第五話 やっぱり私は、悪い子に育ってしまったんでしょうか
一週間の療養を経て、イザベルの身体は完全な健康を取り戻した。化け物じみた回復力に医者は目を見張る。
「明日、私とデートしてくれませんか? 休みが取れたので」
もう外出しても問題ないとの診断をもらった日の夜、マクシミリアンはそう提案してきた。デートという言い方は引っかかったが、断る理由もなかったので、イザベルは誘いを受けることにした。
マクシミリアンはお土産と称して外出用の服を大量にプレゼントしてきていた。なぜサイズがぴったりなのかは、怖いので聞かないことにする。イザベルはその中から、一番シンプルな白のブラウスと黒のスカートを選んだ。それでもマクシミリアンは、よく似合いますね、とリップサービスを欠かさないから、この男は隙が無いと思う。
「うわあ、懐かしい。前もこうやって街にきたっけな」
大通りを歩きながら、イザベルは感慨深げに吐息を漏らす。店の顔ぶれには多少の変動はあるが、その賑わいは変わっていない。
「それでマックスがさ、途中から疲れて眠そうにするから、最後の方はいつもおぶってやったんだ。そうすると、いよいよ本当に眠りだしてさ。何回制服を涎だらだらにされたか数えきれない」
「子供の頃の話はやめてくださいよ。恥ずかしい」
「つい最近まで子供だったんだ。しょうがないだろ」
イザベルの台詞に、マクシミリアンは唇を尖らせる。が、それもすぐに引っ込んで、何か思いついたような笑顔に変わった。
「じゃあ、手をつないでくれませんか? 子供の頃と同じように」
「え?」
差し出された手に、イザベルは面食らう。
「ただの子供相手なんでしょう? それとも意識してくれてるんですか?」
マクシミリアンは天使のような顔をして迫ってくる。
「ま、まさか! ほら、そんなに言うならつなごうか。君が迷子になるといけないからね」
負けてたまるか! イザベルはその手を握った。が、思ったよりも手が高い位置にあって、マクシミリアンの背の高さを思い知らされる羽目になる。
二十年前と比べて、当然といえばそうだが、マクシミリアンの手は大きくなっていた。もう子供の手ではない。剣を握りすぎたせいか皮膚は固くなって、全体的にごつごつしている。まるでそこに二十年の歳月が凝縮されているみたいだった。
「さっきから口数が減りましたね。どうしてですか?」
「……別に」
緊張なんてしていない。意識なんてもっとしていない。そう頭の中で唱えながら、イザベルは通りを歩く。
「あ、アイスが売ってる! 一緒に食べましょうよ、イザベルさん」
ふいにマクシミリアンは顔をきらめかせ、通りの先の出店を指さす。
「そうだ、マックス坊やはアイスが大好きだったんだよなあ。かっこつけの大人になっても、そういうところは変わらないんだな」
イザベルがけらけら笑うと、
「アイスが子供の食べ物というのはイザベルさんの偏見です。アイスは老若男女問わず誰もが愛する最高の嗜好品なんですよ。アイスを嫌いだという人間に会ったことがありますか? あらゆる人間にはとりあえずアイスを渡しておけばいいんです。私はそれらデータを踏まえて、最適な判断をしたまでなので」
と、マクシミリアンは早口で言ってくる。
「はいはい、分かった分かった。なんやかんや言って、結局君が好きなんだよね」
「いいですよ。そんなに子供扱いするなら、私が大人のアイスの楽しみ方を見せますから」
不敵な笑みを残し、マクシミリアンは子供たちに交じってアイスを買いに行く。あのマックスが、一人でお買い物できるなんて……! 二十年前はほかの子供たちにどんどん押され、買えなかったと泣きながら戻ってきたのに……! イザベルはアイスを購入する成人男性の図を見て感動する。
そうしている間に、マクシミリアンはイザベルのところに戻ってきた。
「これが大人の力――経済力ですよ。五段重ね、そしてトッピング全乗せ。これが子供にできますか?」
アイスをイザベルに渡し、どや顔をするマクシミリアン。大人っぽさのアピール方法がおかしいんじゃないだろうか、とイザベルは思った。
「すげー」
「いいなあ」
「これが、大人……!」
しかし、イザベル以上に周囲の子供たちに大人の凄さを知らしめたようだ。
「みんなにも同じのを買いましょうか」
羨望の視線に負けたのだろう。マクシミリアンは子供たち全員に同じものを振る舞う。 こうして子供たちに優しくしているのをみると、本当に大人らしい気がするーー
「ありがとう、おじさん!」
その時、無邪気に放たれた子供の一言。
「おじ、さん……?」
瞬間、先程まできらきらの笑みを浮かべていたマクシミリアンにひびが入って、粉々に砕け散った。
「マックスーーー!」
イザベルは倒れたマクシミリアンのもとに駆け寄る。
「しっかりしろ! 今、アイスを食べさせてやるから!」
その口にアイスを突っ込むと、マクシミリアンはなんとか息を吹き返した。
「やっぱり私はおじさんなんですね。必死に若作りしてはいるつもりなんですけど」
その後のマクシミリアンは珍しくしょんぼりしている。
「老いというのは恐ろしいです。もしもイザベルさんと再会するのが遅れて、もっと年を取っていたらと思うとぞっとする。そうなったら私のことを嫌いになってしまうかもしれないし……」
「何言ってるんだ? 何歳になったってマックスのことは好きに決まってるだろ」
イザベルは怪訝な顔をする。
「え……」
マクシミリアンはフリーズした後、ずるいだとか、そうやって無自覚だとか、小声でぶつぶつ呟きながら顔を覆った。
その後も二人はデート(とマクシミリアンは言い張っている)を続けた。二十年前とやっていることは同じはずなのに、いつの間にか手を引く側から引かれる側に、車道を歩く側から歩かれる側に自分が変わっている。
こうやって過保護にされるのは得意じゃないんだがな。ちょっとした決まりの悪さを感じつつ、なんだか少し嬉しいと思ってしまったのは……。きっと子供の成長を喜ぶ親心というやつなのだ! どきどきなんてしていない!
