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第四話 何をするんだ、このへんた……

 次の日の朝、イザベルが目を覚ますと、

「おはようございます」

と、椅子に座っていた美丈夫が微笑みかけてくる。


 ああ、そうだ。この男は大人になったマクシミリアンだ。イザベルは昨日起きたことを思い起こす。


 ええと、確か自分は魔界で死にかけて、そうしたら恐ろしく強い騎士が助けに現れて、それがなんと大人になったマクシミリアンで、現世に帰還することができて、かと思ったらなんと二十年が経過していて……。


「いや、なんで君がここにいる!? というか、いつからここにいた!?」


 イザベルはばっと上体を起こす。寝ている人間を傍らで観察するなんて、不審者ムーブであることこの上ない。


「今来たところですよ。寝顔がかわいいから、つい見とれてしまっていたんです」


 そう語るマクシミリアンは、イザベルの疑惑めいた視線に気付いたのだろう。


「安心してください。寝てる間に何かしたりなんてしてませんよ。イザベルさんの名前に誓ったっていい」


 神妙な顔で右手を胸に当てたかと思えば、

「まあ、何かしたくならなかったといえば噓になりますけど」

と、ちゃっかり付け足した。


「この変質者!」


 イザベルはマクシミリアンに思い切り枕を投げつける。


「それで、私と結婚してくれる気になりましたか」


 枕を器用にキャッチして、マクシミリアンはすました顔で言う。


「けっこん……? あ!」


 そうだ。自分は昨日、マクシミリアンにプロポーズされたのだった。


 イザベルの心臓は大運動会を始めそうになる。しかし、だめだ。ここで動揺している様子を見せれば、相手の思うつぼ。ここは大人として毅然と対応するべきなのだ。


「ふ、ふん。なーにが結婚だ。ちょっと背が伸びて、筋肉がついて男前になったとして、私から見れば君はいつまでも坊やなんだ。私のような大人のレディからは対象外さ。本気になんてするわけないだろ」


 自分にできる最大限の大人のレディの表情で、イザベルは不敵な笑みを浮かべる。マクシミリアンはきょとんとした後、ぷっと吹き出した。こいつ、笑いやがった……!


「いいですよ、そうやって子ども扱いしても。もう坊やじゃないと、私の方も勝手に分からせますから」


 次の瞬間、イザベルはマクシミリアンに持ち上げられた。魔界を脱出した時と同じ横抱きーーいわゆるお姫様抱っこである。


「じ、自分で歩ける……!」


 イザベルはバタバタ暴れてみたが、

「今は私が保護者ですから。言うことをきいてくださいね、イザベルさん」

と、圧倒的体格差の前にいなされてしまう。


「いつから君は私の保護者になったんだ」


「だってイザベルさん、宿なし職なし一文なしの三重苦じゃないですか。なんたって二十年前に死んだことになってるんですから」


 衝撃の事実――しかし、考えてみれば当然の帰結に、イザベルは沈黙する。


「しばらくはおとなしく私に保護されててください。悪いようにはしませんから」


 こっちの弱みを知って、的確についてくるとは。大人になったマクシミリアンは、もしや物凄い極悪人なんじゃなかろうか……?


 そのまま階段を下りて、朝食の準備されたダイニングへと到着する。メイドたちに見られる中、うやうやしく席に降ろされ、恥ずかしさで顔を上げられない。


 食べさせましょうか、とスプーンを向けてくるマクシミリアンを押しのけ、イザベルは 自分で温かいスープをすする。まったく、病人扱いにしても度が過ぎている。


「それにしても、一体全体どうしてこんな立派な屋敷に住んでるんだ? 使用人もたくさんいるみたいだし」


 周囲に目線を配りながら、イザベルは今更ながら尋ねてみる。マクシミリアンの現状のことは聞いてないが、一介の騎士にしては暮らしぶりが良すぎる感が否めない。


「体面というものがあるんですよ。貴族というのも面倒ですよね」


 そう言いながら、マクシミリアンはポケットから出した小瓶を口にする。


「ふーん、そうなんだ……。って、え、貴族?」


 イザベルは食事の手を止める。


「騎士としての働きが認められて、伯爵位を手に入れたんです。現在は騎士団長を務めていて、そういえば昨年、英雄の称号ももらいましたね」


「待て待て待て、情報量が多すぎやしないか?」


 平民が爵位を得ることは、珍しくはあるものの、決して存在しないことではない。しかしそのたいていは、一代限りの騎士爵位か、うまくやっても男爵か子爵位程度。伯爵位など規格外で、有り得ないと言っても過言ではない。


