第六話 これじゃあ、まるで私がマックスのことを……
王女殿下から園遊会の招待状が届いたのは、久しぶりの外出から数日たった頃だった。
魔界からイザベルを救出したという報告は、既に国の上層部まで伝わっていた。二十年前に死んだと思われていた騎士団のエースが生きていた。その吉報に政府は沸き立って、ぜひイザベルと話したいと申し出を送り続けている。
それを断ってきたのは保護者であるマクシミリアンだ。イザベルはひどく弱っているため、自分のもとで医者が付きっきりでみさせている。まだ公に出られる健康状態ではない。それがマクシミリアンの言い分だった。
しかし明言しておこう。これらは真っ赤な噓である。自分との時間を横取りされたくないがために、マクシミリアンは口から出まかせを言って誘いを断り続けていた。
とはいえ、流石に王女殿下の誘い。断るわけにはいかない。それにあの人のことだ。自分の思惑になどとっくに気付いているのだろう。イザベルと二人で園遊会に来るように、との文章に、マクシミリアンは苦笑する。
となると、準備が必要だな。マクシミリアンは顎をなでた。
その日の昼、イザベルとマクシミリアンは、貴族たちに愛用されているという仕立て屋の前に立っていた。
「まああああ! マクシミリアン様じゃありませんか、ようこそいらっしゃいませ」
この店の主人である女性、キンバリー夫人は満面の笑みで出迎えてくれた。
「いきなり押しかけて申し訳ありません。急な招待にあってしまって」
「いえいえ。英雄様が利用してくださったとなれば、店の名前にも箔がつきますから」
マクシミリアンと言葉を交わした後、
「あら、そちらの方は?」
と、キンバリー夫人は隣に立っていたイザベルに目を向ける。
「こちらはイザベルさん、私の愛する……」
「育て親です」
イザベルはすかさず訂正する。斜め上からマクシミリアンのすねた視線を感じるが、これは無視だ。
「彼女にドレスを仕立ててもらいたくて」
それに驚いたのはイザベルだ。
「いや、君が服を仕立てるっていうから、付き添いで来たんじゃないか。そんな話聞いてないぞ」
「だって、そうでも言わないとイザベルさんはついてきてくれないじゃありませんか」
あまりにも的確すぎる予想に、イザベルはぐうの音も出ない。自分の行動は最初から見透かされていたようだ。
「私の服はもうあるんです。でも、イザベルさんのドレスはまだ作ってないでしょう?」
「だとしても、こんな立派な店で仕立てるなんて……。そんな大げさなことをしてくれなくっていいよ。私はそういうことには向いてないんだ」
「嫌なんですか?」
「別に、そういうわけじゃないけど……」
着飾るのが嫌いなわけじゃない。おしゃれに精を出し、純粋無垢な笑みを浮かべる娘たちを見ると、この世界にはそういった普通の幸せを手に入れられる人間がいることを思い知る。そしてそれを自分はなくしてしまったのだと、そう気づかせられるのが怖くて、距離を置いているだけだ。
「いいですか、イザベルさん」
マクシミリアンは肩にそっと手を乗せ、イザベルの目を見据えてくる。
「あなたをこうして連れてきたのは、私がきれいなあなたの姿を見たいんからなんです。あなたの問題はひとまずおいておいて、私のためと思って着てくれませんか」
こういうところ、マクシミリアンは本当にうまいと思う。ここまで言われては、イザベルとしても頷くしかなくなってしまう。
二人は店の中に入り、そこにあるドレスを見せてもらう。
「一から仕立てるのは時間的に難しいでしょうから、ベースをもとに調整していく形にしましょうか。実際に何着か着ていただいて、似合うお色味や雰囲気を探しましょう」
「イザベルさんだったらどんなものも似合いますよ。これとか、これとか……あとこれも」
マクシミリアンはにこにこでドレスを選び始める。なんだか親バカみたいだな、とイザベルはそれを眺めていた。しかしーー
「で、あなたはどうしてご婦人が着替えようとしている中、堂々と居座ろうとしてらっしゃるので?」
キンバリー夫人は笑顔をマクシミリアンに向ける。
「え?」
