癒
ピッ、ピッ、という音が鳴り響く青白い部屋は緊迫した空気に包まれていた。
「……終了」
手術着を着た男が一言告げ、カチャッと手に持っていた器具を置いた。
「あと任せたわー」
「「「お疲れ様でした!」」」
気の抜けた声を出しながらオペ室を出る男に、皆が労いの声をかけた。
この男の名は長谷杉雄。慰沙大学附属病院に所属する外科医である。
「ふわぁ……ねみ」
杉雄は有名人である。特に、今後登場する人物と組み合わさった時には。
「おい」
ゲシッと何者かに背中を蹴られ、杉雄は思いきり転倒した。
「なにすんだよ!」
勢いよく立ち上がりながら抗議をするために杉雄の背中を蹴った者へと体を向けた。
「昨日夜更かししたでしょ。手術が想定より五分長引いた」
「五分なんて誤差だろ!」
「違う。三百秒を馬鹿にするな」
「単位変えて数字を大きく見せるんじゃねえ!」
杉雄の背中を蹴ったのはムスっとした女だった。
「望は細かすぎるんだよ」
「杉雄が雑すぎるだけ」
この二人、長谷杉雄と愛生望はパートナーでありライバルである。
共に外科医として日々切磋琢磨し、互いにオペの腕を上げていた。そうしているうちに二人はいつの間にか医療界でも有名なペアとなっていた。
「まーた痴話喧嘩っすか。長谷さん、愛生さん」
近くを通った後輩の壱華が呆れたように笑った。
「「痴話喧嘩じゃない!!」」
「じゃあなんですか。夫婦漫才?」
「「違う!!」」
三人が病院だというのにわちゃわちゃと戯れながら廊下を歩いていると、ドタバタと数人の看護師が横を通り過ぎていった。
「なんかあったんすかね?」
「さあ……?」
壱華が小首を傾げたのに同調して杉雄もまた困惑の声をあげた。
「長谷先生、愛生先生!」
その時一人の看護師が二人の名を呼んだ。
「どうしました?」
三人を代表して愛生が対応する。この中で仕事の関係になると愛生が最も話が伝わるからだ。
「大通りでバスによる事故が発生しました。これから重傷者三十名が搬送されてきます。お三方も対応お願いします!」
看護師の話を聞いた瞬間、三人の顔は先程までと打って変わって真面目なものとなった。
「杉雄」
「わーってるよ」
二人はごくわずかな会話で意思疎通を済ませ、駆け足で向かった。
「長谷先生、愛生先生!」
丁度搬送されたのか、全員が苦しそうな顔をした患者を寝かせた簡易的なベッドが複数並んでいた。
「あーあ。大惨事だな」
その様を見て、杉雄は言葉を零した。
「これ一人一人対応していたら時間がかかりすぎるのでは……?」
時間がかかりすぎると患者が助からない可能性が高まってしまう。しかし全員が重症に加え三十人という人数、とても全員を救うことは厳しかった。
「一人十秒。十分でしょ?」
グッと背伸びをして、望は杉雄に告げた。
「よゆー」
杉雄は望が提示した無理難題を当然のように受け入れ、早速仕事にとりかかった。
「す、すげぇ……」
二人の仕事ぶりを見ていた壱華は感嘆の声を漏らした。
長谷杉雄と愛生望は有名だった。
腕は超一流、一人でも最高の治療を施すことが可能だが、二人揃えば治せない病気は無いと言われるほどだった。
「壱華ぁ、ボサッとしてねぇで手伝え!」
「は、はいっ!」
宣言通り一人十秒ほどで処置を済ませ、杉雄たちは大体五分程度で全ての患者の処置を済ませた。
「はぁー疲れた疲れた。帰ろ」
仕事を終えた杉雄は病院を出て家へと向かった。外は既に日が沈んでいた。
「ただいまぁ」
家の扉を開け、靴を脱ぎ、へとへとな様子でリビングへと向かった。
「おかえり」
そこには既に先客が居た。
「おうただいま。先帰ってたんなら言えよ」
「しょがないでしょ。忙しそうにしていたんだから」
望はソファでくつろぎながら抗議するような視線を送る。
「それはすまんかった」
自覚があるため、杉雄は言い訳をすることもなく謝罪をした。
「いいよ。こっちおいで」
「おう」
ポンポンと自身の隣を叩いたので、杉雄は意図を察して素直に従った。
「今日もお疲れ様」
「望もな。流石に応えたろ」
大事故による三十人の治療は流石にベテランの二人といえど厳しいものがあった。そのためお互いに癒しを求めて触れ合った。
「ふふ、明日は珍しく休みだろう。幾らでも付き合うよ?」
「疲れてるんじゃないのか?」
「杉雄で充電した」
ニコっと笑う望の顔を見て杉雄もつられるように笑った。
「これから十分充電できるだろ」
「そうかも」
最強の二人はライバルでありパートナーだった。そう、それは人生の、という言葉が前に付く。
「夜更かしを指摘したのはどこの誰だったかな」
「さあ、何の話?」




