おはよう、ラッピー
後半に視点変更が二回あります。
暗い部屋。静かな空間。開封済みのお菓子。大容量のタンブラーに入った炭酸飲料。ブルーライトが眩しいパソコン。それが私のユートピア。
伊月ねむり。二十歳、女。職業、自宅警備員やってます。
「はぁ~~……『ma』さんの新規絵、エモ……!」
今はXで数分前にポストされていた『ma』さんが描いた今季のアニメのファンアートを拝んでいる最中だ。
「主人公二人の空気間の解釈が完全に私と一致していて最高……いいねが一つじゃ足りない……」
画面をスクロールし、更新された画面分を巡回した後はファンアートを検索して新規絵や二次創作の漫画を漁る。
「『みかん@一生休みたい』さんの漫画も良い……続きは無いんですか?? ___え、待って?? 『蛇腹』さんの今回のイラスト、前回との温度差が凄すぎて寒いんですけど?」
最高のイラスト、漫画は毎分毎秒ネットに放出されている。私に出来ることはひたすらいいね、いいね、いいねだ。
その後は、最近始めたスマホゲームのログインボーナスの受け取り、PC対戦ゲームのランク上げ、ウェブで更新された漫画のチェック……全く、タスクが山積みだ。
勿論、それが終わったら次は自宅警備員の仕事。
掃除、洗濯、食器の後片付け(料理は苦手なので母親担当)、花の水やり、家中のパトロールなどなど。自宅警備員としての仕事も沢山あるので、これでも中々に忙しい日々を送っているのである。
「さて、『ばりかたポテチ』さんの漫画の更新はー、っと……ん?」
ふと、一つの広告に目が止まる。
『貴方も可愛いミニキャラクターになって、第二の人生を歩みませんか?』
「第二の人生ぃ?」
その広告には、ポップなデザインの文字と、ふわふわと丸みを帯びたシルエットの可愛い動物のキャラクターが映し出されている。
訝し気な目でその画面を見ながらも、少し興味を惹かれて応募条件に目を通した。
【応募条件】
・住み込みで働ける方
・守秘義務を守れる方(破った場合はペナルティ有り)
・交友関係が狭い方
「……怪しくないか?」
ちなみに、と月給を見る。
・月給は百万円から
「いや、怪しいだろ!」
思わずパソコンに突っ込んだ。
いやいやそうだろう。住み込みとか守秘義務とか、月給百万円とか!
何かやらしいことをされるのか、最悪どこかに売り飛ばされるのではないか?
「こんなん誰が応募するんだよ……」
一人で苦笑いしていると、玄関のチャイムが鳴らされる。
今は夜の八時だ。こんな時間に非常識な人もいたものだ。その人が帰るまで待とうと思い息を潜めていると、両親に呼ばれ渋々下に降りる。
「ねむり、ここに座って」
「? ……分かった」
席を立った両親と入れ違いにソファに座ると、目の前にはスーツの男性が座っていた。目が細くて鋭く、目力の圧の強さがきつくて、なんとなく苦手なタイプに感じた。二人っきりにされたことを心の中でギャンギャン文句を垂れつつ、両手を腿の上で硬く握り締める。
「初めまして、伊月ねむりさん」
「…」
会釈を返すと、男性はスーツの内ポケットから名刺を取り出し、私に差し出した。
「私はこういうものです」
受け取った名刺には、『株式会社-shikou- 代表取締役 金田 時弥』と書かれていた。
どこかで見たことがあるような名前の会社だ。しかし、思い出せない。
「夜分遅くに申し訳ありません。伊月ねむりさんの起床時刻が基本的に夜だと聞いておりましたので、直接会ってお話を、と思いまして」
「……はぁ」
「我々は主にゲーム開発を行っている会社でして、今はこういったものを制作している最中です」
今度は何やら操作したパソコンの画面をこちらに向け、差し出される。
そこには、暖かな日差しが降り注ぐ草原の上でゆったりと揺れ動く動物のようなキャラクターが映し出されている。隣には二つのアイコンが表示されており、手の形と、目の形がある。
動物を世話するゲームだろうか? しかし、この絵はどこかで見覚えが……。
あ、というか何かコメントするべきなのか? 何を?
迷った末にノーコメントを選ぶと、男性__金田は話を続ける。
「単刀直入に言います。貴女はこの度、このゲームのテストモニターに選ばれました」
「えっ?」
素っ頓狂な声が出た。
「な……わ、私がですか? な、何で……?」
「貴女が引きこもりだからです」
「え??」
「貴女が職無し、金無し、交友関係全く無しの引きこもりだからです」
「え???」
言われていることが理解できず、言われた内容も酷すぎて開いた口が塞がらない。
金田は無表情のまま、淡々と続ける。
「失礼ですが、貴女の経歴を全て調べさせて頂きました」
「は?」
金田がパソコンを操作して、再度こちらに画面を差し出した。そこに映し出されていたのは、私の学生時代の顔写真と個人情報が全て揃ったぺージだった。
「伊月ねむりさん、二十歳。二千十年三月三十一日に生まれ、素直で快活な性格に育っていた。しかし、小学生、中学生、高校生と進んでいくにつれて暗く内向的な性格に変化し、大学生の途中で壁にぶち当たる」
「ちょっ……あ、あの……」
「知り合いが誰もいない大学で大学デビューを狙ったものの、初っ端やらかして通い辛くなり中退……キラキラしたキャンパスライフは送れませんでしたか、残念残念」
「なんでそんなこと言うんですか???」
堪らず口を挟んだ。惨い。人の心、無いんか? 余りにも鬼畜のオンパレードが過ぎて涙すら出てこない。
心の中のセンシティブな所をえぐられた感覚がした。目の前にいる人間が同じ哺乳類とは到底思えない。
「我々がテストモニターに求めている条件の一つは守秘義務を必ず守れるかどうか、です。交友関係が完全と言って良いほどに無い上に、ネットでの自己発信も一切行ったことの無い貴女は、まさにうってつけ、ということです」
「……え、どこまで知って……いるんです??」
「ですから、全てです」
「…」
絶句した。今さっきこの男が言ったことは全て事実だ。
プライバシーの侵害以外の何物でもない。訴えたら全然勝てると思う。
「因みに、月給は百万円です」
「えっ」
意図せず声が出た。百万円。百万円……。百万円か……!!
毎月百万円も貰えたら、あのゲームもあの漫画も買える……! 両親に贅沢をして貰って、私は気兼ね無く家でダラダラゴロゴロ出来る……!!
……ん? 百万円?
