第七話 せいぜい覚悟しておくんだな!
庭園では既にパーティーが始まっているらしい。会場に近づくにつれ、人々の談笑する声や楽団の演奏が聞こえてくる。
「エスコートさせてください」
入口の手前で、マクシミリアンは左腕をイザベルに差し出す。その時の自分を見つめる瞳があまりにも優しくて――。ああ、自分は彼が好きなんだ。そう思い知る。
「あ、あのさ、マックス」
イザベルは切り出した。
「このパーティーが終わったら……その、伝えたいことがあるんだ。大事な話だ。だから……」
言葉を選んでいるうち、頭がぐるぐるしてきて、
「だから、せいぜい覚悟しておくんだな!」
と、イザベルは犯行予告をした。
マクシミリアンは一瞬きょとんとした後、
「はい。覚悟しておきます」
と、イザベルの手を取って口づけた。
美しく整えられた庭園には、軽食の並ぶ丸テーブルがいくつも設置され、その間で人々が交流を楽しんでいた。芸術品のように整えられた花々、輝く高価そうな食器たち、美しく着飾った人々ーー完全に別世界だ!
入場した途端、あまりのまばゆさにイザベルはくらくらした。落ち着くために、この会場の中で一番見慣れたものーーマクシミリアンの横顔を見上げてみるが……。あれ? マックスってこんなにかっこよかったか?
その時――
「マクシミリアン卿、お会いできるのを楽しみにしておりました」
パーティーの参加者に、あっという間に二人は取り囲まれていた。
「……を高く買っていただいて」
「……は卿が来てくださったおかげで箔がつきました」
「……にはいつも助けられて」
話している内容はよく分からないが、これが「お付き合い」というやつなのだろう。こういった経験がまるでないイザベルは、軽い自己紹介の後は黙り込んでしまう。こんなんだったら、幼い頃の淑女教育をまじめに受けておくべきだった。
「すまないが、私は食料確保にいそしむとする。後は仲がいい同士でよろしく頼む」
マクシミリアンにささやいて、イザベルは席を外した。そして、一人テーブルの料理を堪能しながらマクシミリアンを眺めた。
表情をころころ変えて朗らかに話を聞くマクシミリアンは、大分社交慣れしていると見える。昔は人見知り(少なくともイザベルはそう認識してる)だったのに、人は成長するものだ。
そして流石英雄様、人気者だ。ひっきりなしに挨拶する人たちに囲まれているが……。いや、圧倒的に女性が多いな。そして、あの顔は完全に狙ってる顔だな。あれか? もしやマクシミリアンは、自分が思っている以上に異性人気が高いのでは?
自分はなんという勘違い野郎だったんだ! イザベルは頭を抱えた。自分はまるでマクシミリアンに釣り合っていない。ちょっと待って、なんて言ってる場合でなく、マクシミリアンを引き留めるよう努力していかなければならないのだ。そのために必要なのは……。
騎士団に戻ろう。イザベルは決断する。現在のマクシミリアンには及ばないが、二十年前は自分だってそれなりに実績を出していた。ここから研鑽を重ね、いずれは騎士団長の座から引っ張り下ろしてやる。
やっぱり人間というのは強くなければな。こうすればマクシミリアンも自分を見直して、引き留めることができそうだ。今に見てろよ、マックス坊や。震えて眠れ! 結論がおかしな方向に行っていることにも気付かず、イザベルは一人うんうんとうなずいていた。
その時――
「イザベル! ああ、会いたかったわ!」
美しい金の巻き毛に緑色の瞳を輝かせながら駆け寄ってきた女性が一人。
「ごめんなさい、急に話しかけても分からないわよね。私よ。ティオレーよ」
ふふっとかわいらしく笑う彼女は、この国の第一王女殿下だ。女性騎士ということから、二十年前は幼い彼女の護衛を時おり務めたものだ。昔から朗らかな性格のティオレーは、平民上がりのイザベルにも屈託のない笑顔を向けてくれた。
「王女殿下、お目にかかれて光栄です」
イザベルは騎士時代のくせで跪きかけた後、慌ててドレスの裾を持ち上げて頭を下げる。
「イザベルは本当に昔のままなのね。不思議。あの時はイザベルのこと、とても大きく見えいたのに、今は自分が年上だなんて。あら、身長もぬかしちゃった?」