「なんというか……。凄いやつなんだな、マックスは」


「ほめてくれてありがとうございます」


 マクシミリアンはにぱっと笑う。


「それにしても騎士団長か。君に先を越されてしまうとは思わなかったよ」


 幼い頃は、身体が弱く病弱だったのに。人は変わるものだ。


「地位を得れば得たで、仕事が増えて煩わしいものですけどね」


 その時、タイミングを見計らったように、マクシミリアンの胸ポケットから呼び出し音が鳴り響く。


「はい、マクシミリアンです」


 彼の持つ転移魔石には、どうやら通信機能もあるらしい。


 しばらくぶつぶつ話していた彼は、通信を切ると、

「仕事が入りました。イザベルさんとの時間を奪うなんて、ぶん殴ってやりたいところなのですが……。できるだけ早く戻ってきますね」

と、ひどく悲しげな顔をする。


「今、さりげなく暴論を口にしなかったか?」


「そんなことないですよ」


 マクシミリアンは食卓を立つ。


「じゃあ、行ってきますね」


 背後を通り過ぎる間に、ちゅ、と後頭部に口付けられ、イザベルは飲んでいたお茶を思い切り吹き出した。


「何をするんだ、このへんた……」


 振り向いて怒鳴るが、マクシミリアンは既に転移したようで、跡形もなく消え失せていた。


「今の見た!?」

「旦那様がこんなことをなさるなんて!」


 メイドたちが、きゃああ! と黄色い悲鳴をあげる中、イザベルは頭を抱えた。


 おかしい。マクシミリアンは絶対にこんなんじゃなかった。二十年間でいったいあの子に何が起こったんだ?


 

 朝食を食べ終えた後、イザベルはまた医者の健診を受けた。大きな健康被害はないが、身体は消耗している。しばらくはゆっくり休むように、と医者は彼女に告げた。


 屋敷の使用人たちは皆親切だった。健診を終えたイザベルは、メイドたちに自分の知らない二十年間のうちに起きたことを教えてもらう。


「ところで、マクシミリアンというのはどんな人間なんだろうか」


 今のマクシミリアンは、自分以外にはどう思われているのか。イザベルは探りを入れてみることにした。


「そりゃあもうご立派な方です。なんといってもサザーランドの英雄様ですから」


 メイドたちは熱く語ってくれる。


「マクシミリアン様のご活躍で、国内の魔物の被害は、最盛期の三分の一にまで減っているんですよ」

「騎士として働くだけでなく、魔界や裂け目の研究も独自で出資してなさっていて……」

「国中がマクシミリアン様には感謝しているんです」


 どうやら屋敷の使用人の大半は、魔物の被害によって行き場を失っていた人物で、それを拾ってくれたマクシミリアンに深い忠誠を感じているらしい。


「性格は社交的で明るくて、そして何よりお強くて」

「非の打ちどころがない完全無欠の騎士団長でいらっしゃいます」

「でも、まさかさっきのような情熱的な一面もあるなんて……!」


 情熱的……? ああ、様子がおかしいことをマイルドに言うとそうなるのか、とイザベルは理解する。


 私は悲しいよ、マックス。イザベルは心の中の小さなマックスに話しかける。昔はあんなにもかわいくて純粋な子だったのに。今ははっきり言って、歩くセンシティブじゃないか! 


 そもそも、自分のような女にちょっかいを出すなんて、いったいどういう了見なのだろう。自慢ではないが、これまで男性から恐怖心を向けられたことはあっても、好意を向けられたことは一度としてない。


 それを、愛してるだとか……。ああ、もうわけが分からない。


 悩んだ結果、イザベルは一つの結論にたどり着く。この二十年でマックスはぐれたんだ! そうに決まっている!


