夢か現実か
『……ッちゃん……ナッちゃん! はい!』
『うん。ありがとう』
少年は花を摘んでは少女に手渡している。少女はそれをせっせと編んでいる。
程なくそれは白とピンクの花冠に仕上がった。
『はい、出来たよ。――ッくん!』
『わぁい! ありがとう。じゃあ、ナッちゃんの分もね』
少年は冠を頭に載せてもらうと、再び花を摘み始め、少女は再び冠を編み始めた。
*
「ねぇ、ナツ。何か思い出した?」
最近の朝食時にヨシュアは必ずナツにこの質問をしている。
ナツが頭を横に振れば、ヨシュアは「あ、そう」と言って絞りたてのフルーツジュースを渡すのが常となっている。
だが、今朝はナツは何か考えるように頭を捻っている。
「何か思い出しそうなの?」
思い出したわけではないが、昨夜見た夢は妙に懐かしい。
いつだったか、あんな事があったような気がする。
誰かが花を摘んでナツに渡して、ナツはそれで冠や首飾りを編んだ。
シロツメ草やレンゲを摘んで綺麗な冠を編んで、誰か……男の子の頭に載せてあげたような違うような。
「ナーツ」
名前を呼ばれてビクッと体を揺らしヨシュアを見上げると、彼はタレ目がちな目を細めてナツを見つめている。
「あの、あの……花を摘んで……それで、その、あの……」
ナツは口篭り、頭を横に振った。
せめて人並みの容姿の女の子が花を摘んで冠を編めば可愛らしい記憶なのだろうが、なんと言っても自分だ。
妄想や願望かもしれない。
「ふぅん……」
ヨシュアはナツの話を聞いて何か考えるように顎に手を当てている。
「記憶を取り戻す薬でも作ろうか?」
ナツは小さな細い目を精一杯、見開いた。
彼ならそんな薬を作るのはお手の物だろう。
だが、作ってもらうのはあまり気が進まない。
ヨシュアに拾われたとき、ナツは酷い怪我をしていた。
体中擦り傷で右足は変な方向へ曲がり、頭から血が流れていた。
豊富なアフロが幸いしたのか頭の傷は致命傷には至らなかったが。
それこそ、魔獣に間違えられて殺されかけたのかもしれない。
世の中、思い出してはいけない事もある。
「嫌なの? でも、よく考えたら、ナツの家族が心配してるかもしれないって思ったんだよね」
家族と言う言葉にナツの小さな瞳が揺らいだ。
ヨシュアに言われるまで忘れていたが、家族はいたのだろうか?
「お、お父さんとか、お母さん……とか?」
そのとき、何故かナツの頭にずんぐりとした醜悪なゴブリンの姿が過ぎった。
――ま、まさか……お父さんとお母さんはゴブリン?
ナツは、幸せそうなゴブリン一家の薄気味悪い映像を脳内から振り払うようにぶんぶんと頭を振った。
「そう。無理にとは言わないけど……いつでも言ってね」
それを否定と受け取ったヨシュアはにっこり微笑むと、ナツのアフロをぽんぽんしてから紅茶を飲み始めた。
その優美な仕種にナツは一瞬目を取られたが、直ぐに俯いた。
ヨシュアは綺麗だ。
顔だけじゃなく心も。
心の美しさが姿形に顕れたのだろう。
見ず知らずの手負いのブサイクを拾ってくれる天使のような人。
ナツの事情を慮り、詮索も一切しない。
きっと天使に違いない。
俯いて食事をするナツの頬が赤く染まっていったが本人は気付いていない。
「食事が終わったら薬飲むんだよ」
先日、ここから出て行こうと長距離(300mくらい)歩いたせいか、足がじくじくと痛み始めたナツはヨシュアに痛み止めを貰っていた。
とっても苦い粉薬だが、我慢して飲むとご褒美に胡桃を砂糖で包んだ甘いお菓子を一つくれる。
ナツはそれも大好きだ。
やっぱり天使だ。
*
ヨシュアは薬を飲んでウトウトし始めたナツをじっと見詰めていた。
暫くウトウトしていたが、ナツの繋がった眉が顰められ苦しそうな顔で眠りに就いた。
「……う、うぅぅぅ……い、たいよぅ……」
ヨシュアが立ち上がろうとしたときに、掠れた唸るような寝言が耳に入ってきた。
「お、父さん……お母、さ……まっ、て」
嫌な夢でも見ているのだろう。
「さて、そろそろ開店の時間か……」
夢に魘されるナツを満足そうに見詰めながら頭をポンポンすると、今度こそ立ち上がり店へ降りていった。