きょとんとするマクシミリアン。だが、次の夫人の動きは早かった。マクシミリアンは部屋から押し出され、バタンとドアが閉じられる。扉には錠前がかけられ、完全なる男子禁制空間が構築された。
「さあ、試着にいたしましょう」
何事もなかったかのように微笑むキンバリー夫人。この人物、できる。イザベルはそう思った。
今期は淡い色が流行っているらしく、何通りかのドレスを着させてもらう。しかし、ピンクや黄色ではあまりに娘向きすぎて、なかなかしっくりこない。
イザベルは自分でも見本を吟味する。そういえば、昔の自分はこうやってドレスを選ぶのが好きだったっけ。ふと目に留まったのは透き通った湖のような水色のドレスだ。なんだか落ち着く色をじっと眺めていると、キンバリー夫人がそれに気が付いたらしい。
「水色というのは、決して派手ではないですが、繊細で清らかな美しさがあります。きっとお似合いになりますよ」
勧められるまま試着してみれば、素敵です、とお針子たちがほめそやかしてくれる。
「でも、このお色を選ぶなんて流石ですわね」
うふふ、と夫人は笑う。イザベルにはなぜ笑っているのかさっぱり分からない。
「やっぱりお似合いになるわ。それに合わせてアクセサリーも……こんなものはどうでしょうか」
キンバリー夫人が箱から出したのは、小ぶりなイヤリングだ。シンプルな意匠ながら、揺れるデザインは繊細でかわいらしい。チャームには藍色の宝石がはめ込まれている。
「この色合い、なんだか……」
似ている。彼の瞳の色、そして髪の色を思い浮かべ、イザベルははっとする。まさか、これまで笑われていたのは……。
「あら、ご存知なかったのですか? 想い人の色を身にまとうのは、社交界では昔からよくあることなんで……」
「やっぱりやめさせてください!」
イザベルは悲鳴をあげる。
「これじゃあ、まるで私がマックスのことを……」
「「マックスのことを……?」」
夫人を筆頭に、お針子たちが口元を抑え、続きを期待するように息を吞む。その手の下ではにやにや顔が隠しきれていない。
「……何でもありません」
イザベルは顔を真っ赤にして、彼女たちに背を向ける形で鏡台を向く。
もしもこの格好でパーティーに出たら……。マックスは気付くだろうか。いや、気付かれなければむしろその方がいい。でも、もしも気付かれたら……。
マックスはいったいどんな顔をするのだろう。見てみたいと、そう思っている自分がいることに、イザベルはどきりとする。今の自分はかなり骨抜き状態なのかもしれない。
「では、こちらで仕立ててまいりましょうね」
キンバリー夫人に微笑まれ、イザベルはこくりと頷いた。
*
そして園遊会当日。店でドレスを着せてもらい、髪の毛などもセットをしてもらったところに、マクシミリアンが迎えにくるということになった。
こうやってきちんと装うのは子供の時以来だ。鏡の中で完成していく自分を眺めながら、イザベルは不思議な気持ちだった。
いつもおろしっぱなしの髪の毛は端正に編み込まれ、一つにまとめられている。頬に紅をさされ、唇もしっかり潤っている。
透き通るような水色のドレスは、夫人の手によって前見た時から大きく進化していた。リボンやフリルなど派手な飾りはないが、代わりに繊細なビジューが胸元を飾っている。裾の広がりは抑え、ふんわりとした薄布で肩を覆ってボリュームを出す。
こういうのも……ありなのかもしれない。耳元で揺れる藍色の宝石をいじりながら、イザベルは考えた。
魔物に両親を殺された時、もう普通の人生は歩めないと思った。死んでいった両親のためにも、自分は復讐のために生きて、それ以外を切り捨てるべきなのだと考えていた。
だけど、自分は笑っても、楽しんでも、幸せになってもいいんだ。そう思えたのは、全部マクシミリアンのおかげだった。あの子と関わる中で、今まで押し殺していた人の心が音を立てて動き出した。
そして今もまた、マクシミリアンは呪いを一つ解いてくれた。かつて決別したはずの、無邪気におしゃれを楽しんでいた自分。それを奪われたままにしなくてもいい。あの時から色々なものをなくして生きてきたけれど、こうして少しずつ人は取り戻していけるのだ。