マクシミリアンの悪いところは過保護以外にも存在する。イザベルが店で何かを見ていると、すぐ財布を出してそれを買い与えようとするのである。
「君、金銭感覚がおかしくなってるんじゃないのか。お金は大切に使いなさいって子供の頃に教えたはずなんだが」
「あなたの欲しがるものは全部与えたいんです。イザベルさんが欲しいというなら、私は世界だって征服しますよ」
「魔王みたいな台詞だな……!」
思わず突っ込んでしまったが、この男ならやりかねないんじゃないだろうか、と思わせてくるのがマクシミリアンの恐ろしさだ。イザベルはため息をつく。
一通り街を回った後、二人は高台にある噴水前広場で休憩することにした。
「いつも飲んでるそれは何なんだ?」
取り出した小瓶を口にするマクシミリアンに、そういえば、とイザベルは尋ねてみる。
「精神安定剤ですよ。あなたを前にしていると、好きすぎて何をしでかすかわからないので……。これを飲んで、気持ちの高ぶりをなんとか抑えているんです」
爽やかな顔でえげつない台詞を吐くマクシミリアン。
「君、それはかなりきついぞ」
じっとりした目で見てくるイザベルに、
「冗談ですよ」
と、マクシミリアンは返す。
「まったく、冗談だかなんだか知らないけど、そうやってすぐセンシティブに持っていくんだから。そんな悪い子に育てた覚えはないんだがな」
イザベルの台詞に、はは、と軽く笑った後、
「……やっぱり私は、悪い子に育ってしまったんでしょうか」
と、マクシミリアンはやけに殊勝な表情で尋ねてくる。
「そうだよ。大人のマクシミリアンは、自信家で、強引で、かっこつけで、センシティブで、基本的に様子がおかしい変な奴になってて。私はずっと驚かされてる」
そこまで言った後、イザベルはふっと笑う。
「それでも、二十年で立派な大人に成長した。ほんとに大きくなったね、マックス。今日は楽しませてくれてありがとう。これまでのことも全部、私を喜ばせるために色々やってくれて。だけど、私はまたマックスに会えたっていう、それだけで十分すぎるくらい嬉しいんだ」
マクシミリアンは目を見開いた後、
「イザベルさんは優しいですね」
と、困ったみたいな眉をして笑った。
「でも、会えただけで十分なんて思わないでください。あなたが言ってくれたように、私は大きくなったんです。これからはもっと私に頼ってほしい。期待してほしい。私はもっと色んなことをしたいんです。あなたのためだったら、どんなことだってできるんですから」
やっぱりーー違う。昔と同じ笑い方なのに、今のマクシミリアンは子供じゃないんだ。この瞬間、イザベルはそう思い知った。
「だから、イザベルさん、私にあなたを幸せにさせてくれませんか」
いいんだろうか、好きになってしまっても。
マクシミリアンのことはもちろん好きだ。かけがえのない、大切な存在だ。それはかつて彼を拾って育てたから。それだけだったはずだった。しかし、大人になった彼と再会して、自分の中にいつの間にか余計な感情が生まれつつある。
それをなんとか抑えようとして、だけど、もしもそれがゆるされていいものなら。普通の幸せを彼と歩んでもいいのなら。
「もう少しだけ……待ってはくれないだろうか。いや、この期に及んで待ってくれなんて、都合のいい話をしているのは分かっているが……」
歯切れの悪い物言いに、自分自身で嫌になる。肝心のところで自分は臆病だ。
「待ちますよ」
しかし、マクシミリアンは迷うことなくそう答えた。
「二十年だって待ったんです。この先何年だって私はあなたを待ち続けます」