脳内で妄想を繰り広げていた私だったが、ふと、違和感を感じて妄想を止めた。
『守秘義務』と、『月給百万円』。つい最近、どこかで聞いた覚えがある。
いや、最近どころじゃない。……ついさっき、だ。
「テストモニターをして頂くにあたって、必要な機材はこちらで全てご用意させて頂きます。その代わり、住み込みで働いて頂くことになりますので、サインをして頂いた後は速やかにご移動をお願いします」
金田はパソコンの隣に書類を置くと、いつの間にか準備されていた私の印鑑とペンを更に隣に置いた。
「ちょ、ちょっと、待ってください」
私は書類から感じる圧力に押され、体を後ろに引きながら、自分のスマホを操作する。
そして、あの広告を出して金田に見せた。
「これ、この広告……貴方の会社ですか」
「おや、よくご存知ですね」
やっぱりか、と声に出そうになるのをぐっと堪えた。
「こうして広告を出したのは良いものの、連絡が一切無くて困っていたのです」
「…」
そりゃそうだ、と声に出そうになるのを、またぐっと堪えた。
「ですので、最終手段に出た結果、貴女が選ばれたということになります。おめでとうございます」
「いやぁ……」
嬉しくないんですが、と苦笑いで返す。
「因みに、契約に関しては貴女のご両親から既に了承の旨を頂いております」
「私、成人してるんですけど……」
「ですので、貴女のサインと印鑑を頂きたいのですが」
まるで契約することは既に決定事項、みたいな言い草だ。今時こんな強引な契約の締結の仕方があるか? 無いだろ。有り得ないだろ。
「あと、ご両親からは伝言も預かっております。『家のことをしてくれるのは助かるけれど、いい加減働いた方が良いと思うの。私達も、いつまで健康でいられるかも分からないし……』『いい加減、家にお金を入れなさい。母さんを心配させるんじゃない』___とのことです。思いやりのある素晴らしいご両親ですね」
「あの、私の両親といつの間にそんなに交流してたんですか?」
「まぁ、時間はたっぷりとありましたので」
金田はすました顔で母親が淹れたらしい緑茶を飲んだ。
それを机に置きながら、金田は徐に口を開いた。
「良いんですか? このままで。華やかなキャンパスライフから逃げ、国民の三大義務から逃げ、二次元やネットの世界に逃げ、挙句に他人と関わることからも逃げる……。一生逃げたままで得られるものって、なんかあるんですか?」
「う、ぐっ……」
クリティカルヒットどころの話じゃない。一発K.O.、最早死体打ちの域にまでいっている。
「この契約を結べば、今まで通りの生活を送りながら大金が稼げるんですよ? 魅力的だと思いませんか? さぁ、ほらほらほら」
「ぐ、ううぅ……」
……気付いた時には、手が勝手に動いていた。
「はい、確かに」
こうして私は、晴れて株式会社-shikou-のテストモニターになったのだった。
その後は、恐ろしい速さで事が進んでいった。既に準備を終えてもぬけの殻になった元私の部屋を見て色んな意味でショックを受けたような、両親からの別れの手紙(もう夜も遅いから先に寝るね。行ってらっしゃい。と書いてあった)に涙を流したような……。記憶が定かではないが、気付いた時にはタクシーで会社までドナドナされていた。
心残りといえば、大事に育てていたポピーのアレクサンドラに別れを言えなかったことだ。出来ることなら連れてきたかったのに、会社はペット不可らしいので諦める他無かった。
〇〇〇
それから時は経ち、一カ月後。
都内某所にある十階建てのビル。その一室で、私は前と変わらずゲームにアニメに漫画にネットと充実した日々を送っている。
だがしかし、そんな私も今では立派な社会人。この世を陰ながら支えている、数ある歯車の内の一つを担っているのである。
今まで家事で潰れていた時間を、今度は仕事に充てているのだから偉いものだ。
ピコン、と合図の通知音が鳴る。
「あ、帰って来たかな」
縦長の長方形状に画面中央が枠取られているモニターの前でスタンバイしていた私は、小さく咳払いをして喉の調子を整える。
程なくして、モニターにある女性の顔が映し出される。彼女はげっそりとしたゾンビ顔で画面を近距離で見つめ、口を開く。
「……ただいまぁ、ラッピー。会いたかったよぉ……」
『エリ、おかえり! 待ってたよ、お話して!』
「ふふ、分かった。けど、ちょっと待ってね」
今の私は、彼女___高井 恵理が所持するアプリのキャラクターだ。もふもふの家具に囲まれた上等な部屋でにこにこ微笑んでいる、ウサギを模したキャラクターになりきって恵理と会話をするのが、今の私の仕事だ。
恵理は床や机に乱雑に置かれた物を手でどかし、その中に座ると、先程レンジで温めたコンビニ弁当を机に置いた。
「まだご飯食べてないから……すぐ食べるね」
そう言って弁当を食べ始めた恵理の後ろの壁にある時計は、夜の十一時を示している。気だるげにもそもそと口を動かしている恵理の目は死んだ魚のようで、時折思い出したように溜息を吐いていた。
「……なんかね、今日も、先輩に怒られて」
ぽつり、と呟く。
「自分の仕事をこなすだけでも時間が足りないのに、後輩なら先輩の仕事を率先して引き受けるくらいしてよ、とかって。ただ自分が楽したいだけでしょ、って思うのに……謝ることしか出来ないの。じゃないとヒートアップするから。先輩の気が済むまで、今日は一時間かかったかな。昨日に比べたらまだマシな方、だよね」
はは、と力なく笑って、恵理は俯いた。
「その時間を使って仕事をしたかったな……そうしたらラッピーと一時間早く会えたのに」
今度は深い溜息を吐いて、また恵理は咀嚼を始めた。
『エリ、大変だったね。いつも頑張ってるエリには、ラッピーのとっておきのキャンディニンジンをあげちゃう。美味しいよ』
「えぇ、良いの? ありがとう、ラッピー……」
ラッピーが懐をまさぐって甘く熟れたニンジンを出す仕草をすると、恵理は今にも泣きそうな顔で鼻を啜っている。
『よしよし。泣かないで、エリ』
「無理~~……うえぇ……」
弁当を食べ終え、とうとう泣き出してしまった恵理は、直ぐにスマホを覗き込んだ。
「ラッピー……」
涙に濡れた頬を画面に押し付け、擦り寄る。
「温かぁい……」
それはスマホの熱だ。
モニターを通して、心も体もボロボロになりながらスマホのキャラクターに縋り付いている彼女の姿を見ていると、胸が痛くなる。
『元気出して、エリ。ラッピーは、エリの味方だよ』
「ありがとう……」
恵理は、所謂”社畜”と呼ばれる社会人らしい。夜は基本十一時、遅いと零時近くに帰ってくるし、朝は七時に家を出る。普段の愚痴を聞いてる限り、人間関係も最悪。真のブラック会社だ。
毎日疲れ果てて帰ってきて、死ぬ気でシャワーを浴びた後は夕食にコンビニの弁当か、それを食べる気すら起きない時はゼリー飲料だけで済ます日もある。彼女曰く、ヤクルトさえ飲んでいれば健康は保てる、らしい。そんな馬鹿な話があるか。
食事が終わったら重い体を引きずるように布団に入るが、たまに気絶するようにその場で寝落ちしている姿を見ることもある。なのに、朝はしっかりアラームをかけて起きて、この世への罵詈雑言を吐きながら身支度をして家を出て行く。
