いつまで
妖怪は、現代にもいる。
至る所に、身近に。
近頃のことである。
私は、「いつまで、いつまで」という、なんとも気味の悪い声を聞くのである。気を病みがちで、仕事で何度も心を病んでいる私からすれば、幻聴など、ままあることである。しかし、病院に行っても異常はなく、聞こえなくなる気配もない。調べれば、「以津真天」という妖怪がいるそうだ。
人の顔を持つ怪鳥で、死体を供養しないと、「いつまで、いつまで」と鳴き続けるのだとか。
嫌な予感がした。私の中にいるであろう虫も、騒いでいる気がする。気がつけば、私の眼前には、寂れたアパートが、鎮座している。どこか頼りなく、ほんのそよかな風で音を立てるこのアパートは、元々、私の友人が住んでいたアパートである。
1週間ほど前、住んでいた友人は自殺した。
借金、取り立て、周りからも見放され、生きられなくなったのだと思う。
一人私かに、寂しく死んでいった。
大家も、隣人も、親にさえも知られずに。
しかし、私は知っている。何故なら、私が最初に発見したからだ。1週間ほど前のこと、友人の部屋を訪ねた。声をかけても返事がなく、合鍵を使って部屋に入った。
見当たらない。友人の姿が。いつもなら、声をかければ出てくるはずだ。人を無視するような奴でもない。
色々探すうち、風呂場に行き着いた。
誘われたかのように、足が進んだ。
その戸は軽かった。中にいるモノが、早く自分を見つけて欲しいと願っているのかと思うほどに。
死んでいた。水を溜めた風呂桶の中に顔を沈めて。
私は走った。この死を知らせるためではない。
私は泣いた。悼みの涙などではない。
私は逃げ出したのだ。友が死んだという現実から。目の前に広がっていた惨状から。
そこには、私の意気地の無さと、私の保身性が露呈されていた。
友が死んでから、2度目の訪問である。
さて、どうなっているのか。妖怪の巣窟にでもなってしまっているのかと、怯えている気持ちと、殺されたいという期待が入り混じるその手で、私は玄関の扉に手をかけた。
部屋の中には何もいない。ただ、風呂場に、蛆の湧いた死体が、在るだけである。
私は酷く落胆した。いや、私は何を考えているのだ。殺されなくて落胆したのか?
友の死体を見ても、吐き気を催さないどころか、悼みも哀れみも抱かないのか?
私は、狂ってしまったのか?考えれば考えるほど、私は私を迫害する。考えれば考えるほど、私は酷く落ち着いていく。
その時聞こえた、「いつまで」という声。
目の前の死体が、首を持ち上げ問うてくる。
「いつまで、いつまで」
これは、幻覚なのだろうか。
私は元々、妖怪や神など信じてはいない。
信じてどれだけ祈ろうが、救われたことなど一度もない。
それなのに、どうして神など信じられようか。いつしかそれに類するものも信じなくなった。
あんなもの、どれだけ信じようと同じだ。
そんなことを考えているのに、心の中では妖怪に殺されることを期待している。
そんな自分に、吐き気を催す。
都合のいい考えの私が、酷く醜い。
幻聴が聞こえ始めるまでは考えてもいなかったのに、ふと思い出してここを訪れた。
そんな都合の良さが醜い。
その時、ふと私の足を何かが掴んだ。
見なくともわかる。友人であろう。
見れば、友人が私の足を掴んでいる。
やっぱりな。そんな感想しか出てこなかった。
足を引かれた。頭を打った。目の前がぼやける。ようやく死ねると思えば、楽なものだ。
結局は、人は自分勝手で、独りよがりで、
ちぐはぐなものなのだろう。とも思った。
きっと私も、以津真天になれる。
友と一緒に。
初作品です。
温かい目で読んでいただけると幸いです。