ちっちゃーい、と一しきりからかった後、少し二人で話しましょう、とティオレーは会場の外の庭園にイザベルを連れ出した。
「イザベルがいなくなってしまって、サザーランドは大変だったのよ。なんたって、当時は討伐数ナンバーワンだったもの。しばらくは立て直せなかったけれど、今は本当に魔物被害が落ち着いていて。あなたが昔言っていた、誰もが魔物に苦しめられない世界の実現も間近と言われているの」
かわいらしい雰囲気だが、ティオレーの言葉はしっかりしている。病弱の父王を助けるため、彼女が摂政となる日も近い。マクシミリアンがそう言っていたことを、イザベルは思い出した。
「これもマクシミリアンの尽力のおかげだわ。流石、あなたが育て親というのも納得ね」
「マックス……いえ、マクシミリアンがよく務めているようで安心です」
イザベルは頭を下げる。
「それで、彼とはどうなの? 今は一緒に暮らしてるって聞いたわよ」
ティオレーはにやりと笑う。
「二十年ぶりの再会。幼かったはずの少年は、知らぬ間に大人の男に成長していて。マクシミリアンなんてただの子供。そう思っていたはずが、気付けば彼を男として意識してしまい……。だめっ! 私たちはそんな関係じゃっ……! だけど、心はどんどん彼にひかれていって……。みたいな展開になってるのかなあ、なんて思っていたけど」
「ど、どうしてそれを!?」
「あら、あなた素直なのね。ここは適当に誤魔化して良かったのよ」
ティオレーにくすくす笑われ、イザベルは自分が盛大に墓穴を掘ったことを悟った。
「でもよかったわ。あなたのその反応、マクシミリアンは上手くやってるのね。彼、ずっとあなたのことだけを考えて、そのために生きているようだったから。久しぶりに今日会ったけれど、あんな幸せそうな顔、二十年間で初めてよ」
「そうなんですか……?」
「そうよ。私、心配していたんだから。マクシミリアンはちょっと……思いつめた危うさみたいなものがあるから。だけど、あなたが戻ってきてくれたのなら安心ね」
ティオレーは少し含みのある笑みを浮かべた。
「そういえば、そろそろ騎士団に復帰したいと思っているのです」
その後もイザベルはティオレーと談笑する。
「まあ、そうなの? ありがたいわ。あなたの実力があれば、今すぐにでも……」
その時、ティオレーの台詞に交じって、風を切る音が耳に入ってくる。まさか……。イザベルはティオレーの身体をぐいと押した。瞬間、飛んできた矢がイザベルのわき腹を掠める。
やはり感覚は衰えてはいなかった。イザベルは木の上をきっとにらみつける。
「王女殿下を狙った暗殺者だ!」
その後も続けざまに放たれる矢から、イザベルは身を挺してティオレーをかばう。その後すぐ衛兵たちが駆けつけ、刺客は状況が悪いと判断したのか、地面に降りて走り去っていく。このままでは逃げられてしまうーー
「貸せ!」
衛兵の腰から剣を抜くと、イザベルは単身暗殺者を追いかけた。動きづらいドレスを破き、全速力で失踪し、暗殺者に背後から切りかかる。衣服の性能では押されるだろうが、こちらは剣闘祭優勝という腕前。負けるはずがない。敵の武器をはじき飛ばしたイザベルは、すかさず締め技をかけ、無事に暗殺者を確保した。
園遊会は大騒ぎになっていた。参加者たちはぞろぞろと会場から誘導されていき、衛兵たちによってティオレーは城内へと避難させられた。
暗殺者を引き渡した後、負傷したイザベルは医務室に運ばれた。幸い傷は浅かった。この後すぐにでも護衛の任につけるだろう。医務室のベッドに座って手当を受けながら、イザベルはそう考える。
その時、医務室の前が妙に騒がしいことに気付く。誰かが医務官らの制止を聞かず、部屋に押し入ろうとしているらしい。すぐにドアが勢い良く開き、人影が人々を押しのけながら突進してくる。あれはーーマクシミリアンだ。
「いったいぜんたい、あなたは何をやっているんですか!」
イザベルを見つけるや、マクシミリアンは掴みかからん勢いでまくしたてる。
珍しい。マックスがこんな風になるなんて。いつもは謎の余裕があって、にこにこと笑みを浮かべているのに。
「あ、ああ! ドレスを台無しにしてしまったことは、本当にすまないと思っている。ちゃんと弁償するから」
イザベルは頭を下げる。
