黒の肖像(虹色幻想1)
一枚の絵に惹きつけられた。
その絵は、ほとんどが黒だった。長い黒髪。少女は黒髪を垂らし、背を向けて座っていた。それだけなのに、惹きつけられた。動けなくなった。
ここは学校の美術準備室だった。そこに、その絵はひっそりと置かれていた。
「そんなに見ていると、引き込まれるわよ」
隣に長い黒髪の少女が立っていた。
同じクラスの子だろうか?眉をひそめ、思い出してみる。しかし、思い当たる顔が浮かばない。今は授業中だった。
「なぜ?」
「知らないの?その絵には呪いがかかっているのよ」
少女は口の端を歪めて笑った。
「あまり見ないことね。あなたも魂を取られるわよ」
そう言うと少女は出て行った。
「克己?見つかったか?」
美術室からクラスメイトの健太が声をかけてきた。
「いや、まだだ」
克己は探し物をしていたことを思い出した。健太が準備室に入ってくる。
「何だよ、ここにあるじゃん」
そう言うと探し物を見つけて手に取った。克己は健太を手招きした。
「どうした?」
「なぁ、この絵知ってるか?」
「知らね」
健太はまじまじと絵を見て眉をひそめた。
「なんか、お前の描く絵に似てるな」
「そんなに見ていると魂を取られるらしいぞ」
克己は真剣な顔をして言った。健太は笑った。
「学校の七不思議か?ないない、そんなこと」
手を振りながら美術室へ向かっていく。克己はため息をついて、健太の後を追った。
私立和泉高等学校の歴史は古く、七つどころか沢山の不思議があった。この絵に不思議があってもおかしくない。
克己はあれから絵が気になって仕方なかった。クラスの女子に聞いてみたが、誰一人あの絵の呪いを知らないようだった。美術部員にも聞いてみたが、同じだった。
「美術準備室の絵?ああ、あれね。後ろ姿の肖像でしょう?そんな呪いあったかな?」
美術部部員も知らない呪い。
「なにをそんなに気にしているんだ?」
健太が不思議そうにしている。
克己は美術の先生に聞いてみることにした。
「ああ、あれは昔の生徒が描いたものらしい」
先生もそれ以上は知らないようだった。
克己は知りたくなった。何が自分をこんなに引き寄せるのか。知りたかった。
「また、見ているのね」
この前の少女がまた来た。ここに来れば会えると思った。克己は少女に聞こうと思った。
なぜ、皆が知らない呪いを知っているのか。
少女は克己の疑問を察し、説明を始めた。
「昔、この絵の少女はとても美しかったというわ。でもある日、実験の時に誤って薬品を顔にかけてしまった。少女の美しい顔は焼けただれ、醜くなった」
少女は辛そうな顔をして、絵を見た。
「誰も見られないような、醜い顔になった。だから少女は呪ったの。自分の後姿を。それを見て心を奪われる者を」
その時、克己の脳裏に一人の少女が浮かんだ。
少女は美しく笑い、お気に入りの黒いワンピースを着ていた。美しい長い髪。
そして場面が変わる。
顔に包帯を巻いて、寝ている姿。泣き叫ぶ少女。
「ああ、そうか」
克己は納得した。自分は知っているのだ。
「あなたも呪われるわよ」
少女は克己を見て微笑んだ。美しい少女だった。
「構わない。僕は知っているから」
自然と克己の顔に、笑みがこぼれた。
そうだ、昔に僕はこの絵を描いた。少女のために。大好きだった少女のために。
克己は隣にいる少女を見つめた。
「あなたはいつも怖がってくれないわね」
少女は苦笑した。
「当たり前だよ、紗江。怖くないもの」
克己は笑った。
「ねえ、美術準備室にある絵の呪いって知ってる?」
「え、知らない」
「ずっと見ていると、魂を取られるらしいよ」
「嘘~」
アハハハ、と女子生徒達は元気に廊下を歩いている。克己は彼女達を横目に見て、歩きだす。そうして日課となった美術準備室へ向かう。
扉を開けるとそこには肖像画があった。克己の顔に自然と笑みが浮かぶ。
「やあ、紗江」
克己は絵に語りかける。
愛おしく、優しく。