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短編作品集

近くて遠い

作者: きら☆麿
掲載日:2026/04/19

 昼休み、私はだいたいいつも席にいる。


 そういう人だと思われているし、実際そうしている。


「またここいるの?」


「うん、なんか落ち着くし」


 適当な理由は、いくらでもある。


 本当のことは、誰にも言っていない。


 カリカリと、紙をこする音。


 意識しなくても、分かる。


 隣の席。


 ノートに向かって、少しだけ眉を寄せている。


 たぶん、また何かに困ってる。


 ——今なら。


 そう思うのに、体は動かない。


「ねえ聞いてよ、それでさ——」


 声をかけられて、顔を上げる。


 いつものメンバーが、もう私の机の周りに集まっている。


 気づけば、囲まれている。


 笑って、頷く。


 話を聞きながら、視線だけが横に流れる。


 彼は、こっちを見ていない。


 当たり前なのに、少しだけ残念に思う。


 ——また、今日も。


 言葉は、飲み込まれる。


「飲み物買いに行かない?」


 その一言で、空気が少しだけ動いた。


「あぁ……。私は今いらないかな」


 なるべく自然に言えたと思う。



 変に思われていないか、それだけが気になる。


「そっか、じゃあ行ってくるね」


 椅子が引かれて、足音が遠ざかっていく。


 教室が、少しだけ広くなった気がした。


 ——今だ。


 そう思った瞬間、心臓がうるさくなる。


 ゆっくり、隣を見る。


 彼はまだ、ノートに向かっている。



 さっきと同じように、少しだけ困った顔で。


 声をかけるだけでいい。



 それだけでいいのに。


 喉の奥が、うまく開かない。


 そのとき、足元で何かが転がった。


 小さな音。


 見ると、消しゴム。


 彼のものだと、すぐに分かった。


 拾い上げる。


 少しだけ、指先が震えている。


 これなら——


 立ち上がらなくてもいい。



 理由もある。


 話しかけられる。


「……はい」


 差し出す。


 彼が顔を上げる。


 目が合う。


 一瞬で、全部飛んだ。


 用意していた言葉も、考えていたきっかけも、何もかも。


「ありがと」


 その声で、やっと思い出す。


 何か、言わなきゃ。


「それ、今日の宿題だよね?」


 やっと出たのは、それだった。


 もっと、あったはずなのに。


「うん」


 短い返事。


 それで、終わる。


 次の言葉が出てこない。


 沈黙が、やけに長く感じる。


 さっきまで、あんなにうるさかったのに。


 何か言えばいい。



 何でもいいから。


 でも、“何でも”が分からない。


 彼はもう、ノートに視線を落としている。


 ペンの音だけが、また戻ってくる。


 ——終わった。


 そう思ったとき、


「ただいまー」


 ドアの向こうから声がして、空気が一気に戻ってくる。


 足音と笑い声。


 さっきまでの距離が、もうなくなっていく。


「ごめん、待った?」


「全然!」


 振り向きながら、いつもの顔を作る。


 そのまま、隣を見ることはできなかった。


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