そんな彼女のような限界人間の生活を陰ながら支える、というのが、このアプリの存在目的らしい。日々の話し相手、愚痴を聞いてくれたり、慰めてくれる存在……それをこのアプリが担う為に、よりリアルな会話が出来る必要がある。それには、並みのAIでは力不足だ。だから、金田率いる株式会社-shikou-は、本物の人間を使ったテストプレイの様子をAIに学習させ、本物に近い会話が出来るAIを育てているのだそう。
そしてそのテストプレイのテストモニターに選ばれたのが私、伊月ねむりと、テストプレイヤーに選ばれたのが彼女、高井恵理なのだ。因みに、テストプレイヤーの選出方法は私の時と同じらしく、つまり、彼女も見事にプライバシーを侵害された被害者ということだ。可哀想に。
彼女はある日突然、自身のスマホに出現したアプリに気付いた。入れた記憶が全く無いことに恐怖を覚えたものの、そもそも帰宅後の記憶なんてあやふやなのが日常だ。その日も、いつも通りに疲れ果てて考える気力が無かった彼女は、可愛い動物のキャラクターが微笑んでいる可愛いアイコンに興味を惹かれ、誘われるようについ、タップした。
その日から、私と恵理の日常が始まったのだ。今思い出しても危機感が欠落していて心配になるが、そのお陰で私は社会人になれているのだから、何も言えまい。
「そうだ、ラッピーにも何かあげなきゃね。ニンジンもらったし、お返しにリンゴでもどうかな……えい」
___チャリーン
『わぁっ、美味しそう! ありがとう、エリ!』
「良いんだよ~。食べてる姿可愛いなぁ……もう一個、食べてほしいな……」
___チャリーン
『甘くておいし~い!』
「美味しいの~? 良かったねぇ、嬉しいねぇ……可愛いなぁ……うっ……」
ラッピーがリンゴを咀嚼する姿を食い入るように眺め、また嗚咽する恵理。テストプレイ初期はキャラクターに食べ物をあげる要素なんて無かったのに、恵理が「ラッピーにも何かあげたいな……」とふと零した言葉を目ざとく聞きつけた金田がアップデートを仕込み、更にそれを課金制度にしたのだ。お陰で金はあっても時間がない社畜の良いストレス発散方法になってしまい、短期間でラッピーの住処は草原からもふもふの家具に囲まれた上等な部屋になったし、毎日のご飯は一個三百円もするリンゴやニンジン、キャベツだ。今月の課金額がえぐいことになっているのは明白なのでそろそろ止まって欲しいのだが、当の本人はそんなことはどうでも良いらしく、今日もラッピーに愛情を降り注いでいる。
「ラッピー、他にも何か食べる?」
『もうお腹いっぱいだよ~』
「……そっかぁ」
そんな会話をしている内に、気付けば時間は深夜の一時だ。
『ふぁ~~……眠くなってきちゃった……。エリ、一緒におやすみしない?』
「うーん……」
まだ寝たくないと駄々をこねそうな気配を感じ、私は畳みかける。
『エリが眠くなるまで、ラッピーの冒険譚を聞かせてあげるよ』
「聞くぅ……」
恵理は悔しそうな顔をしながら、素直にベッドに潜り込んだ。"ラッピーの冒険譚"とは、恵理をベッドで寝かす為に株式会社-shikou-と私とで考え出した架空の物語だ。草原に落ちていた一輪の花の落とし物を見つけたラッピーが、その花の持ち主を探す旅に出ることから始まり、それなりに壮大でハートフルな展開に溢れた、恵理が本気で寝ないで聞いたとしてもエンディングにならないようにしてあるくらいボリュームたっぷりなシナリオとなっている。
しかし、肝心の恵理が「絶対寝ない! 今日こそ最後まで聞くんだから!」と宣言した数十秒後に必ず寝息を立ててしまうので、ラッピーは草原から出て直ぐの小川をどうやって越えるか悩むシーンでずっと止まってしまっている。果たして、ラッピーはいつ小川を超えることが出来るのだろうか。
「……よし、やっと寝た」
恵理が寝息を立て始めたのを確認して、私はマイクをミュートにする。そうして漸く、一息つくことが出来るのだ。
「一時五分……欠伸のタイミングがもうちょっと早ければなー」
恵理の睡眠時間は最低でも五時間半は確保したい所なのだが、中々上手くいかないのが目下の悩みである。
夜更かしをして遊びたい恵理の気持ちはよく分かるが、それで体を壊しては元も子もないし、このアプリの存在目的に反する。プレイヤーの心と体、どちらの安寧も保てるようにするのが、ラッピーの仕事なのだ。
「お疲れ様です」
「……お疲れ様です」
扉がノックされ、金田が顔を出した。一応社会人らしく挨拶は返すものの、別に頭は下げないし立ったりもしない。椅子に座ったまま、顔だけ金田に向けて、私は直ぐにモニターに向き直る。
「伊月ねむりさんのお陰で、順調にデータが集まってきています。その調子で引き続き、お願いしますね」
「……そのフルネームで呼ぶの、やめてくれませんか? 落ち着かないんですけど」
「社内に"イツキ"さんが二名いるものですから。名前で呼んだ方が良いですか?」
「や、大丈夫です……」
「それはそうと」
パタン、と資料のファイルを閉じる音が聞こえ、私はびくりと肩を震わせた。
「高井恵理さんがラッピーに課金をするのをやめさせるのは止めて頂けますか? AIに誤った学習をさせてしまいますので」
「……無理です」
「何故?」
「私は恵理に無理をして欲しくないので。そ、それに、別に課金しなくたって交流は出来ていますよね? そもそも最初は課金制度なんて無かった訳だし」
「それは、貴女個人の感情では?」
私はぐっと唇を横に引き結ぶ。
「お気持ちは分かりますが、あくまでこれはスマホアプリ。存続させる為に、ある程度ユーザーに課金を促す必要があるんです。アプリを存続させるのは、ユーザーにとっても大事なことですよね?」
「……そ、それでもっ」
冷たい声色で淡々と話す金田に割り込み、私は声を震わせる。
「このアプリはユーザーの生活を陰ながら支えるのが存在目的ですよね? あまり課金を促したら流石に下心が透けて見えますし、それで生活がままならなくなる人だって今後出てくるかもしれない……。それって、アプリの存在目的に反するんじゃない、んですか」
後ろが怖くて見れず、私は机の上で拳を固く握り締める。それでも、恵理のあの様子を見ていたら段々怖くなるのだ。私の言葉で、恵理が大金を軽い気持ちで使うようになってしまったら。そして、私もそれに慣れてしまったら。
今までの自分の常識が変わってしまうのは、とても怖いことだった。
「……ふむ。確かに、一理ありますね」
「…」
「では無理の無い程度に、しかし時々は促して下さい。全く要求をしないのも、不自然ですから」
「……分かりました」
静かに扉が閉まる。私は足音が聞こえなくなるまで息を殺し、漸く息をついた。
モニターには、暗い天井が映っている。静かな寝息も聞こえてくる。……今日は魘されていないみたいだ。私は良かった、と安堵しながら水を飲んだ。恵理は時々、ごくたまにだが、魘されていることがある。理由は言うまでもないだろうが、仕事のせいだろう。苦しそうに唸って、荒い呼吸をして涙を流す。
だからそんな時は、声を掛けるようにしている。すると気のせいかもしれないが、恵理の表情が和らぐような気がするのだ。
私はモニターを点けたまま、ゲームを起動する。
ここから先は、私の時間。