 外面はご立派な騎士団長で通しているが、真の姿は女たらしの遊び人。女はとりあえず全員口説いておく。はは、なんたって自分はイケメンでこの国の英雄なんだ。みんな自分に夢中に決まってる。この世は自分のものさ。なんて、そんな思想を抱いているのだ。


 想像の中の極悪マクシミリアンに、イザベルはわなないた。なんて悪い大人に成長してしまったんだろう。育て親として見過ごすことができない。マクシミリアンを教育しなおさなければ。彼が女泣かせのろくでなしと浮名を流すより先に。



「ただいま戻りました、イザベルさん」


 その日の夕方、何も知らないマクシミリアンはご機嫌で部屋にやってきた。


「お土産です。どうぞ受け取ってください」


 到着早々巨大な花束を渡され、イザベルは出鼻をくじかれる。


「流行りのお菓子も買ってきてみたんです。ほら、これとか美味しそうじゃありませんか」


 小箱からクッキーを取り指すと、マクシミリアンはイザベルの口にそれを運ぶ。ちょっとした食物も貴重だった魔界生活の名残で、イザベルは反射的にそれにかじりついた。


 イザベルがクッキーを咀嚼しているのを眺めていたマクシミリアンは、ふいに、ついてますよ、と口元の欠片をつまんで、自分の口の中にいれる。なんというか……相変わらずセンシティブだ! この子は王立騎士学校センシティブそんなものはないとかの出身なのか?


 そんな馬鹿げたことを考えていたイザベルは、はっと自分の目的を思い出す。


「君に大切な話がある。大人としての心構え的な話だ」


 大急ぎで真面目な表情を作り上げると、イザベルは二十年ぶりのお説教を開始した。


「ええと、つまり、私は遊び人の女たらしで、誰彼かまわずアタックする人間だと。イザベルさんの中ではそうなってるんですか」


 一通り話を聞き終えたマクシミリアンは、鳩が豆鉄砲を食らったみたいな表情をする。


「そうだ。君にはそのことを反省してほしいんだ。好きだーだとか、愛してるーだとか、そういうのは、この人と心に決めた相手にだけ言うものなんだぞ」


「だからイザベルさんに言ってるんじゃありませんか。心に決めた、愛する人に」


 マクシミリアンはそう言って、お得意の爽やかな笑みを浮かべる。


「だから、そういう冗談はよすんだ……!」


「イザベルさんはひどいです。私の心を疑うなんて。もしできるなら、私の心臓を抉り出して、そこに噓偽りの色がないことを見せたいくらいだ」


 心底悲しそうな表情で演劇じみた台詞を吐くマクシミリアン。こいつ、本業は騎士団長じゃなくて舞台俳優なんじゃないだろうか。


「証明になるかは分かりませんが、今からせめてイザベルさんの好きなところをあげさせてください。まず一つ目……」


 いったい何が始まったんだ? つらつらと語りだすマクシミリアンに、イザベルは口をぽかんとあける。さっきからノンストップでしゃべり続けて……どこかにカンニングペーパーでもあるのか? イザベルは部屋の中を目で探すが、そんなものはどこにも見当たらない。 


 私たちはお邪魔ですね、とメイドたちがにこにこして部屋を出て行く。しかし、お願いだから行かないでほしい。これは微笑ましく戯れる二人の図、なんかじゃなくて、様子のおかしいやつに絡まれて戸惑う図なのだ!


 結局、夕食の時間までマクシミリアンはイザベルを解放してくれなかった。彼がそれまでに挙げたイザベルの好きなところは、実に三百八十五個だった。


「もう分かったから。倫理観なしの遊び人だと勘違いしたのは悪かった。許してくれ」


 根負けしたイザベルはマクシミリアンに頭を下げる。


「本当にどうしてそんな勘違いができるんですか。あなたのことだけを追っていた私は、三十も近いのに未だに独身で、婚約者も恋人すらいたことがありませんよ。遊び人どころか、悲しい行き遅れ男じゃありませんか」


「そう……なのか? 私のせいなのか? だったらその、申し訳ない」


 イザベルはまた頭を下げる。


「そういうことでイザベルさん、責任をとって結婚してくれてもいいんじゃないかと思うんですけど」


 ちゃっかりするマクシミリアンに、

「それとこれは別だ」

と、イザベルは右手をすっと前に出した。


 どうやら、マクシミリアンは不良ではないらしい。軽い気持ちで誰にでも愛をささやくわけでなく、おまけに今まで女性関係もゼロということだ。ということは、プロポーズは本気で、本当に私のことをずっと好いていて……? 


「なんだか顔が赤いみたいですけど、もしかして私の気持ちが伝わりましたか?」


 すました顔で聞いてくるマクシミリアンに、

「うるさい……!」

と、イザベルは顔を覆った。

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