第十話 二十年も待ったんです、もう一時たりとも待ちませんよ
剣闘祭が始まった。一大行事がやってきた王都は、出店やら垂れ幕やらで彩られ、大きな盛り上がりを見せている。参加する騎士たちだけでなく、彼らの技を間近で見ることを楽しみにしている市民たちにとっても、この日は特別な一日なのだ。
剣闘祭は、まずは東西南北の会場に設置された四つのブロックでの勝ち残り戦が行われる。そこで残った四人から、さらに二人を選出し、最後に中央広場に設置された闘技場で優勝争いが繰り広げられるのだ。
イザベルが割り当てられたのは第一ブロックだった。まさか自分が出場しているとは思わなかったのだろう。騎士たちは地面に手をついて己の不運を嘆いていた。しかし、その後は騎士道精神にのっとって勇敢にかかってきたから、こちらとしても全力でぶっ潰させてもらった。
さて、次の試合までは時間がある。イザベルは休息を取りながら、周囲の噂に耳を傾ける。
「聞いたか? 第四に恐ろしく強いやつがいるって」
「ああ、第四ブロックの優勝者だろ?」
「だけどそいつ、仮面なんかつけてて、誰なのか分からないんだよ」
仮面の騎士……? イザベルは耳を傾ける。
「まあ、顔を隠すやつはざらにいるよな。初戦で負けた時恥ずかしいから、その保険で」
「でも、強くて隠すなんてどういう了見だ?」
第四ブロックの優勝者か。またなんとも面倒くさそうなのがいるらしい。自分は第一だからしばらくはぶつかることはない。もしぶつかるとしたら決勝か。イザベルは考える。
だが、だれが相手でも必ず勝つ。マクシミリアンにもそう約束したのだから。
そしてイザベルは見事に第二ブロック優勝者を撃破し、決勝へと進んだ。ぶつかるのは予想通り仮面の騎士。どんなやつなのか、顔を拝んでやる。
しかしーー
「うそ、だろ……」
決勝の闘技場に現れたのは、イザベルのよく知っている人物だった。すらりと高い背丈に、整った顔立ち。少しやせたせいか、騎士団の制服には少ししわがよっている。
「マックス、どうして……?」
「あれってマクシミリアン様じゃないか……?」
「英雄様相手だったのかよ。どうりで手足が出ないわけだ」
「でも、病気って話だろ?」
思いがけない出場者に、観客たちのどよめきも大きくなる。
「身体の方は大丈夫なのか? こんなことをして、もしも体調が悪化したら……。今すぐ帰って、そして寝てなきだめだ。今すぐこの決勝を中止してもらって……。そもそもなんでこんなことをするんだ!?」
うろたえるイザベルだが、
「イザベルさんと戦うにはこうするしかないでしょう? こんな大きな大会の、それも決勝戦。ここで試合を放棄して私を辱めるなんて、そんなひどいことをきっとあなたはできないから」
と、マクシミリアンは落ち着いた様子だ。
「私と戦う? どうしてそんな」
「二十年前にした話を覚えていますか。もしも結婚を申し込まれたらどうするか。私がそう聞いたら、あなたは自分と戦って勝てばそれを受け入れると、そう言ったんです」
思い出した。涙をぼろぼろこぼすマクシミリアンに、自分はそう笑い飛ばしたのだった。自分に勝てるやつなんていないと豪語して。
「イザベルさんはとっても優しい人です。二十年前、ボロ雑巾も同然だった私をあなたは拾ってくれた。かわいそうな私に同情してくれたから。きっと今だって、かわいそうな病気の私が頼めば、結婚してずっとそばにいてくれる。私はそんな優しいイザベルさんが大好きで、だけどその優しさにすがるしかない弱い自分が大嫌いです」
マクシミリアンは剣を抜く。その時の彼は覚悟を決めた大人の男の顔をしていた。
「私はあなたがほしい。義務感や同情であなたを縛り付けるんじゃなくて、正当な手段であなたを私のものにしたい。だからあなたに勝って……そしてあなたを手に入れる」
イザベルは理解した。これは信念の戦いなのだ。
「本気で相手しよう。子供だからってもう手加減しないからな」
イザベルも剣を抜く。
「だから、子供じゃないですって」
瞬間、鋭い突きがマクシミリアンから放たれる。イザベルはひょいとそれをかわし、すかさず反撃に打って出た。
「マクシミリアン様は当代最強だろ。それに勝てるやつがいるわけない」
「騎士団長代理のことを知らないのか? 二十年前、魔物どころかサザーランド国民にすら恐れられたイザベル・レイモンドその人だぞ」
観客たちは手に汗握って試合に熱中する。
やがてマクシミリアンの顔に苦し気な表情が浮かぶ。今だって本調子ではないのだ。それを奮い立たせ、ここまでやってきて……。だが、情けはかけない。それはこれまでの彼の努力に対する一番の侮辱だからだ。
イザベルの強さの要因は、その圧倒的なスピードだ。小柄ならではの機動力をいかし、相手に反撃の機会を与えないまま一気に追い詰める。
「私の勝ちだ、マクシミリアン」
倒れたマクシミリアンに剣を向けるイザベル。しかしそのすきをついて足をはらわれ、大きくよろける。
そこからマクシミリアンの反撃が始まった。態勢を崩したイザベルに、さらに重い一撃が襲い掛かる。