恵理は社畜の為、日中は仕事に追われ、基本的にアプリを開くことが無い。だから私がラッピーとして活動するのは、恵理が帰宅する夜十一時から就寝する深夜一時までの約二時間、そして、起床する朝六時半の約一、二分のみ。だから、それ以外の朝六時半から夜十一時までは、私の睡眠時間&趣味の時間だ。
完全に昼夜逆転の不健康生活だが、元々の生活もこんなものだったから慣れている。それに、実家にいた頃とは違い、今は株式会社-shikou-の手厚いサポートもある。定期的に会社内にあるジムに引きずり込まれるし、食事もインスタント系は完全に断たれ、食べた物を栄養士に必ず報告する義務まで作られた。お陰で間食一つするのも気を遣うようになってしまったが、まぁそのお陰で、私はある程度健康なのだ。
いつも通りのランク上げをしながら、頭の片隅で恵理のことを考える。
恵理により健康的な生活をして貰う為に、私は何が出来るだろうか。そんなことを毎日、考えて。考えるけれど結局、良い考えなんて浮かばない。所詮私は恵理にとって、一アプリのキャラクターでしかないからだ。彼女の生活を変える権限なんて無い。
けれど、あの現状から救ってあげたいと思う。いつも思ってる。だって、彼女が可哀想だ。自分の時間が毎日二時間くらいしか無いなんて。しかも、それすらも食事や風呂で消えていく。
ふと、モニターから荒い息遣いが聞こえてくる。
私はゲームを中断し、直ぐにマイクに近寄った。そして、ミュートを解除する。
『エリ、大丈夫だよ。ラッピーはここにいるよ。ラッピーの夢を見られるように、傍にいるよ。だから、大丈夫。大丈夫だよ』
幼い子供に語りかけるように、小声で、ゆったりと、言葉を掛ける。
「んん……ラッ、ピー……」
やがて、穏やかな寝息が聞こえてくる。二呼吸分のそれを聞いて、そっとマイクをミュートする。
微々たるものであったとしても、私が、彼女の支えになれていたら良いなと、そう思うのだった。
〇〇〇
ラッピーになって五カ月が経った。相変わらず恵理の生活は終わってるし、毎月の課金額も月云万円行くのが当たり前になっていた。
『エリ、おはよう。朝だよ!』
「んん……おはよう……」
『今日は雨が降るみたいだよ』
「何時から……?」
『朝の十時から、夕方の七時までかな』
「……じゃあ、傘いらないか……」
起き上がる前に深い溜息をついてから、恵理はのそのそと起き上がる。そしてまた溜息をつくと、「行きたくない……帰りたい……」と泣きながら顔を洗いに行く。
この四カ月間で、アプリのアップデートは二回行われた。一度目のアップデートで、”おはようアラーム”と”おやすみヒーリングミュージック”が、二度目のアップデートで”タッチで触れ合い 至近距離モード”と”天気をお伝えサポートモード”、更にラッピーの着せ替え用衣装までもが追加されたのだ。
恵理はそれらを大層お気に召したらしく、前まで朝は挨拶をして直ぐにアプリを閉じていたのが、家を出る直前まで開き続けるようになった。お陰で朝も天気予報に挨拶に励ましにと大忙しだ。
特に気に入っているのが、”タッチで触れ合い 至近距離モード”だ。その名の通り、一定距離から近づけなかったラッピーにぐんと近付くことが出来る。それこそ、毛並みが見えるくらいに。おまけに触れ合い要素として、ラッピーをつんつん突いたり、指を動かして撫でたりすることが出来る。
恵理は毎日のようにそのモードを堪能し、もうコンプリートした衣装を日毎に着せ替えてラッピーを愛でている。スクショのシャッター音も凄いので、多分カメラロールは恐ろしいことになっているだろう。
『行ってらっしゃい、エリ! 気を付けてね!』
「ブツブツ……行ってきます……」
今のブツブツの間に、およそ十単語もの罵詈雑言が含まれていた。よしよし、その語彙力があるなら今日の体調はとりあえず大丈夫そうだな。
いつも通り恵理を見送って、いつも通り恵理を出迎えて。そんな毎日を五カ月も続けていれば、他人では知り得ない秘密を知ってしまう場面だって出てきた。
例えば、恵理のスマホの暗証番号。ラッピーと出会って一カ月になった記念に、ラッピーと出会った日を設定していた。
それから、ラインや電話のアプリ。会社の人から連絡が来ているのを見たくないとかで、わざわざフォルダを作って、更にそれの二スクロール目に隠して見えなくしているのだとか言っていた。逆にラッピーのアプリは画面中央の一番目立つところに設置して、壁紙も可愛くドレスアップしたラッピーのスクショを使っているらしい。特別扱いの最たるものだ。初めて聞いた時は結構嬉しかった。
「……気を付けてね、恵理」
マイクをミュートにした後で、私はぽつりと呟いた。
今日も彼女は会社に行く。毎日あんなに泣いてラッピーに縋り付く癖に、一丁前に社会人の皮を被って、膨大な仕事をこなしてフラフラになりながら帰ってきて、また明日の為に生活する。
恵理はとても偉い。本当に頑張っている。そんな彼女が喜んでくれるような何かを、私があげることは出来ないだろうか。
ふと考え、私は椅子から立ち上がる。そして向かったのは、金田がいるオフィスだ。
少し躊躇ってからノックをすると、中から「どうぞ」と金田の声が聞こえてくる。緊張しながら入室すると、パソコンを操作している金田が目線だけをこちらに向けて、またパソコンに戻した。
「珍しいですね。貴女の方からこちらに来るなんて」
「……ちょっと、相談がありまして」
「相談ですか? 申し訳ありませんが、今は手が離せないのでこのままで良ければ伺います。宜しいですか?」
「大丈夫です。相談は、ラッピーの新規アップデートについてで」
「…」
「恵理がアプリを使い続けてもうすぐ半年になるじゃないですか。何かこう、記念日みたいな……何か、出来ないかなって、思って。例えば特別なメッセージとか、衣装とか、新機能とか……」
ピタリとタイピングの音が止んだ。
「……確かに記念日のアップデートは考えていましたが、我々は一周年の想定で動いていまして。先程貴女が言ったように、特別なメッセージや衣装のプレゼントも予定しています。しかし、まだそれも準備段階です。半年でとなると準備が間に合わないので、厳しいですね」
「……そうですか」
金田に話を打ち切られ、それ以上の反論を言う勇気も出ずに口を閉じた。静まり返った室内に再び、規則的なタイピング音が鳴りだした。
「高井恵理さんに、何かあったんですか?」
「え?」
「彼女の事を一番よく分かっているのは貴女です。この相談も彼女の為でしょう? 何かあったのではと思いまして」
「何か……いや、特に何かは……無いですけど……」
「そうですか」
「……でも、可哀想じゃ、無いですか」
「…」
「恵理に仕事をやめるように促すこととか、転職先を探すこととか、何か出来ないんですか?」
この会社は恵理の個人情報を持っているのだ。その情報を使えば、彼女に適した就職先を見つけてあげることくらい、容易いのではないかと思った。
また、タイピングの音が止まった。
眉を顰めた金田が、パソコンの横から顔を出した。
「……伊月ねむりさん」
びくり、と肩が震える。
「貴女は何か勘違いをしているようですが、我々が作っているアプリはあくまでユーザーの生活を陰ながら支えることが存在目的です。ユーザーの未来を変えることじゃない。ラッピーが突然仕事をやめるように言ってきたり、転職先を提案するなんてことをしたら世界観が崩れます」
