思い出 ~2
早熟のヨシュアは早目の思春期(発情期)に突入し、それはそれはナツを可愛がった。
「ナツは僕のお嫁さんなんだよ」
ナツを抱っこして膝に載せて言いきった。
そして、まだよく分からないナツはとても嬉しそうだ。
「うん! わたし、お兄ちゃんのお嫁さん!」
あまりの可愛らしさにホッペを舐めてみたり、耳を齧ってみたりキスをしたり。
ヨシュアの行動が一体何なのか幼いナツにはよく分からないが、大好きなお兄ちゃんが可愛がってくれるので喜んでいる。
そんな楽しい日々が半年も過ぎた頃、ナツがヨシュアより年上の少年と手を繋いで歩いてきた。
ヨシュアを見つけたナツは笑いながら少年を紹介した。
「あのね。ミッくんていうの。王子様なの」
――うん、知ってる。でも、王子じゃなくて村長の息子だよ……。
ミシェルはあろう事か、ナツと手を繋いでいる。
『可愛い僕のナツ』の手をイヤらしい手つきで握りやがって……
*
ナツの容姿は『まぁ、子供らしくて可愛いかな』という程度で特筆するほどの物はないという事だ。
そうかと言ってブサイクでもない。
己が見た目で虐められているヨシュアにとって、容姿などどうでも良い。
彼自体の顔立ちは、田舎の村では悪目立ちするほど綺麗だ。
その事でも虐められるヨシュアにとって、見た目ほどアテにならない物はない。
重要なのはヨシュアにとってナツが世界の全てであり、情熱を注ぐべき相手だという事だ。
*
そして今、ヨシュアが作業をしている隣の空き地でナツはミシェルと花を摘んでいる。
村長の息子という、村で一番の権力を誇り、尚且つ小奇麗な格好をして、顔もそこそこのミシェルは村の女の子で一番の人気者だ。
そんな奴がワザワザ幼女を相手にするなどヨシュアには意味が分からない。
しかもミシェルは第二次成長期も終わった13歳。
後、3年も経てば結婚できる年齢だ。
「ただのヘンタイじゃないか……僕はまだ声変わりしてないから釣り合うな、うん」
それに、ナツもナツだ。
ちょっと男にチヤホヤされていい気になって……浮気者め。
『うん! わたし、お兄ちゃんのお嫁さん!』
在りし日の(美化された)二人の姿が脳内に過ぎり、ナツの可愛らしい声が木霊する。
「クソッ、何だよ。そんなに村長が良いのか? 結局金か? 権力か? 一次産業なめんなよ……」
苛立ちに任せ鍬を振るっていると、いつのまにか畑を耕し畝を立て終えてしまった。
今日の作業は終わり。
明日は種蒔きだ。
「おにーちゃーん!」
作業道具を片付けているとナツが満面の笑みで駆け寄ってきた。
小さな手に花冠を持っている。
「これ! お兄ちゃんにあげるの!」
「ナ、ナツ……僕に? くれるの?」
「うん!」
先程までの鬱屈した気分が途端に晴れあがり、ナツが花冠を載せ易いようにしゃがんだ。
「ありがとう、ナツ」
「うん! あのね。ミッくんにも作ったの!」
「んなっ……!」
*
「遊ぼう」と言うナツを放ってヤサグレながら家に帰ると、母の声が聞こえてきた。
それに啜り泣くような声も聞こえる。
「母さん! どうしたの!?」
何事かと乱暴に鍬を放り投げて、扉を開けると母と見た事のない男が家の中にいた。
かなり上等な服を着て、長い金髪は後ろで緩く纏められている。
扉に背を向けていた男は駆け込んできたヨシュアに振り返った。ヨシュアを見詰めるその顔は驚きに満ちていったが、突然ニイッと笑った。
「なるほど……そういう事か」
その貴族の様な男の顔を見てヨシュアは驚いて目を丸くした。
「やあ、おかえり。我が息子よ」
ヨシュアとそっくりの男は父と疑いようもなかった。