近くて遠い
昼休み、私はだいたいいつも席にいる。
そういう人だと思われているし、実際そうしている。
「またここいるの?」
「うん、なんか落ち着くし」
適当な理由は、いくらでもある。
本当のことは、誰にも言っていない。
カリカリと、紙をこする音。
意識しなくても、分かる。
隣の席。
ノートに向かって、少しだけ眉を寄せている。
たぶん、また何かに困ってる。
——今なら。
そう思うのに、体は動かない。
「ねえ聞いてよ、それでさ——」
声をかけられて、顔を上げる。
いつものメンバーが、もう私の机の周りに集まっている。
気づけば、囲まれている。
笑って、頷く。
話を聞きながら、視線だけが横に流れる。
彼は、こっちを見ていない。
当たり前なのに、少しだけ残念に思う。
——また、今日も。
言葉は、飲み込まれる。
「飲み物買いに行かない?」
その一言で、空気が少しだけ動いた。
「あぁ……。私は今いらないかな」
なるべく自然に言えたと思う。
変に思われていないか、それだけが気になる。
「そっか、じゃあ行ってくるね」
椅子が引かれて、足音が遠ざかっていく。
教室が、少しだけ広くなった気がした。
——今だ。
そう思った瞬間、心臓がうるさくなる。
ゆっくり、隣を見る。
彼はまだ、ノートに向かっている。
さっきと同じように、少しだけ困った顔で。
声をかけるだけでいい。
それだけでいいのに。
喉の奥が、うまく開かない。
そのとき、足元で何かが転がった。
小さな音。
見ると、消しゴム。
彼のものだと、すぐに分かった。
拾い上げる。
少しだけ、指先が震えている。
これなら——
立ち上がらなくてもいい。
理由もある。
話しかけられる。
「……はい」
差し出す。
彼が顔を上げる。
目が合う。
一瞬で、全部飛んだ。
用意していた言葉も、考えていたきっかけも、何もかも。
「ありがと」
その声で、やっと思い出す。
何か、言わなきゃ。
「それ、今日の宿題だよね?」
やっと出たのは、それだった。
もっと、あったはずなのに。
「うん」
短い返事。
それで、終わる。
次の言葉が出てこない。
沈黙が、やけに長く感じる。
さっきまで、あんなにうるさかったのに。
何か言えばいい。
何でもいいから。
でも、“何でも”が分からない。
彼はもう、ノートに視線を落としている。
ペンの音だけが、また戻ってくる。
——終わった。
そう思ったとき、
「ただいまー」
ドアの向こうから声がして、空気が一気に戻ってくる。
足音と笑い声。
さっきまでの距離が、もうなくなっていく。
「ごめん、待った?」
「全然!」
振り向きながら、いつもの顔を作る。
そのまま、隣を見ることはできなかった。