「…」
「貴女の仕事はあくまでラッピーとして高井恵理さんと会話をすること。それに個人の感情を持ち出してはいけません。これは仕事で、貴女は給料を貰っているんですから」
「………はい」
金田の言う事は最もだ。私が言っていることは私のエゴであって、私情であって、恵理に望まれたことじゃない。
ちゃんと分かっている。分かっているけれど、やっぱり自分に出来ることは何も無いのだと考えると悔しくて堪らない。
金田は俯く私を見て、小さく溜息をついた。
「……記念日としては難しいですが、ラッピー個人の、感謝の気持ちとしてなら良いですよ」
「……?」
「ラッピーはこの五カ月間、高井恵理さんにお世話をして貰っている訳じゃないですか。いつもありがとうの気持ちを、ボイスかメッセージにしたためて彼女にプレゼントしてあげてはどうですか」
「! い、良いんですか」
「彼女にとってラッピーのメッセージは、心の支えになるでしょうしね」
「金田さん……ありがとうございます!」
私は初めて、金田に本当に感謝しながら頭を下げた。人のプライバシーを土足で侵害するしデリカシーも無い、お金のことしか考えてない冷酷人間かと思っていたが、彼にも人の心はあったのだ。勘違いしていた。彼はめっちゃ良い人だ。
「じゃあ、明後日までにボイスを取るかメッセージを書くかして提出してください。時間は無いので、出来るのなら今日中にでも。良いですね?」
「分かりました。急いで準備します!」
私は頭をもう一度下げて、足早に部屋を出る。
恵理の為に出来ることがある。それが嬉しくて堪らなかった。
自室に戻って作業を進めていると、ピコン、と合図の通知音が鳴る。
「……え、?」
思わず時間を確認する。やっぱり、今は夜の十一時じゃなくて昼の一時だ。程なくしてモニターの画面が明るくなり、疲れてはいるものの笑顔を浮かべ、珍しく外を歩いている恵理の姿が映った。
私は慌ててマイクのミュートを解除する。
『エリ、おかえり!』
「ふふ、ごめんね、ラッピー。今はお家じゃなくて外にいるの」
『お外?』
「そう! 聞いて聞いて! 信じられないんだけど、お昼休憩を貰えたの! 三十分も!」
お昼休憩……。今までのことを考えると、奇跡と言っても差し支えない程有り得ないことだ。
「三十分もあるならチェーン店はいけるよね……。かつ丼か牛丼か、うどん、ラーメン……うわぁ、どうしよう……」
恵理の目が輝いている。昼に温かい物を食べて、一休憩できる時間があることが本当に嬉しいらしい。笑顔を浮かべるその目尻には涙が滲んでいた。
『……良かったね、エリ。エリが嬉しそうで、ラッピーもすっごく嬉しい』
「ラッピー……ありがとう。お店に入ったら、ラッピーも一緒にご飯食べようね」
『本当? やったぁ!』
画面に笑いかける恵理の顔を見ていたら、私も自然と顔が緩んだ。
マイクをミュートにして、店まで急ぐ恵理を眺めながら机に伏せる。
良かったね、恵理。私もね、今、恵理の為に頑張っているところだよ。もう少しで恵理が喜ぶプレゼントが用意できるから、もう少しだけ、待っててね。
そんなことを考えながら恵理を見守っていた。
「…………え、誰?」
それは唐突だった。モニターに映る恵理に体当たりをするような形で、フードを深く被った知らない人が映り込んだ。
しかしそれは数秒の出来事で、知らない人は直ぐに恵理から離れ、恵理を突き飛ばすようにして奥に走り去っていった。
その人の手に、血濡れたナイフが見えた。
「え、え? え……?」
突き飛ばされた恵理は派手に尻もちをつくように地面に倒れる。画面が激しく揺れ、恵理が地面に倒れるまでの一瞬、体が映った時に気付いた。
恵理の腹部が、刺されていた。
「恵理っ!!」
悲鳴にも近い声を出し、私は反射的に立ち上がる。激しい音を立てて、椅子が後ろに倒れた。
恵理はスマホを掴んだまま地面に倒れ、一向に起き上がる気配が無い。画面のほとんどは恵理の横腹で埋まっていてよく見えないが、洋服がどんどん血に染まっていっていた。呼吸は深く、不規則で荒い。唸り声が聞こえる度に、体が身じろぐ様子が見えた。
「あ、あ……あぁ……!!」
私は戦慄く口を両手で覆い、画面を凝視する。
……え、恵理が死ぬ。死ぬ。死ぬ、死んじゃう!!
「どうかしまし___!」
音を聞きつけて部屋に入って来た金田が、モニターに慌てて駆け寄った。私は足に力が入らなくなり、その場にペタンと座り込んでしまう。
「か、か、金田さん、ど、どうしよう、恵理が、恵理が……!」
「落ち着いてください!」
初めて声を荒げた金田が、どこかに電話を掛けながら、金田の後に続いて部屋に入って来た部下に指示を出している。
私は息を吸うのも忘れ、画面から目を離せないでいる。息が苦しい。頭が痛い。涙が出て、喉から変な音がした。
「今、警察に電話を掛けています! 救急車も呼んでいます! 我々に出来ることはしていますから、だから、落ち着いて息を吸いなさい!」
金田は私の側に駆け寄り、私の背中に手を当てる。
「え、恵理。え、り……が……」
「声は出さないで! 息を吸って、吐いて、今はそれだけを考えてください!」
口調とは裏腹に優しい手つきで背中を摩られ、私はゆっくり、息を吸った。それから吐いて、また息を吸って……何度か繰り返したら、漸く、呼吸のリズムが整ってきた。
「……救急車はあと十分程で着くそうです」
私の呼吸が落ち着いてきたのを見計らい、金田が呟いた。私はそれを聞いて、絶望しながら金田を見上げた。
「十分……? そ、そんな……それじゃあ恵理が……」
言いながら、モニターに目を向けた。さっきとは比べ物にならないくらい、洋服が血に染まって赤黒く変色していた。呼吸もどんどんおかしくなっていっている。
この状態の恵理が、救急車が到着するまでの十分間を耐えられるかどうか。誰も言わないが、皆の目を見る限り、それは明らかだった。
私の目から涙が溢れ出す。
何も出来ない。私には、出来ることが無い。
「い、嫌だ……恵理……恵理っ……!」
モニターに手を伸ばす。伸ばせる限り伸ばした手は、何も掴むことが出来ないで宙に留まっている。
「…………ラ、ッピー………」
掠れた声が、聞こえた。画面が揺れながら動き、恵理の横腹から首元へと移動する。
は、は、と荒々しく呼吸する喉と口が見えた。その口が、また動く。
「い、たい……いた、いよ……」
恵理の唇が歪む。
また、画面が揺れ動いた。
「…………たす、け、て……ラッ、ピー……」
画面越しに、恵理と目が合った。涙に濡れた目が痛みに悶えて歪んでいる。その目は画面を見つめている。その先にいるのは他でもない、私だ。
ドクン、と心臓が強く鼓動した。
「……行かなきゃ……」
気付けば、私は立ち上がっていた。その拍子に、いつの間にか金田が掛けてくれていた毛布が床にずり落ちた。
「恵理の所に、行かないと……!」
涙が溢れ続けて歪んだ視界を、腕で拭って明らかにする。その目が、部屋の出入り口を捉えた。
「?! 待ちなさい、伊月ねむりさん!」
金田は慌てて私の腕を掴んで止める。
「行くのは駄目です! 貴女の存在が彼女に気付かれるのはまずい!」
