第24話変化し始める日常
翌日朝早くから講義があった俺は、前日の疲れがかなり残っていた事もあり授業に集中できずにいた。
「翔平……おい、起きろってば」
「へっ……」
「講義終わったぞ」
「え、あ、悪い」
気づいたら眠っているの繰り返しをしていた俺は、正志に起こされるまで寝ている事にすら気づかなかった。
「朝からすごい眠そうな顔していて心配してたんだよ。この週末に何かあったのか?」
「まあ、ちょっとな」
家に帰って寝る時間はあった。だけど寝れなかった理由があった。それは勿論昨日の事。
(あんなにドキドキしたのに、どうして俺は……)
正直ハナティアが好きなのかは分からない。だけど近くで彼女を見て、ドキドキしていたのは間違いなかった。その感情が果たして何と呼ぶのかは分からないが、
「あまり無茶だけはするなよな。ほら、さっきの講義の分のノート」
「お、サンキュー」
とりあえず次の講義は何もないので、俺は正志のノートを写した後すぐに眠りについた。
「おはようございます、正志君」
翔平が再び眠ってすぐ、雪音が二人の元へやって来た。
「お、来たか雪音。講義は?」
「次の時間からなので大丈夫です。それよりそこで寝ているのは翔平君ですか?」
「ああ。何か昨日から疲れているみたいで、講義中も何度か寝落ちしてた」
「それって大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃないだろうな、多分」
二人は今年の春になってから、かなり苦労している翔平の事が心配だった。別にハナティアが悪いとも思っているわけではなく、無理しすぎている彼がいつ倒れるか本当に心配だった。
「高校の卒業までは何も変わらなかったのに、どうして急にこうなったんでしょうかね」
「さあな。でも思い当たる事があるとしたら」
「あの事件以降ですよね」
翔平が行方不明になった事件から間も無く二ヶ月。これまでの忙しさの原因を考える限り、やはり元凶はそれなのかもしれないと二人は考えていた。
「結婚か……翔平には早すぎなんじゃないかって考えているんだよな」
「私もそうは思うんですけど、反対はできないんです。それが翔平君の幸せなのかもしれませんから」
「幸せ、か」
それは正志と雪音にも同じようにあるものだった。だから二人とも反対とも賛成とも言えない。それが翔平にとっての幸せかもしれないのだから。
「少しずつ変わり始めてしまうんですね私達」
「変わらないものはないんだよ、誰だって。それはいつか俺達にだってある話だよ」
「私達にもですか?」
「ああ。こうして三人で居られるのも長くはないって事だよ」
正志は何かを感じ取っていた。翔平の中で起きている変化が、いつか自分達に変化を与える事を。雪音はまだそれを受け入れられないかもしれないが、覚悟は必要になってくる。
「あれ……雪音も来ていたのか」
そんな会話している間に、翔平が目を覚ます。
「おはようございます、翔平君」
「ああ、おはよう」
こんなごく当たり前のやり取りも、いつかは無くなってしまう。そんな事を考えると、二人は少しだけ寂しくなるのであった。
◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎
その日の大学の終了後、ハナティアからトリナディアに来てほしいとの連絡を受けた俺は、帰宅したその足でトリナディアへと向かった。
「この前来た時はゆっくり見れなかったけど、広いよなここ」
「私ももう一度来てみたかったんですよ」
「だろ? って、何で二人とも付いてきているんだよ」
正志と雪音が何故か付いてきたけど。
「何というか成り行き?」
「わ、私は反対したんですよ?」
「嘘つけ。最初から来る気満々だったんだろ」
まあ、ハナティアが二人ともっと会いたいって言っていたから、別に構いはしないんだけどさ。
(でも、何かタイミング悪いような気がする)
何故そう思うのかは、さっきの電話の時の内容にあった。
「今日この後? 別に用事はないから構わないけど」
『よかった。昨日の事で少し話したい事があって』
「昨日の事? 何か伝え忘れていた事なんてあったのか?」
『そうじゃないの。ただ、その、昨日のあれが……』
「あれ?」
『と、とにかく来て。それだけ』
「あ、おい」
そんな感じで電話が切れてしまい、ハナティアが何の為に呼び出したのかその意図が掴めなかった。
(昨日のあれって、多分あの事だよな)
でもあの話し方はそれ以上の何かがあるような気がした。
「いらっしゃいませ翔平様。あら、お二人はいつかの」
「お久しぶりです」
「お、お邪魔します」
「どうぞ中へ。只今ハナティア様をお呼びしますので、お部屋の方でお待ちください」
サクヤは何も伝えられていないのか、正志と雪音も普通に城の中に通してくれた。城の応接室に通されそこで待つ事数分、ハナティアが部屋にやって来た。
「お待たせ翔平、ってそこの二人は確か翔平の正志と雪音ちゃんだっけ?」
「覚えてくれててありがたいな。元気にしてたか?」
「お久しぶりです、ハナティアさん」
覚えているも何も、裏で実は忘れそうになるたびに俺が名前を教えていたのだが、それは内緒にしておこう。それよりも、普通に二人の事を出迎えているけど特に抵抗は感じないのだろうか?
「なあハナティア、電話で言っていた事なんだけどさ」
「三人ともお腹減ってない? 丁度食事の準備が終わっているし食べていかない」
「お、マジ? 丁度俺腹減っていたんだよな」
「わ、私もご馳走になりたいです」
「じゃあ食堂に行くわよ。翔平は?」
「いや、勿論行くけどさ」
何故か肝心な話をする前に夕飯を食べようと誘うハナティア。夕飯も食べずに来たからお腹は減っているけど、何でそれをこのタイミングで。
(わざと避けているのか?)
「後で間を見て翔平を呼ぶから、それまで待ってて」
移動する直前、ハナティアが小声でそう言ってきた。やはり二人がいては話しにくい内容だとは分かっているのだろう。
俺も二人が付いてくるのは予定外だったので、とりあえず心配事は避けられた。
「翔平、実はその……」
だが三十分後、彼女が俺に向けた言葉は俺の予測を遥かに超える物だった。
「この二ヶ月翔平と一緒にいた事で、気のせいではないと思うけど……できちゃったの」
「へ? 今なんて?」
「だから……私……できちゃったみたい」
「えぇぇぇ!」
それってまさか……、子供?