♪』セント・メダル経由で聞いて居た武良は、愉快気だ。
「だって、全て『本当の事』ですもん」セルガは、ぷんすか頬を膨らませて、まだ憤慨している。
『典型的な悪人デスねぇ。どこの世にも、居るんだー』苦笑いながら、呆れる。
『所で、あー。ラナさん』
「は!? はい!」急に名指しをされた、女性警護人ラナは飛び上がる。
『タキタル衛兵隊長さんは、どう言うお方ですか?』
ラナは、ふっと微笑む。
「お分かりでしたか」
『えぇ。グダグダな公爵と王都神官長を、的確な質問で支えて居られました。ちゃんと、召喚式にも手勢をねじ込みましたからね』
「したたかな、歴戦の元傭兵隊長です。王都上層部に信頼厚く、今回の折衝の支え役に捻じ込まれました」
『ふむ』武良は、思案する。
『ラナさん。カルナさん。御願いがあります』
「「はっ!!」」
『遅くとも召喚式の直前には、セルガさんの周りに人を増やして下さいね……少なくとも3日間は昼夜絶え間無く』
「「!了解しました!」」
「召喚式が終われば……」セルガは、つぶやく。
『えぇ。セルガさんは『用無し』です。公爵側と言うか、ハナマサ勇者担当局長とタキタル衛兵隊長は、動くでしょう……最も、既に『用無し』デスが(苦笑)』
「そうですはね。教会聖魔核には、転移に『必要な魔力』は、残って居ませんもの。この通話も武良様側の魔力ですし」セルガさんは、寂しく微笑む。
『タキタル衛兵隊長にも、気付かれ無かったのは、御見事でした♪』
「ありがとうございます。もう、武良様だけが頼りですは」セルガは、ほろ苦く笑う。
『お任せ下さい。では、明日の昼食後にお邪魔致します。御伝え頂いた座標に、メダルで御伝えしてから、転移ゲートを開きます』
「お待ちして居ります」セルガは、深く首を下げる。
『ではまた♪』武良は朗らかな声で挨拶し、音声通話を切る。
「さて、今日は早く寝なきゃ!」通話を終えたセルガは、開き直った様に、明るい表情で背伸びする。
そう。彼女は自分の賭けるられるモノは、命まで、運命のテーブルに投げ出したのだ。
しかし、清々しいほど『空っぽ』に、成れた。
あとは、野となれ山となれ、か。
……悔いは、もう無い。
セルガは、にっこり微笑む。
御読み頂き、誠にありがとうございます。
うーん。典型的な悪役の描写も、難しい。
公爵なりの理由で、統治されて居るのですが。典型的過ぎると、現実味が薄れてしまいますし。
では、次回投稿は、12月20日(日)の(あくまで)予定、です。
申し訳ありません。
年末進行の仕事がー
御感想も、御待ちして居ります。
よろしくお願い致します。