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第6話 魔女流の晩餐

「はーっ、楽しかったーっ!」

「お風呂から出てきた時の感想じゃない……まあ、分かるけど」



湯煙を纏いながら三人の少女は誰もいない廊下を歩いていた。

窓の外で傾いていた日はとうに落ち、眠るにはまだ早い時間を、都市の夜景は活き活きと楽しんでいる。

三人は用意された服に着替え、髪も魔女直々に結ってもらい、普段とは見違える格好になっている。

サンダルでぺたぺたと並んで歩く最中、聖女は深刻な顔で呟いた。



「……どうしましょう」

「どしたの聖女様」

「忘れ物でもした?そしたらケイがちゃっと行ってちゃっと取って来るけど」

「なんでよ。まあいいけど」

「わ、忘れ物ではなく……」



聖女は顔を上げる。

その表情は、湯上りとは思えないほどに青ざめていた。



「お風呂場で遊んでしまいました……教主様に怒られます……」


「…………あー」

「思ったより大したことなくてよかったか」

「よ、よくありませんよ!?」

「まあまあ聖女様。冷静に考えてみ。魔女様が遊ぼうって言ってきたみたいなもんだから、あたしたちは真面目にお風呂入ろうとしてたから」

「最初に石鹸ぶっかけてきたのも妖精のいたずらだったし、滑って転ぶとかしなかったから大丈夫でしょ」

「あんたは一回転んだでしょ」

「なにおう」



睨み合う二人の間を、ふわりと光の球が通り過ぎる。

浴室でも大量に見かけたそれは、魔女曰く妖精とのことだった。

物語の挿絵のように蝶の羽はついてないが、悪戯好きなところはまさにというところである。

やって来たその妖精は三人の前で止まり、その場でゆらゆらと動き始めた。



『お城を歩いてたら見かけると思うけど、貴女達にはいたずらしないように言ってあるから安心してね♪』

「なんて言ってたけど、本当に大丈夫かね」

「でもあれなんか揺れてるし、付いて来いって言ってるみたい」

「それでまた地の底とか連れて行かれたらとか考えちゃうなー……」

「魔女様にもらった地図だとよく分かんないし、一応ついていってみる?」

「私は構いません。モーラさんは……」

「……はいはい行くよ」



8の字を描いて滞空していた妖精が、三人が付いてくると見るや勢いよく通路の角まで飛んでいく。

少女らが追い付くのを待ってまた通路の角で……というのを繰り返し、妖精は彼女らをどこかへ案内していく。

階段を上り、下り、だんだんと通路の灯りが減っていき、やがて妖精の放つ光以外はほとんど見えなくなる。

お互いの姿も怪しくなり、三人は手を繋いで妖精の後を追う。

追う以外の道はとっくに分からなくなっていた。



「どうすんのよこのバカケイ……!」

「い、いやいや……あたし達魔女様の関係者だし……そんなひどいことにはならないって……」

「聖女様とか怖がりすぎてさっきから一言も喋ってないでしょ!」

「うわほんとだ手汗すっご」

「デリカシー!」


「……騒がしいと思ったら、何をしている」



突如廊下がぱっと明るくなり、聞き慣れた低い声が響く。

眩んだ視界を徐々にならしていくと、ぼんやりと教主の巨体が見えてくる。

普段と同じ白い色の服、だがそのシルエットはローブのように膨らんだものではない。

比較的真っすぐなシルエット、頭にも白いものを身に着け、どこからともなく良い香りも漂わせている。



「教主様、そのご恰好は……?」



三人の少女は様変わりした教主を目の当たりにし、ぽかんと口を開けていた。

エプロンに身を包み、シェフの帽子をかぶったその姿に。



「料理をしておりました。ここはキッチンですので」

「あっ、はい」

「だいたい、案内された晩餐会場は上の階層では?どうして三人してこんなところまで……」

「妖精さんに案内されたのですが……」

「……」



教主の視線が冷たく聖女の背後へ突き刺さる。

目が合わないように顔を背けて冷や汗をかく姿に彼は大きくため息を吐き、エプロンを結っている紐を解いた。



「案内しましょう。二人も、不問にするから付いてきなさい」

「はーい……」

「ごめんなさーい……」

「あの、お料理の途中だったのではないのですか?」

「問題ありません。さあ、こちらへ」



先導する教主に続いて、三人が元来た道を戻っていく。

妖精はその最後で楽しそうに飛び回っていたかと思うと、またどこかへふらふらと飛んでいく。

やがて廊下の灯りは消え、外から賑わう声と光が差し込むだけとなった。