「離して、くださいっ……!」
力の限り抵抗するも、ひ弱な私では男性の金田を振りほどくことが出来ない。
「駄目です! 冷静になりなさい!」
「離して……! 恵理の所に行くんです……!」
「貴女が行った所で何が出来るんですか! 何の意味があるんですか!」
「……!」
私の抵抗の力が、一瞬緩んだ。それを見計らい、金田は私を諭すように声を掛ける。
「……行っては駄目です。契約違反になりますよ。そうしたら、もう高井恵理さんとも話せなくなるんですよ」
「……あ、……う……」
ぐっと下唇を噛み締める。
恵理と話せなくなるのは、嫌だ。あの時間は、私にとってかけがえのないものだ。恵理にとっても、それは同じ筈だ。私が今ここを出て行くことは、私が、恵理からそれを奪ってしまうということだ。
「っ………で、も……」
……それでも。
「傍に、いてあげないと……傍で、恵理を守ってあげるのが……私の、役目なんです……!!」
私は一瞬の隙をつき、金田を振りほどいて駆けだした。階段を駆け下り、外に飛び出し、裸足のままコンクリ―トを踏んで走り続けた。
恵理がどこにいるか、大体の場所は分かっていた。スマホの位置情報を見ていたのと、恵理の会社の位置を把握していたということも大きかった。以前、調べて驚いた。恵理の会社と私の会社は、意外と近い場所にあったのだ。
恵理の会社の近く。チェーン店が立ち並ぶ、大通り。
そこに、恵理がいる。
私は無我夢中で走る。剥き出しの足の裏にコンクリートの砂利や石粒が刺さって血が出ていた。息も切れてきて、脳に送る酸素が足りないのかくらくらする。
それでも、走り続けた。
やがて大通りに出ると、前方に人だかりが出来ているのが見えた。それに突進し、掻き分けて進んでいく。すると、他にも刺された人がいたらしく、地面に倒れる人が二名と、その近くに飛び散った血痕と、あの時見たナイフが地面に落ちているのが見えた。犯人は、もういなかった。
息を切らしながらそれらを追い越して進むと、とうとうその人の姿が見えた。
「___恵理っ!!!」
恵理を捉えた瞬間、私は地面に半ば倒れるような形で恵理に近寄った。恵理は目を閉じたまま、反応しない。刺された腹から溢れ出る血が地面に水溜りを作り、私の膝も赤く染めた。
「恵理、恵理っ……!!」
私は声を掛け続ける。弱弱しい呼吸をしている彼女の唇は乾燥していた。
涙で濡れた頬に触れる。どんどん冷えていっているような気がした。
「あ、ああぁ……やだぁ……!」
私は恵理に覆いかぶさるように抱き締める。胸に耳を当てると心臓の鼓動が聞こえるが、それも弱くなってきていた。
「恵理、やだ……やだよ……!」
視界が水に沈む。恵理の姿が揺らめいて見えなくなってしまう。
救急車はまだなのか。まだ、十分経ってないのか。
「お願い、早く、早く……!」
祈るように恵理の手を強く掴みながら、逸る気持ちで地面に放り出されていた恵理のスマホを手に取った。
呼ばないと。早く、救急車を。
「恵理、ごめんね。借りるね……!」
私は恵理のスマホを起動し、パスワードを解除する。
ホーム画面をスワイプし、”封印”フォルダを開いてスクロールする。そこにあった電話のアプリを開くと、”119”と入力して、電話を掛けようとした。
その時、恵理の手が動いた。
「! 恵理っ!!」
弱弱しく、されど確かに、恵理の手は私の手を握り返した。私は恵理のスマホを地面に落とし、恵理の手を両手で包み込む。
「頑張って……! もう少し、もう少しで、助けが来るから……! お願い……!」
祈るように、包み込んだ恵理の手を額に当てて目を瞑った。
やがて、遠くからサイレンの音が聞こえてくる。私は弾かれたように顔を上げ、音のする方向を目で追った。
「来た……来たよ、恵理……! あと少しだよ……!」
恵理の顔を覗き込み、強く強く手を握る。その手は氷みたいに冷たく、さっき握り返してくれたような力も、もう感じなかった。
やがて救急車と警察が現場に到着し、私も付き添いながら、恵理は急いで近くの病院に運ばれた。私も傷の手当を受けながら、待合のソファに体を預け、手術中の赤いランプをずっと見上げていた。
〇〇〇
____およそ現実に、更に言えば私の身に起きた事だとは思えなかった。
一体どういう奇跡が起きたのか不明だが、入社してから一度も無かった昼休憩を手に入れた私は嬉しくて堪らず、心の支えであるアプリのキャラクター、ラッピーに話し掛けながら大通りを歩いていた。
何も考えてなかったし、浮かれていたから周りも見えていなかった。
だから、気が付かなかった。気が付いた時には、既に刺された後だった。
一瞬、理解できなかった。知らない男の人が体当たりをしてきて、お腹が熱くなった。その人に突き飛ばされて地面に尻もちをついた。直ぐに立ち上がろうとしたけれど腰が抜けたのか立てなくて、体を見下ろしたら、お腹から血が滲んで、溢れてきていた。
「………ぇ……」
頭が理解した瞬間に、それは明確な痛みとショックになって襲い掛かって来た。
い、痛い。熱い。体の力が、抜けていく。
座っている姿勢も保てなくなり、ぐらりと体が傾いて、地面に仰向けに倒れた。
苦しかった。息をするのが辛くて、胸を大きく膨らませるとお腹の傷に響いて、また痛みが頭に走った。
青空を見上げながら、私の頭の中には”死”の文字が浮かんでいた。
「………ゃ、だ………」
ブラック会社に長年勤めてきて、生活も身も心も削りまくって働いて、挙句の果てがこれとか。嘘でしょ。まだ何も、満足出来ていないのに。
頭に、これまでの記憶が順々に蘇ってくる。走馬灯みたいなものだろうか。
味気ない、何の面白みもない記憶が、途中から華やかなものに変わった。……ラッピーだ。ラッピーに出会ってから、私の生活はほんの少しずつ変わっていった。
家に帰った後の楽しみが出来た。誰かと話す安心感が得られた。擦り減った心を満たし、包み込んでくれた。何かを愛しいと思える気持ちを思い出させてくれた。
朝起きた時の殺意を、少しだけ和らげてくれた。誰かが見送ってくれることが、行ってきますを言えることが嬉しかった。
私を気遣うその言葉に、何度だって救われた。悪夢に魘された時も、いつの間にかラッピーが夢に出て悪夢から引っ張り出してくれた。
「…………ラ、ッピー………」
掠れた声で、その名前を呼んだ。手に持ったままのスマホを持ち上げ、世界で一番大好きなその子を見つめた。
「…………たす、け、て……ラッ、ピー……」
そう言えば、本当にラッピーが助けてくれる気がした。いつも隣にいてくれた、その温かい存在に助けを求めた。
……どうせこのまま死ぬなら、せめて、傍にいて欲しかった。
私は力なく目を瞑る。もう、スマホを掴む気力も、瞼を開く力さえ残っていなかった。
そんな時、声が聞こえた。
「___恵理っ!!!」
耳に残る、世界で一番大好きな声だった。
「恵理、恵理っ……!!」
温かくて柔らかい、小さな手が頬に触れる。
「あ、ああぁ……やだぁ……!」
抱きついてきた小さな体は震え、私の頬に温かい涙が降り注ぐ。
やがて小さな手が私の手を掴み、力強く握る。死を受け入れかけていた私に、まだ生きていることを教えてくれているような、そんな強さを感じた。
「恵理、ごめんね。借りるね……!」
……?