「そんなものはどうでもいいんですよ! 私が怒っているのは、あなたが自分自身を危険にさらしたことです!」
「危険ったって、王女殿下をお守りするのは当然だろ?」
イザベルには彼がなぜそんなに怒っているのか分からなかった。
「だとしても、その後はなぜ他の兵士に……私に頼ってくれなかったのですか? 暗殺者を追いかけ、怪我をするなんて……。もしも命を落としたらどうするつもりだったんですか!?」
「私は頑丈にできているし、多少怪我したってかまわないよ。ほら、今だってぴんぴんしてる」
イザベルは既に包帯を巻かれた腕を見せる。
「そういう問題じゃないんですよ……」
マクシミリアンは両手で目を覆ってうなだれる。
「過保護はもういいだろ。身体の方も問題ないんだし、近いうちに騎士団にも復帰するつもりだったし……」
瞬間、ぴくりとマクシミリアンの肩がはねる。
「今……何と言いましたか?」
まるで世界滅亡の知らせでも聞いたように、マクシミリアンの瞳孔は開ききっている。
「そのままだ。騎士としてまた魔物と戦う日々に戻る。君には十分お世話になったが、今のままじゃいけないと思ってね。少しでも今の君にふさわ……」
「まさか、それがこの後の『大事な話』ですか」
「いや、それはこれとは別……」
「だめです! そんなこと、私が許しません!」
マクシミリアンは、どんっ! とサイドテーブルに拳をつく。
「騎士団時代のあなたは、いつ死んでもおかしくなかった。もうあなたをそんな目にあわせるわけにはいかないんです。騎士の仕事はもうやめて、これからはずっと私の屋敷にいてください。それが一番安全で、あなたにとっていいんです」
「私は魔物を殲滅すると誓ったんだ。今もどこかで苦しんでいる人々がいるというのに、何もせずのうのうと暮らせるはずがない」
「ええ、そうですよね。あなたの夢はよく知っています」
先程までの激しい口調から一転、マクシミリアンは駄々っ子をなだめるような声色を出す。
「でも、それはもう私の仕事です。魔物とは私が戦います。あなたの夢も私が実現させる。だから、あなたは戦わなくていいんです。戦ってはいけないんです」
優しくイザベルの手を取るマクシミリアン。しかし、その態度はイザベルの癇に障った。
「私を子供扱いするな! 君に私の行動を制限される筋合いはない」
イザベルに手を振り払われ、マクシミリアンの取り繕った笑顔が剝がれ落ちた。
「認めませんよ」
マクシミリアンは低く呟くと、イザベルの腕をぎゅっと掴む。
「どうしても騎士団に戻ると言うなら、ここであなたの腕を折って、二度と剣を握られなくする」
「できるわけないだろ。はったりはよせ」
イザベルが鼻で笑った瞬間、マクシミリアンは握った腕に力をかけた。物凄い力だった。骨がみしみしと軋む音がする。逃げようにも、身体中がまるで動かない。
「やめ……っ」
口から漏れた自分の声はあまりにも弱々しかった。
途端、マクシミリアンははっとしたように手を離した。イザベルは腕をかばうようにうずくまる。折れてはいない。しかし、少しでも動かすと骨の奥が鈍くうずく。皮膚の上には掴まれた指の跡が赤く残っている。
「すみません、どうかしていました。本当に……こんなことをするつもりはなかったんです」
あまりの痛みのせいだろうか。マクシミリアンの声はどこか遠く、その表情もうまく捉えられない。
「……昔のマックスだったら、きっとこんなことしなかった」
なんとか絞り出せたのは、その言葉だけだった。
「すみません、イザベル殿。今すぐティオレー様のおそばに向かってください。近くで護衛ができる女性が必要なのです」
折しも駆け付けた衛兵の台詞に、
「分かった。すぐ行く」
と、イザベルはマクシミリアンに背を向けた。
「イザベルさん、お願いです。待ってください」
マクシミリアンの言葉を置き去りに、イザベルは現場を走り去る。
あんな顔、知らない。あんなマックス、知らない。マクシミリアンから離れてなお、身体の震えが止まらない。あそこにいたのは自分の知るマクシミリアンなんかじゃなくて、誰か別のーー知らない人みたいだった……。
怖い。人生で初めて、イザベルはマクシミリアンに対してそう思った。




