第42話君と歩む未来 前編
「翔平を私の婿にください」
ハナティアは俺の両親の前で頭を下げた。本来ならこういうのは、男である自分が嫁の両親に言うセリフなのだけれど、今は違う。
「は、ハナティア? お前どうして急にそんな事を」
「翔平は黙ってて!」
「いや、そんな事を言われても困るんだけど」
流石に状況が掴めない俺は戸惑う。そもそもハナティアを家に連れてきたのは、彼女が俺の母親に話をしたい事があるって言ったからであり、まさかそれがこんな形になるとは予想できなかった。
(そもそもさっきまでそんな話をする様子じゃなかったのになぁ)
一体どうしてこうなったんだ。
■□■□■□
遡る事数時間前。ハナティアを連れて俺はまた実家へと帰ってきていた。
「うぅ、暑い。翔平、まだ家に着かないの?」
「もうすぐだから我慢しろよ。それに一度来た事があるんだから、どれくらいかかるか分かるだろ」
「そうは言うけど」
ハナティアの言い分は分からない事もなかった。今日は今月で一番の猛暑日。こうして家に向かうだけでも、倒れそうになるくらいだ。
「というか行きたいって言ったのはお前の方だぞ? 俺は別に用事はなかったんだから」
「それはそうだけど。でも早いうちに話をしておかないとって思って」
「そんなに急な話なのか?」
「翔平はまだ何も分かっていないかもしれないけど、時間はあまりないんだよ?」
「それって」
つまりアレの事についてなのだろうか。それだったらそんなにも急ぐ必要はないと思うけど、やはりそれも俺がまだ理解できていないからなのだろうか。
(でも確かに時間がないのは本当だよな……)
間も無く夏休みに突入し、それが終われば俺も決断しなければならない事がある。この地上から離れ、トリナディアで暮すかそれとも……。
(答えは決まっている、はずなんだよな)
でもそれは、今までの生活からかけ離れる事になる。いや、元はあそこにいたのだから、ある意味故郷に帰ってきたようなものだけど、果たして俺は正志と雪音にちゃんと別れを告げられるのだろうか。
「翔平?どうしたの黙っちゃって。暑さで頭がおかしくなったの」
「何でだよ。ちょっと考え事をしていたんだよ」
「あ、もしかして私が変な事を言ったから」
「そうじゃねえよ。気にするな」
頭に手を置いてやる。そういえば温泉旅行で告白したせいか、少しだけハナティアとの距離が近くなったような気がする。こうしてスキンシップも取れるようになったし……。
(初めから俺はそうするべきだったのかな)
そんな考え事をしている間にも、我が家に到着。俺はチャイムも使わずに自然な形で我が家に帰宅したのであった。
「ただいま」
■□■□■□
ここまでは特に何も変わりはなかった。母親は俺の帰宅に少しは驚いていたけど、ハナティアの姿を見て何かを感じたのか俺に微笑んできた。
「何だよ母さん」
「ついに結婚するのね」
「そうじゃないから!」
だが母親の予言は、俺の予想の範囲外のところで的中してしまう。リビングを通されてすぐ、ハナティアは椅子に座ろうとはせずに何故か床に正座した。
そして頭を下げながら彼女は言ったのである。
「何だよハナティア、椅子に座らな……」
「翔平のお母さん、話があります」
「どうしたのハナティアちゃん、そんなに改まって」
「翔平を私の婿にください」
俺は飲みかけたお茶を吹き出す。まさかハナティアからこんな言葉が出てくるなんて予想していなかった。母親にしたい話ってこれだったのか……。
「ゲホゲホ、は、ハナティア、どうして急にそんな事を」
「翔平は黙ってて」
「いや、それだと困るんだけど」
俺は当人なんだし。
「ハナティアちゃん、それは本気なの?」
「はい。ご存知かとは思いますが、私は翔平との子供を身ごもっています。それに秋頃には翔平と私はずっとトリナディアで暮らす事になります。その為に結婚は必要になるんです」
「それは翔平から話を聞いていたし、後にそうなる事も私達は知っているわ。でも私達にとって翔平は大切な我が子。その子供を危険な地へ婿として向かわせるなんて、簡単にはできないわ」
「でも今の私には翔平が必要なんです」
「その言葉は過去にも一度聞いたわ。でもそれが最悪の結果を招いたのよ。あなた達は私たちの大切な宝を奪ったの」
「そ、それは……」
そのあまりに正論すぎる言葉に、言葉を失うハナティア。こんなやり取りがきっと、柚姉ちゃんの時にもあったのだろう。でもその時は母さんも最悪の未来を知る由もなかった。
(いつも冗談のように結婚とか言ってたけど)
本当は母さんは後悔していたんだ。一度選択を誤ったせいで大切な家族を失ってしまった事を。見ず知らずの国に大切な子供を読めとして向かわせてしまった事を。
「あなた達には分からないと思うけど、私達は大切な子供を失ったのよ。あなたもいづれ親になるから分かると思うけど、誰よりも自分の子供が一番可愛いの。だから簡単には手放す事なんかできない」
(母さん……)
俺は思わず目頭が熱くなってしまう。親ってこういうものなんだと、改めて思い知る事になるなんて、考えてもいなかったな……。
「柚お姉ちゃんの事は私達に責任があるのは分かっています。でもそれでも私は、翔平と未来を歩きたいんです!」
それでもハナティアは引き下がろうとしない。その言葉一つ一つが本気で、彼女も母さんと同じように俺の事を想ってくれている、そう考えるとほんの少しだけ嬉しかった。
「信じる事は難しいかもしれません。でもそれはこれから変えていきます! 翔平と私で」
「翔平は……どう思っているの? ハナティアちゃんと変えられると思っているの? 危険という可能性があったとしても」
「俺は…」
母親に尋ねられ、俺は一瞬考えたがそれだけでも無駄だった。だってその答えなんて、決まっているのだから。
「ハナティアを信じているよ。これまでだってそうだし、これからもそうしたい。ハナティアとなら未来を歩めると俺は思うんだ」
それはこの三ヶ月間近で彼女を見てきた俺だからこそ言える言葉だった。
「ハナティアはそれを信じさせてくれるくらいの努力もしているし、この先も頑張ろうとしているのも分かる。だから俺はハナティアを信じるよ」