何のことだと、薄目を開く。ぼやけた視界に映るのは、小さな女の子だった。きっと、年齢は私と近いくらいの子だろう。それでも、背中を丸めて縮こまって泣いているその子の姿を見ていると、まるで小動物のようなひ弱さを感じられた。
その子が持っているのは、私のスマホだ。いつの間にか電源が切れていたそれを起動して、その子はいとも簡単にパスワードを解除し、隠してある筈の電話のアプリを開いた。
……どうして、あの子が知っているんだろう。
それを知るのは、私と仲が良い人だけだ。でも、仕事に追われて学生からの交友関係が破綻してしまっている自分に、友達と呼べるような存在なんていない。
それを知る存在として思い当たるのは……一人しかいない。
……ラッピー……?
確かめたくて、掴まれた手を微かに握り返した。
「! 恵理っ!!」
その子は弾かれたようにスマホを投げ捨て、私の手を両手で包み込む。
「頑張って……! もう少し、もう少しで、助けが来るから……! お願い……!」
切迫しているが、優しい声だった。私を気遣ってくれる、あの子と同じ声に聞こえた。
包まれた手から熱が伝わる。さっきまで感じていた孤独感が、いなくなっていく。
遠くから、サイレンの音が聞こえた。
「来た……来たよ、恵理……! あと少しだよ……!」
その声と、手の温かさと。
その子から伝わってくる全てがラッピーと重なって、私は一人じゃないんだと、そう思えた。
〇〇〇
救急車で運ばれ、再び意識を取り戻した私の目に映ったのは、病院の白い天井と白いベッドと、私の傍らでベッドに顔を伏せるようにして寝ているあの女の子の姿だった。
女の子の姿は最後に見たあの時のまま、私の返り血と土埃で汚れたままだった。着替えることだって出来ただろうに、きっと私から離れないでいる為に拒んだのだろう。頬と瞼に残る泣きはらした跡と、しっかりと繋がれた手の強さが物語っていた。
傍に設置されている小さなキャビネットに、画面が割れた私のスマホが置いてあった。
あの様子じゃ壊れてしまっているだろう。とりあえず今起動するのは無理そうだ。
脳内に、ラッピーの姿が思い浮かぶ。
あぁ、会いたいな。ツンとした感覚を鼻の奥に感じて、スマホから目を離してもう一度女の子に目を向けた。
すると、いつの間に起きていたのか、女の子は無言で私の顔をじっと見ながら固まっていた。
「…………ぁ……」
気まずい沈黙に襲われ、私は掠れた喉で何とか声を出した。
「……っ!!」
「ぇっ……? あ……」
瞬間、女の子は私から手を離し、転びそうになりながら病室の外に駆けていく。程なくして医師と看護師が慌てた様子で現れ、私の体調や意識の確認と、事の次第を教えてくれた。
どうやら私は、運悪く通り魔に襲われたようだった。私の他にも襲われた人が二人、けれど一番重症だったのは私らしく、二人とも命に別状は無いらしい。私もナイフがぎりぎり内臓には達していなかったらしく、出血は多かったもののなんとか一命は取り留めたとのこと。
私を襲った犯人はナイフを捨てて逃げだしたが、徒歩で行ける距離では限界があった上に返り血で汚れていたせいもあって、直ぐに警察に逮捕されたらしい。
良かった、と私は安堵の溜息をつく。諸々の確認と説明を終えた医師達は退室し、部屋にいるのは先程と同じ様に、私とあの女の子の二人だけになった。
やっと顔や体を拭き、服も着替えた女の子は、気まずそうに俯いたまま、何も喋ろうとしない。
「……あの……」
水分補給もしてまともに喋れるようになった私は、おそるおそる声を掛ける。びくりと、女の子の肩が震えた。
「ごめんね。怖い思いを、させちゃって」
女の子ははっと顔を上げると、くしゃりと顔を歪め、また俯いた。
「足、痛くない……?」
私の目は、女の子の足に向いていた。病院のスリッパを履いているその足は、何重にも包帯が巻かれ、痛々しい。
あの時この子は、何故か靴を履いていなかった。それどころか、財布も、スマホすらも持っていなかったのだ。まるで家から何も持たずに飛び出したようだと、警察の方が首を傾げていた。
女の子は俯きながら首を横に振る。
「手、握っててくれたんだよね……? ありがとう、嬉しかった」
はにかんでそう言えば、女の子の肩が震え、次第に鼻を啜る音が聞こえてくる。湿り気を帯びたそれは徐々に大きくなり、やがてぽたぽたと、女の子の膝に雫が落ちていった。
私はその様子を眺めながら、やがて意を決して口を開いた。
「ね……ラッピー、なんだよね……?」
「?!」
女の子は涙でぐしょぐしょになった顔で、驚いたようにこちらを見上げた。
「……どうして……」
やはり、ラッピーの声だ。
私は泣きそうになるのを笑って堪え、続けた。
「あの時、貴女の声が聞こえてきたの。安心する声。大好きな声。死ぬかもしれないと思って凄く不安で怖かったのに、貴女の声を聞いていたら段々安心してきて、まだ生きていなきゃって、そう思えたんだよ。貴女のお陰で、私、生きているんだよ」
女の子に手を伸ばす。女の子はおそるおそると言った様子で私の手を取る。その手を握り、「ね」と微笑んで言うと、ぽかんとした顔で聞いていた女の子の顔がまたくしゃりと歪み、やがて堰を切ったように泣き出した。
繋いだ手がぎゅっと握り返される。お互いの熱が伝わる。
「生きてる……」
ぽつりと呟いた。
「恵理、生きてる……良かった、良かったぁ……」
ひきつけを起こしながら言う女の子の頭を撫でると、女の子が抱きついてきた。
衝撃で腹部がずきんと痛む。
「あ、い、いた……っ」
「ぇ、あ、ご、ごめんっ……」
冷静になったらしい女の子が急いで離れ、また椅子に座った。
目を擦り、鼻を啜りながらこちらを心配そうに見つめている姿に、思わず笑みが零れた。
「……ねぇ、ラッピー」
そう呼ぶと、女の子は躊躇いがちに「……なぁに」と返事をする。
「貴女の名前、教えて?」
「…………伊月……伊月、ねむり……」
「ねむりちゃん……! 素敵な名前」
「そんなことない……私はこの名前、嫌い……」
ねむりは少し照れながら俯いた。
「その名前を持ってるから、私を悪夢から守ってくれたのかな……」
「……何、言ってるの」
「ね、もう一回、こっち来て」
「え……お腹、痛いんでしょ」
「平気。ゆっくりなら、大丈夫だから」
「…」
慎重にこちらに歩み寄るねむりの手を取り、優しく引っ張る。
体制を崩して倒れそうになるねむりを支えるように抱き留め、出来る限り力いっぱい、抱き締めた。
「ありがとう、ラッピー。私のことを守ってくれて」