剣を交わすことは、どんな言葉よりも鮮明に相手と語らう手段である。相手がどれだけ努力したのか。その傷も、痛みさえも刃を通して流れ込んでくる。今こうしてマクシミリアンと対等に剣をぶつけ合いながら、今までで一番彼を近くに感じていた。
ああ、本当に……。本当に大人になったんだ。
カン! という鮮やかな音を立て、イザベルの剣は上空に弾き飛ばされる。その手を離れた剣は、場外の地面に突き刺さった。反撃の余地はもうない。
「私の勝ちです、イザベルさん」
心臓に刃が向けられる。負け、た……。イザベルは両手を上げ、空を仰ぐ。空は透き通るように青かった。
「二十年も待ったんです、もう一時たりとも待ちませんよ。今すぐここで私の愛を受け取ってください」
マクシミリアンは剣を捨て、イザベルの手を取って迫ってくる。
「愛しています。私と結婚してください、イザベルさん」
最初にプロポーズされた時と同じ、騎士が忠誠を誓うポーズ。あの時より身体は細くなっているのに、透き通った色をした瞳はむしろ何倍にも強く光を放っている。
「分かった。君の申し入れを受けよう」
イザベルは降参した。
「長い間待たせてしまってすまなかった。これからは待たせた分だけ、絶対に君のことを幸せにしてみせ……」
だが、言い終わる前にイザベルの唇はマクシミリアンによってふさがれていた。え、何が起きた? ああ、口づけられたのか……。って、いやいやいやいや!? 何をさらしているんだ、こんなところで! イザベルの頭の中では火山が五回ほど噴火して、台風が三回襲来して、おまけに地割れが七回起きるなど、とにかく完膚なきまでにいろんなものが打ちのめされて大変な状態になっていた。
そんなイザベルのことなどお構いなしに、観衆たちの間からはどっと歓声が上がり、闘技場に決闘の勝利者に捧げる大量の花が投げ込まれる。おめでとうございます、と誰もが騎士団長の長年の思いの成就を祝っていた。英雄様は人気者だから、こういう時に味方がいっぱいいるのだと、イザベルは諦念にも似た感情を抱く。
それにしても、本当にマクシミリアンはどうかしている。結婚をかけて決闘なんて、そんな冗談を本気でやってきて。おまけに大衆の面前で公開プロポーズして。ついにはこんなタイミングでファーストキスをぶち込んできた。
この人間は倫理観とか羞恥心とかをどこに置いてきたんだろう。育てたやつの顔を見てやりたい。どうせそいつもおかしなやつに決まってるのだ。
でもーー。イザベルは思う。今日はその育て親とやらに感謝するとしよう。なぜなら、今の自分の幸せはその人物によって成り立っているのだから。
マクシミリアンの腕の中で、イザベルは普通の幸せ、なんかじゃない。最高の幸せをかみしめていた。
*
ここから先は後日談になる。
剣闘祭の後、マクシミリアンは騎士団長として復帰した。と言っても、以前のような働き方に戻ったわけではない。代理を降りたイザベルが補佐官として、その手足となって働いているおかげで、業務負担はかなり軽減した。付け加え、社交界に顔を出す機会がぐっと減ったのだが、それに関しては、あの人は奥方殿にぞっこんだから、と全員から暗黙の了解を手に入れている。
王女ティオレーはしばらくして摂政に就任した。そして以前からマクシミリアンが構想していた、魔力の波を観測するネットワークの整備に取り掛かった。これによって裂け目の出現は予測可能になる。現時点で整備状況はまだ一部の地域に限られているため、サザーランドはこれを国中に広げていくことを当面の目標に設定している。
それと同時に、既に生息している魔物についても討伐が進んでいる。大規模な生息地は一掃されつつあり、魔物の数は確実にゼロに近づいている。
さて、やがてサザーランドは二大騎士団長体制に移行することになる。実のところ、こうなるまでに二人は騎士団長の座を巡ってひと悶着を起こしているのだが、その話について今回語ることはやめるとしよう。代わりに、サザーランドでの二人の評判を少々。
イザベルに関しては、一見冷酷で厳しく見えるけど、実際は優しい人物で、なんやかんや甘いところが多い、と評判である。彼女によって行われる地獄の演習に耐えると、ご褒美にアイスをおごってくれるという噂もある。彼女曰く、アイスは老若男女誰もが好む至高の嗜好品であるらしい。
マクシミリアンに関しては、一見そつのない人物に見えるが、妻に対して恐ろしく激重であり、その愛情が故に時おり様子がおかしい、という情報が共有されている。またある筋の情報では、王立騎士学校センシティブ科を主席で卒業したとされているが、センシティブ科というのは存在しないため、この点についてはなお議論が続いている。
しかし一方の二人の仲について、公に語る者は少ない。というのも、様子のおかしいマクシミリアンに振り回されながら、なんやかんやイザベルがでれでれしている様子は、サザーランドにおいて恒常的に観察されており、ああ、はいはい、いつものがまた始まったよ、と生温かい目で見守るのが正解、と不文律が定着してしまったのだ。
久しぶりの投稿で緊張しましたが、無事に完結することができ良かったです! 執筆のきっかけをくださった読者の方に、この場を借りてお礼申し上げます。本当にありがとうございました!