マクシミリアンがこうして仕立て屋に連れてきてくれたのは、全部そのことを考えてだったんだろう。本当に優しい子だ。愛おしさに胸の奥がぎゅっと熱くなる。そこにはこれまでの愛おしさだけでなく、別の種類の愛おしさもあったが、それを消そうとはもう思わなかった。
支度を終えたイザベルが座っていると、ふいに店の扉が開く音がする。お針子たちの出迎えの声に、ああ、マクシミリアンが到着したんだ、と分かる。どうしてだろう。なぜか緊張してしまう。
「おまたせしました、イザベルさ……」
イザベルの姿を映した途端、マクシミリアンの目はこぼれんばかりに見開かれた。しかし、その口は言葉を発さない。黙ったままマクシミリアンはつかつかと歩み寄ってくる。
な、なんだ? やるのか? だったらこっちも相手してやる! 予想外の反応にパニックになったイザベルは、思わずファイティングポーズを決めたがーー
「すみません、あまりの美しさに衝動が止められなくて……。今が人前であることが悔やまれます。二人きりだったら、このまま口づけて押し倒すところですよ」
「セセセ、センシティブだ! 公序良俗に反してる! 君はほんとに一回捕まるべきだ!」
どうして人前でこんなこっぱずかしい台詞が言えるんだろうか。イザベルは振り払おうとするが、やはりマクシミリアンははなしてくれない。
「はいはい、セットしたのが崩れるのでやめてくださいねー」
その後、マクシミリアンはキンバリー夫人によって引きはがされ、軽くお説教された。
「え、マクシミリアン様ってこういうキャラだったっけ……?」
「なんか……様子がおかしくない……?」
お針子たちがざわめく。彼のおかしさが自分以外の知るところとなって、イザベルとしては満足だった。
しかしその後、
「だけど、様子がおかしいところも素敵……」
と言われていたのに関しては、誠に遺憾であると言わざるを得ない。
お礼を言って店を出た後は、馬車で会場まで向かう。
「今日は本当にありがとう。おかげでなんだか楽しいよ。きれいな服を着せてもらってはしゃいでいるなんて、なんだか大人げないかな」
「喜んでもらえてよかった。イザベルさんはいつでもかわいいけれど、笑ってるイザベルさんは格別かわいいですからね」
「そんなこと言うの、マックスだけだよ」
指先をつつくイザベルに、
「私がかわいいと言ってるんですよ。逆にそれ以外何が必要なんですか?」
と、マクシミリアンは顔を寄せる。
「相変わらずの自信家だな」
「ほめてくれてありがとうございます」
それにしても……。イザベルはマクシミリアンの服装に目をやる。彼の礼服は白地に金のボタンや留め具が輝いている。その上、刺繡の部分はピンク色で。自分の色味に似ているような気がするのは、自意識過剰というやつなのだろうか。
「私の服がどうかしましたか?」
「べ、別に……。似合ってると思って」
イザベルはもごもごと口を動かす。
「お気に入りなんです。ほら、ここに家紋も入れてるんですよ」
マクシミリアンが見せてきたのは、二本の剣が交差するデザインの紋章だ。剣の片方には薔薇の蔓が絡みついている。デザインについては素人だが、騎士らしくていいんじゃないだろうか。
「ちなみにこれは、こっちの剣が私でもう片方がイザベルさんを表しているんです。それをこうして交わらせることで、二人の絆が固く、決して離れないということも表現して……」
「うん? ちょっと待て、どういうことだ?」
ええと、この人物がやったことをまとめると、私と自分が仲良しであることを概念化して作ったマークを自分の家紋にして、それを色んなところにぺたぺた貼っている、と。これはあれだ。イザベルは思う。
「すごいなあ、何がとは言わないけど」
マクシミリアンは色々とぶっ飛んでいる。そのことは十分認識してきたはずだが、どうしてこうも想像を上回ってくるのだろう。育てた人間の顔が見てみたい。
「それにしても、本当にイザベルさんはきれいですね。他の人間たちに見せたくない。もしあなたに話しかける男がいようものなら、いったい自分が何をしでかしてしまうか……。今から恐ろしいです」
マクシミリアンは弱ったようにため息をついて、ポケットから小瓶を出して飲む。
「私はその思考になる君が怖いよ」
そんなことを言っているうち、馬車は王宮へと到着した。




