思い出から現実へ
「おおおおおお帰りなさい、ヨシュア、おおおお腹、お腹空いてるわよ、ね? ね!?」
ヨシュアの母は小刻みに震えながら酷く動揺していた。
「うん。お腹、空いた」
労働の後でお腹が空いているヨシュアは頷いた。
「も、も、申し訳ありません。コ、コンスタン様。息子に食事、食事させないと、アレ、アレなので、今日はお引取り、頂け……」
「私も頂こう。食事が済んだら荷物を纏めようか」
「で、でも。あ、あなた様のお口に合うような物ではございませんし、その、あの、あう……はい、直ぐ用意、致しま、す」
男の笑顔のプレッシャーに負けた母は、目に涙を溜めてガクガク震えながら食事の用意を始めた。
*
「ほ、本日のディ、ディナーはカボチャのスープでございます」
前菜もメインも無い。
カボチャのスープだけだ。
パンもない。
今日の母は凄くおかしい。
何か怯えているようだ。
おまけに本日も何も、毎日カボチャのスープだ。
食卓に着いた男は文句も言わずに行儀良くスープを食べている。
木を刳り貫いただけの皿と、木を削って作っただけのスプーンなのに、この男が持つととても高級な物に見える。
ヨシュアは父だという男の乱入にむっつりとしながらスープを口に流し込んで、母は震える余り食事が進んでいない。
「うん。この様子だと大して荷物はないね。食事が済んだら直ぐに出るよ」
気まずい空気を物ともせずに男は言った。
ヨシュアも問い返した。
「……ここから出て行くの? どこかに行くの?」
「王都の私の屋敷に来てもらう。ミランダは私の妻だし、君は私の息子だからね」
ヨシュアは目を丸く見開いて息を飲んだ。
「ぼ、僕はどこにも行かない! ここにいる!」
「ああ? お前が来なきゃミランダも来ないだろう?」
父は、母を釣る餌としてヨシュアを必要としているようだ。
「ねぇ、ミランダ。君も私と暮らしたいよね? 親子三人で」
――お前が来なきゃ、息子がどうなるか分からないぞ?
男は笑顔でミランダを脅している。
母はガクガク震えて頷いているのか何なのか最早分からない状態だ。
「嫌だ! 何で知らないヤツと暮らさなきゃならないんだ!?」
食って掛かるヨシュアに胡散臭い微笑みを向けた。
「……なるほど。ミランダと二人きりで暮らすのも悪くないかな。うん。じゃ、お前邪魔」
ヨシュアは咄嗟に、この男と母を二人きりにしてはいけない、と判断を下した。
だが、ここを離れるという事はナツとの別れを意味する。
ヨシュアが唸ると、母が大声を上げた。
「そ、そんなヨシュアと離れるなんて……!」
「冗談だよミランダ。大事なエサ(息子)を置いていくわけないでしょう」
カッコ書きが逆な気もするが、コンスタン家の人間とはこういう物だ。
「ね、私の息子なら分かるよね? 愛する女とずっと一緒にいたい気持ち」
その気持ち、ヨシュアには物凄く分かる。
それに、母さんにもっと楽な生活をさせてやりたい。
こんな、ちっぽけな村で肩身の狭い生活したくない。
正々堂々と暮らしたい。
「……なぁ。アンタって金持ちなの?」
「ああ? まぁね」
「じゃ、じゃあ、あんたと一緒に暮らしても良いけど……」
「ん、何? 私と取引するつもり?」
「もう一人、子供が増えても構わないか?」
この金持ちそうな男だったらナツ一人引き取るくらいなんて事ないだろう。
それに、息子の頼みだったら叶えてくれるのでは、と甘い考えを持ってしまった。
「……ああ。弟妹が欲しいのか。心配ない、直ぐに増えるから」
男がニタニタ笑いながらミランダを見ると、彼女は絶望的な悲鳴を上げて倒れた。
「か、母さん! どうしたの!?」
母を抱き起こそうとするヨシュアの胸倉を掴み上げた。
「あの、お前の気に入りの小娘の事?」
「な、んで、知って……」
「お前は、私があの小娘を引き取って、育ててやってそれで満足?」
「ぐ……」
「言っておくが、お前は望もうが望むまいがコンスタン家を継ぐ身だ。我が家訓は『欲しい物は己の手で掴み取れ。因みに手段は問わない』だ」
「う……く、そ……」
「分かったか」
手が離れて床に落とされたヨシュアは咽ながら男を睨んだ。
言われずとも、ナツは己の力で手に入れる。
それまで待ってて。
僕のナツ。
***
「……っと、こんなものかな?」
回想している間に大分抽出できた。後は瓶に詰めて冷やすだけだ。
「さて、『僕に関する記憶以外』消去薬完成」
これで、君の世界は僕だけになる。
殺された両親の事も、村の事も、ミシェルの事も、怪我をした事も全て忘れてしまえ。
薄い紫の液体を見詰めながら、喉の奥で笑うヨシュア。
あの時まだ純粋だった少年は父親の教育の下、立派に……成長した。




