思い出 ~1
ヨシュア・コンスタンは微笑ながら薬を調合していた。
企んでいるように細められたタレ目も、含みのある少し釣りあがった口の端も、他人が見れば『天使の微笑』に映る。
ナツに『忘れる薬』の調合をお願いされたのだ。
最近、夢見が悪く、眠りの朝いナツは睡眠薬を貰っていたのだが、悪い夢ばかり見る。
虐められたり、追い回されたり。
それが連日続くと、目が覚めても嫌な感触が拭えなくなってきた。
夢と現実の区別がつかなくなり心身共に疲弊して思考力が落ちたナツは、記憶を『思い出す』のではなく『忘れ』てしまえば良い、という結論に達したのだ。
それをヨシュアは至って真面目な顔で了承した。
「もちろん良いよ。『忘れ』たり『封じる』わけじゃなくて、『嫌な記憶をすっかり消す』薬が良いよね」
『忘れる』や『封じる』は、何かの弾みで思い出す可能性がある。
その、可能性を潰してしまう必要がある。
ご丁寧に『嫌な記憶』だけを消すわけだから、ヨシュアの事はちゃんと記憶に残る。
何ともヨシュアに都合良く話が進んでいる。
「でも、少し手応えに欠けるかな。遊び心がないっていうか……」
ブツブツ言いながらも調合は進む。
手許は狂う事なく、正確に必要な材料を擂鉢で潰し、蒸留してビンに詰めていく。
ナツは、外は怖い所で、ヨシュアの許が一番安全だという事は理解した。
が、昔の記憶を思い出したときに、またここから出て行こうとするかもしれない。
仮にそうだとしても、あの足では遠くには行けないから別に良いのだが。
否、ワザと逃がして追いかけるのも楽しいだろう。
「……小さい頃はよくやったよなぁ」
***
母と二人暮しの少年は年の割りに小さかった。
貧しい生活のため、いつもボロボロの服を着て髪もボサボサで同年代の子供たちからは虐められていた。
その子供は『どこの馬の骨』か分からない男の子供で、母はそんな子供を産むような『身持ちの悪い女』。
そう蔑みながら農作業を手伝わせ養っているのは、小さな保守的な村には必要な母子だからだ。
母子という異分子がいる事で、村人の攻撃対象は母子に向く。
小さな村の、ある種のスケープゴートだ。
そう言うものを全身で受け取り、早熟で醒めた子供に育っていた。
その日も、農作業の手伝いの後、子供達に散々バカにされて石をぶつけられた。
それがこめかみに当たり、あまりの痛みに蹲ると子供達は『やり過ぎた』と思ったのか走って逃げていっていってしまった。
いつもそうだ。
どこか虐めるにしても手加減している気がする。
村全体で母子を飼い殺しにしているようだ。
「だいじょうぶ?」
小さな声が聞こえて、それが自分に向けられている事に気が付いた。
「うるさい」と怒鳴ろうとして顔を上げると、小さな女の子が、円らな瞳で見詰めている。
どこの子だろうか。初めて見る子だ。
「どうしたの? お兄ちゃん? どこか痛いの?」
その子は不思議そうに顔をして、小さな手で頭を撫で始めた。
「だ、だいじょ、ぶ……」
「よかった。お兄ちゃんお名前なんていうの? わたしはナツっていうの」
「……ヨ、ヨシュアだよ」
怒鳴り声ではなく小さな声で返事をすると、女の子はにっこりと無邪気に笑った。
ヨシュア、10歳。
恋に落ちた瞬間だった。
*
「あのね、わたし、ティソの村から来たの」
農作業を済ませると、見計らったようにナツが走ってくる。
ナツは嬉しそうに色々な事を喋り、ヨシュアは頷いたり質問をする。
畑の隣の空き地で花を摘みながら、ナツがそう言ったときヨシュアは顔を顰めた。
確か、一月前に盗賊に荒らされて壊滅した村だ。
大人達は子供達を優先して非難させる際に切り殺された。
――大して裕福な村でもなかったのに盗賊に襲われるなんて。気の毒に。
と、話しながら、この村が襲われなかった事にホッとしている大人達の話を耳に挟んだ。
残った子供達は孤児院に引き取られたり、どこかの村に引き取られたりと散り散りになったとの事だった。
この村でも残った子供を何人か引き取り、その内の一人がナツだった。
子供達の行く末に関しては金が絡む話で、いくらヨシュアが早熟でもそこまでは知りようがなかった。
そして、そんな二人は木登りをしたり、花を摘んだり、実に子供らしく遊んだ。
特に追いかけっこは楽しい。
5歳のナツが一生懸命逃げる姿を追いかけるのは、何故か気分が高揚する。
何かの本能が刺激される。
逃げるナツを後ろから捕まえて、そのまま草むらに転がると彼女は楽しくて笑うのだ。
もっと笑わせたくて、擽ってみたら……
ヨシュア、10歳と5ヶ月。
初めて女(の子)に欲情した。