魔獣騒ぎ
15歳になったナツは町に働きに行く事が決まった。
村長の斡旋で宿屋で働く事になったのだ。
「わたし、ちゃんと仕事できるかなぁ……」
畑仕事以外は経験がないから不安が大きい。
それに町は人が沢山いると聞いた。
ちゃんとやっていけるか心配だ。
それでも、裕福ではない村のため畑仕事よりは町で働く方が余程村のためになる。
引き取って育ててくれた恩は返さなければならない。ティソの村から引き取られていた他の子達は既に村を出て働いている。
そんな不安や何やらを、畑仕事をしているナツにちょっかいをかけに来たミシェルに零した。
村一番のモテ男ミシェルは23歳の立派な大人に成長していた。
「大丈夫じゃない?」
無責任な返答をどうでも良さそうに返すミシェルは、あちこちの女性に手を付けて遊んでいる。
ナツはそんな事知らない。
「そうかなぁ……ミッくんがそう言うなら大丈夫かなぁ。宿屋ってどんな仕事するんだろね?」
「……何なら教えてやるよ」
「え!? ミッくん、知ってるの? 教えてくれるの?」
「ああ、そうだな……全部教えるとアレだけど。大体の事なら教えてやれるよ」
ミシェルはニヤニヤしながらナツの手を引いて、畑から離れた粉引き小屋へ向った。
***
「精々仕事頑張れよ。じゃあな」
呆然としているナツは、ミシェルが出て行ったことに気が付かなかった。
何が起こったのだろう?
ミシェルは何をしたのだろう?
どれだけボンヤリしていたのか、気が付くと薄暗くなっていた。
漸く立ち上がるとフラフラと小屋から出て、直ぐ傍の川で口を漱いだ。
いくら漱いでも口の中にヘンな味が残っている。
「うっ……ううう……いやだよ……行きたくないよ」
宿屋というのは娼館というところで、女の人が男の人に体を売るところだとミシェルは教えてくれた。
***
ナツは家に帰るのも儘ならず、粉引き小屋でボンヤリとしていた。
すっかり外が暗くなった頃、小屋の扉がバタンと開いた。
「……天使、様」
入ってくる人をボンヤリと見ていたら、そんな言葉が口をついて出た。
開いた扉から射す月の光がその人を照らしている。
顔は良く見えないが、それでもとても綺麗な人だと分かった。
「もしかして……もしかして、天使様――」
――迎えに来てくれたのですか?
と、最後まで言えなかった。
遮るように男が口を開いたからだ。
「あんな男に色目使うなんてガッカリだよ、ナツ」
綺麗な姿からは想像できない、生々しい低い声にナツは急に怖くなった。
「だ、誰ですか?」
ナツが動揺しながら尋ねると、男は項垂れながらブツブツ言い始めた。
「……僕の事忘れた挙句にあんなクズに色目使うなんて……最低だ……こんな事なら、あの時連れて行けば良かった……くそっ」
「あ、あのぅ……」
「最後までヤられなかったのは不幸中の幸いか……ああ、でも! もう少し早く来るんだった」
男はずっとブツブツ言っている。
「ああ、とりあえず二度と他の男に色目使えないようにしないと……」
一頻り呟き終わると、男は顔を上げて真っ直ぐナツを見据えた。
「あ……おにい、ちゃ、ん……?」
「ブサイクになってしまえ!」
ナツの声と男の声が重なった。
***
「粉引き小屋にいるんじゃない?」
「お前まさか!」
「俺だって分かってるっての。最後までヤってないって」
娼館に売る娘は、手を付けられてしまうと途端に市場価値が落ちてしまう。
放蕩息子でもその辺は理解しているつもりだから味見程度に手を付けただけだ。
家にナツがいないため捜している村人に、身に覚えのあるミシェルが言った。
*
「ここにいるのか!? ナツ!」
ドンドンと粉引き小屋の扉が乱暴に叩かれ、ナツは目が覚めた。
いつの間に眠ってしまったらしい。
逃げる間もなかった。
もう、働きに行くしかない。
と諦めて扉を開けた。
「さあ、用意して来るんだ。行く、ぞ……」
勢い良く入って来た村人達は、ナツを見ると一瞬動きを止めた。
「うわぁー! 魔獣だー!」
「ゴブリンが出たぞー!」
「エラくブサイクなゴブリンが出たぞー!」
蜂の巣を突付いたような騒ぎが起こった。
何が起こったのか分からないナツは、混乱した村人達がに瞠目している。
「ナツは魔獣に食われちまったみたいだ!」
「早く捕まえて袋叩きにしちまえ!」
「何だ、このブサイクなゴブリンは!」
理不尽な村人の怒鳴り声と共にナツはあっさり捕まってしまった。
体中を殴られて、足はおかしな方向に曲がり体を引き摺るようにして人目につかない山に入った。
――お父さんとお母さんに会えるかな……
段々、意識が遠のき優しかったおにいちゃんの顔も浮かんだ。
そういえば、昨夜の天使様はおにいちゃん似ていたなぁ。
もしかして、おにいちゃんが迎えに来てくれたのかな……
『ブサイクになってしまえ!』
「ヒドイ、よ……お、にい、ちゃん……」




