第一話 だから私が面倒を見るんです
愛が重い系ヒーローに挑戦しました。
「まったく、余計な仕事を増やしてくれたな」
イザベルはそう吐き捨て、目の前で縛られている男の隣の壁をける。
男は違法で魔物の研究をしていた犯人だ。魔物を飼育し、そこから毒や武器を秘密裏に制作、裏社会でそれらを密売していた。それが明るみに出た結果、イザベル率いる王国騎士団第七師団がたった今現場である研究所を取り押さえたのだ。
それにしても派手にやったものだ。イザベルに付き添っていた団員、アドルフは周囲の惨状にため息をつく。
研究所内で飼育されていた魔物たちは、イザベルによって大方切り捨てられている。部屋に充満する血と臓物の匂いに、アドルフは小さく顔をしかめた。
「遅いぞ、君たち。あの程度に手こずるなど、騎士としての名折れだとは思わないのか」
遅れて駆け付けた団員たちに、イザベルは苛立ちをにじませる。彼らはそれぞれが別の入り口から突入をしているのだが、研究所内の番として放たれていた魔物によってなかなか内部まで進めずにいた。結果として、制圧はイザベル、そしてアドルフの手によって大方済んでいる。
「まだ魔物が残っているかもしれない。飼育されている個体を見つけ、そして殺せ。いいか、一匹残らずだ」
彼女の命令に、部下たちはあっという間に研究所の中に散っていく。魔物などよりよっぽど団長の方が怖いと見える。
実力だけは相当なんだがな……。返り血にまみれたイザベルを眺めながら、アドルフは頭をかく。今年新しく任命された年下の団長殿は、どうも人間性の部分に問題がある。
女性らしく小柄で、髪の毛もかわいらしいピンクブロンド。やりようによっては、いくらでも普通の幸せを謳歌していそうではある。しかし、この人は魔物殺しに取りつかれてしまっている。こういうタイプは死に急ぎやすいんだよな、とアドルフは老兵らしい推測をする。
その時だ。部屋の隅で何かが動いた。魔物……ではない。
「人間……。子供か?」
イザベルが目を向けると、子供はひっと悲鳴を漏らし、角の奥へ奥へと潜り込もうとする。身なりはボロ雑巾のように汚れ、やせ細り、身体のあちこちには傷跡があり、どのような扱いを受けているかは一目で理解できた。
「この子供はどうした」
イザベルは低い声で研究者に聞く。
「人間の身体が必要だったんだよ。どれくらい魔物の毒を打てば、一時的に視力を奪えるか、手足を麻痺させられるか、実験するためのな。子供ってのはいい。かわいそうなくらいか弱くて、ただ奪われるだけ……」
「汚い口を二度と開くな」
悪びれることなく語る研究者の口の中に、イザベルは足を突っ込んで黙らせた。その後、子供のもとへ向かう彼女に、アドルフはやや身構える。団長殿のことだ。ここで殺した方がこの子のためになる、と言って切り捨てるつもりじゃないだろうか。
しかし、イザベルは地面に膝をつくと、子供をその手に抱いて立ち上がった。
「アドルフさん、ここの後処理は任せます。私は先に戻りますので」
そう言って階段を登るイザベルに、
「その子供はどうするんだ? 孤児院はきっと引き取らないぞ」
と、アドルフは声を張る。
孤児院というのも現金なもので、引き取り手のつきそうな「ちゃんとした」子供しか受け入れない。犯罪組織の実験体といういわくつき、おまけにこうも弱っている状態では、孤児院は受け入れを拒否するはずだ。
「そんなことは知っています」
イザベルは振り向かずに答える。
「だから私が面倒を見るんです」
ちょっとした同情。きっかけはそれだけだった。
*
サザーランド王国は大陸南に位置する豊かな国だ。しかし、その平和に陰りを落とす存在がある。魔物――通常は魔界に生息しているその生き物たちは、突如現れる時空の裂け目から溢れ、サザーランド国民に重篤な被害を与えている。おまけに魔物たちの生命力は強く、外来種でありながら我が物顔でサザーランドの土地に広がっている。
それに対処すべく設立されたのが王国騎士団。魔物との戦闘に特化した騎士たちは、王国を守る剣であり盾だった。
「とにかく甘いというしかない。切ったつもり、ではなく確実に切る。一撃一撃を仕留めるつもりで入れるという、その覚悟が君たちには欠けている」
王国騎士団第七師団本部。たった今討伐から戻ったイザベルは、討伐に同伴した新入り騎士をしかっていた。