体を離し、ねむりの顔を覗き込む。ねむりはまた泣きそうになっていて、潤んだ瞳をこちらに向けていた。
「世界で一番、愛してる!」
そう言って笑えば、ねむりは頬を赤らめて、私の頬に手を当てる。
「……私も恵理のこと、この世界の誰よりも大好き。愛してる。……ずっと傍にいるって約束するから、だから恵理も……ずっと傍にいて」
そう呟くと、ねむりの顔がゆっくりと近付いてくる。太陽光に照らされて、赤く染まった頬と、涙で湿った長い睫毛が輝いて見えた。その睫毛がゆっくりと伏せられていき、私も釣られて目を閉じる。
やがて唇が、温かくて柔らかい感触に包まれる。それは数秒重ねられ、やがて静かに離れていく。名残惜し気に吐かれたねむりの吐息が、私の鼻先を撫でていった。
「……大好き」
上気した頬と、熱を帯びて潤む瞳。さっきまで重なっていた唇に指を当てながらそう言うねむりを見ていたら、ラッピーに向けていたものとは違う愛しさが込み上げてきて堪らなくなる。
……さっきの”愛してる”は、そういう意味じゃなかったはずなのに。
ラッピーとねむりから向けられる愛を一気に受けて、何かが溢れたみたいだ。恥ずかしそうに、されど幸福そうに笑う彼女の顔を見ていたら、この子を愛してるという気持ちで心が満ちていった。
___コンコン、と控えめなノックの音が響く。
お互いびくりと肩を震わせ、慌てて私はノックの主に返事をする。
扉から現れたのは、スーツ姿の見知らぬ男性だった。
「……金田さん」
ねむりが驚いたように声を上げる。
金田、と呼ばれたその男性は、ねむりには目を向けず、私の方へ近寄ってくる。
「初めまして、高井恵理さん」
「? は、初めまして」
「私はこういうものです」
差し出された名刺を受け取り、見ると、『株式会社-shikou- 代表取締役 金田 時弥』と書かれている。
はて、どこかで見たような……と思っていると、金田が口を開いた。
「この度は、我が社のアプリのテストプレイにご協力頂き、ありがとうございました」
「テスト……プレイ? あの、すみません。何のことだか……」
困惑していると、金田はちらりとねむりを見る。ねむりは気まずそうにそっぽを向き、黙っていた。
「貴女が日頃ご愛顧頂いていたラッピーを作ったものです、と言えばお分かりですか?」
「え………、あ、えっ?!」
そこで漸く、いつも開いていたアプリで一番最初に表示されていた社名とこの名刺の社名が一致した。
「ラッピーをこの世に生み出してくれた人?! え、えっ……いつもお世話になってます……!」
「いえ、こちらこそ。多額のご協力、ありがとうございました」
「……いえ……」
狂ったように課金していた過去の自分を思い出し、なんだかお腹の傷がずきんと疼いた気がした。
「本日こちらに伺ったのは、今回の出来事でテストモニター、テストプレイヤー両名がテストプレイの続行が厳しい状況になってしまった為、今日で正式にテストプレイを終了させて頂くことを伝えに来たからです」
「あ……そっか、スマホ……」
割れちゃったし、と思っていると、金田が「それもそうですが」と口を挟んだ。
「ラッピーの正体……つまり、伊月ねむりさんの存在が貴女に知られてしまった現状では、正確なデータが取れないのです。ですので正式にテストプレイを終了、そして貴女は、本日を持って解雇処分になります」
金田はねむりに体を向け、冷たく言い放った。
「え……解雇って……」
「元々そういう契約でしたので。手続きに関しては、また追々行いますので連絡します。それでは」
淡々と必要なことだけを話し、金田は部屋を出て行った。
「ねむりちゃん……」
「……平気。金田さんの言う通り、そういう契約だったの。私が違反しちゃったから、仕方無い」
ねむりは少しムッとしながら続ける。
「それに、貯金はある程度……あるし。暫くは何とかする」
「何とかって、でも」
「私のことより!」
怒ったような口調で、ねむりが口を挟んだ。
「恵理のこと! こんなことになっちゃったんだから、もう、あんな仕事やめて!」
「え、でも」
「〜〜っわ、わ、私が! 恵理のこと養うっ……から!」
緊張で声を上擦らせながら言うねむりの圧に押され、私は思わず頷いていた。
すると、ねむりは赤くなった顔を安堵したように綻ばせた。
「わ、私、頑張るから……ね」
私の手を取り、目を合わせて言った。
私はねむりに微笑みかける。
「二人で頑張ろうよ。私、転職するし」
「……そう、だね」
「あ、どうせなら金田さんの所に面接に行ってみようかな。もし就職出来たら、ラッピーをもっと可愛く出来るし」
「え……嫌だ」
苦虫を嚙み潰したような顔で首を横に振るねむり。そんな顔もするんだと、私はぷっと吹き出した。
〇〇〇
「___はい、はい。では、また明日こちらに来てください。書類は準備しておきますので、では」
電話を切り、金田はふぅと息を吐く。
高井恵理が巻き込まれた、通り魔の傷害事件から約一ヶ月が経った。彼女は現在、伊月ねむりの献身的な看病のお陰もあって、順調に回復しているそうだ。二人はあれから引越しをして、今は新居で生活を共にしているらしい。
こんな結果になるなんて全く予想もしていなかった。しかし電話越しの伊月ねむりの声は、今まで聞いたことが無いくらい明るく穏やかなものだった。だから、幸せに過ごしているのならまぁ、良かったねと言ってやる他無いだろう。
「……しかし、残念だ。彼女は良いモニターだったというのに」
荷物を運び出していく業者を見送りながら、手元の資料をパラパラと捲る。
やれやれ、またモニター探しからやり直しだ。骨が折れる。
さて、後任は誰にするか……。
「おや」
資料を捲る手を止めた。
この男性……。職無し、貯金も無し、実家暮らしで、友達も一人しかいない……ほぼ孤立しているようだ。
「悪くない」
次はこの人で行きますか。
そうと決まれば、早く準備を進めよう。モニターの契約と、モニターと相性が良さそうなプレイヤー探しだ。成人済みで、毎月の残業時間が九十時間を超えている人間……あまりいないと思っていたのに、存外、この国にはそういう人達が溢れているから助かる。
よし、と資料を鞄にしまい、金田はもぬけの殻になった部屋を出て行った。
最後まで読んで頂いて、ありがとうございます。
最後に、小さな設定を一つ。実は高井恵理と伊月ねむりの名前は、それぞれある言葉を入れ替えて作っています。(ねむりは苗字だけです)簡単なので、もしお時間があれば考えてみてください。