イザベル・レイモンドは、二年前から第七師団の師団長を務めている。二十一歳という若さ、おまけに女でありながら団長まで上り詰めた彼女は相当の実力者で、今年の剣闘祭では見事優勝を勝ち取った。そんな彼女は、自他共に厳しい性格と、戦場での圧倒的戦いぶりから恐れられている。
「魔物は一瞬の油断をついてくる。命が惜しいならもっと鍛錬に励め」
イザベルの低い声に、新人たちはしゅんとする。
「ほら、もういいだろう。仕事モードは終わりだ」
そう言って手をたたくのは副団長のアドルフ・ブレアム。元団長で、年齢を理由に団長の座をイザベルに譲ってからは、調整役として第七師団を支えている。
「イザベル、お前にお客さんだ」
アドルフが親指で指す方向を見ればーー
「お帰りなさい、イザベルさん!」
建物の入り口に座っていた少年が、ぱたぱたとこちらに駆け寄ってくる。
「マックス!」
イザベルは馬から飛び降り、走ってきた少年を抱きとめた。
「無事に帰ってきてくれて本当に良かった。けがとかしてませんか? 僕、心配してたんです」
見上げてくる少年に、
「ありがとう。おかげさまでぴんぴんしてるよ」
と、イザベルは表情を緩める。
「団長が、笑った……?」
「噓だろ……」
その光景に、新入り騎士たちは目を見開いた後、
「「いや、そもそも団長、お子さんがいたんですか!?」」
と、口をそろえた。
「マクシミリアンは拾った子だよ。一年と少し前くらいになるかな」
イザベルはそう言いながら、マクシミリアンの頭をなでる。
「ああ、道理で……! 団長に似ずかわいいと思いました」
思わず漏らした一人は、しまった、と口をふさぐが、
「そうだよ。マックスは世界一かわいいんだ。将来は舞台俳優になるかもなあ」
と、イザベルはにっこにこで答えてくる
あ、怒らないんだ、ということ。そして、この人、典型的な親バカなんだ、ということに、新人たちは再度衝撃を受ける。
「そうなんですね。よろしくな、マクシミリアン君」
新人の一人が頭を撫でると、
「僕、イザベルさん以外にそうされても嬉しくないです」
と、マクシミリアンは途端にすんとした表情になる。
「え、このちびっ子感じ悪くない?」
「すまないな。マックスは人見知りなんだ」
と、イザベル。
「人見知りっていうんですか……これ? もっと違う名前の何かだと思うんですけど」
新人は言う。
「で、イザベル、この後はどうする? もはや伝統になってる地獄の演習でもやるのか?」
と、アドルフが場を仕切りなおす。
地獄の演習――討伐帰りに行われるイザベルによるマンツーマン指導。その過酷さから、第七師団に配属された者たちを恐怖に陥れている。
「いいよ、今日はもう帰って」
しかし、イザベルは爽やかに言い放つ。
「君たちにも家族や恋人なんかがいるんだろ。初仕事で心配してるだろうから、顔を見せに行ってやるといい。ついでに団員全員、今日は早めの仕事終わりにしよう」
途端、騎士たちの口から、うおおお! という歓喜の叫びが漏れ、あっという間に師団本部は空になった。
「この機動力が実践で生きればいいんだがなあ」
ふっと口元をほころばせるイザベルに、
「お前も随分丸くなったよなあ。昔はもっととげとげしかったぞ」
と、アドルフがくくっと喉を鳴らして笑う。
二年前まで、イザベルが笑ったところを見たことがない、というのが騎士団内部での言説だった。魔物よりも恐れられていた団長殿が、今や笑顔で子供を撫でているのだから、人間とは変わるものだ。
「マックスがきてくれて良かったよ。魔物を殺すことだけに取りつかれてたお前が、それ以外の生きがいを手に入れたみたいで。戦いだけの人生は虚しいからな」
目を細めるアドルフに、
「しんみりしたのはいいですよ。アドルフさんがそういう顔をする時は、たいていろくでもない提案があるんでしょう?」
と、イザベルは肩をすくめてみせる。
「ろくでもないは余計だが、提案についてはその通りだ。この勢いで普通の幸せを丸ごと手に入れてもいいんじゃないか。お前もいい年だし、試しに結婚でもしてみたら……」
「あの、そういう変なこと言うのはやめてください」
アドルフを遮ったのは、むくれた表情のマクシミリアンだった。
「イザベルさんは僕と街に行く約束があるので。今日はもうさようならです」
「はは、マックスを怒らせたみたいだ。分かったよ。お前のイザベルを取って悪かったな」
けらけら笑うアドルフを残し、イザベルはマクシミリアンに引っ張られる形で本部を後にすることとなった。