=====================================



「わぁっ……!」



晩餐会場の扉を開けるとすぐ、食欲をそそる香りが存分に漂ってくる。

中央には大きな円卓が5人分の席と共に据えられており、その周囲の長机にはテーブルクロスをかけられている。

その上には色とりどりの料理が並び、その全てが湯気を立てて芳香を目に見えて湧き上がらせる。

その席の一つに座っていた魔女は、教主らの姿を認めると驚いたように立ち上がった。



「あらあら、道に迷っちゃった?」

「妖精に誑かされたそうです」

「まあ、あとで叱っておかなくちゃ」

「すみません。うちのケイが……」

「あたしに全部押し付けないでよ……」



頭を下げさせられる二人を他所に、聖女は机に並ぶ料理の数々から目を離せない。

質素な食生活をしていたつもりはなかったとはいえ、目の前に広がるラインナップは"豪華"と称するほかないだろう。

一品一品が輝いて見え、こうしている間にも冷めてしまうのがもったいないと思えてしまう。



「とにかく、早くご飯にしましょ♪あなたもそれでいいわよね?」

「まあ、いいでしょう。あとは焼くだけなので」



四人が席につくと、魔女が一品一品手づから取り分け、円卓に並べていく。

最初はサラダ、スープ、そして小さめのパン。

盛られたサラダは玉となった水滴をまとい、器から溢れそうになるほど力強く葉を伸ばしている。

スープには黄金色に卵が浮かび、きらきらと湯面が輝いていた。

パンは掌サイズのものが山のように盛られ、傍には白いクリームが添えられている。

子供たちは全員料理に釘付けで体が前に傾き、いつ涎が垂れてもおかしくない。



「じゃあ、いただきましょう!」

「わーい!いっただっきまーす!」



各自食前の祈りを捧げ、思い思いに料理に向き合う。

むしったパンの断面にクリームをたっぷりと塗ってかぶりつけば、しっとりとした柔らかさに甘いクリームチーズが絡んで喉の奥へ弾むように溶けていく。

吐息で冷ましながらもすくったスープを啜る手が止まらない。豊かな風味に強い旨味、そしてふわふわの卵がアクセントとなり、これ単品でもディナーとして成立する満足感がある。

そして、サラダ。ぱりっとした葉と果実を含んだ聖女は驚いて、隣の教主の袖を何度も引っ張る。



「教主様、教主様!」

「どうかなさいましたか」

「これ、これ、リンゴです!リンゴが入っています!」

「フルーツサラダですね。何か問題でも?」

「あら、もしかしてリンゴ嫌いだった?」

「あれ……?でも、リンゴはおやつで……えっ……?」



爽やかな甘味と酸味に、オイルベースのドレッシングがほどよく塩気を利かせている。

リーフレタスやラディッシュを和えた多様な歯触りは食事の楽しみを彩り、野菜が苦手な傾向にある子供らももりもりとそのフォークを進めている。

聖女も常識の違いに混乱しながらも、口に運べる幸福に抗うことはできないようで、小さい頬一杯に野菜と果物を詰め込んでいく。



「そういえば、フルーツサラダはあまりこちらで出したことはありませんでした」

「そうなの?おいしいし栄養もたっぷりなのに」

「献立に検討してもいいかもしれませんね」

「んぐっ……本当ですか!」

「え、ええ……はい、検討します」



前菜類はあっという間に空になり、魔女が手際よく皿を片付けて次の料理を盛り始めた。

その様子を眺めていると、ふと彼女らは思うことがあったようだ。



「ねえ教主様。なんで魔女様は魔法を使わないの?」

「入浴の時に存分に使っていたと聞いているが」

「そうじゃなくて、今の話」

「ああ……それは……」


「「料理はまごころ」」


「よね♪」

「……との、ことだ」

「魔法ってまごころ無いの?」

「そうじゃないけど……手料理、って言うじゃない」

「そりゃ言うけど……えっ、まさかこれ全部?」

「当たり♪さ、次が来たわよ~」



魔女が持ってきたのは円卓を半分ほど埋め尽くす銀の大皿と竹製の円筒状の容器。

妖精がそっと降ろしたそれの蓋を取ると、蒸気と共に香ばしい香りが部屋いっぱいに広がっていく。

銀の皿の中に褐色のスープベースが満たされ、中に具材がごろごろと転がっている。

丈の容器は階層立てになっており、その中には半透明な皮で包まれた桃色の何かが大量に並んでいた。



「相変わらず節操がありませんね」

「食べさせたいものを考えてたらこうなっちゃったの!さ、召し上がれ♪」

「ど……どう食べれば……」

「これ何?なんか中身透けてるけど……」

「いい匂いですが……これは……」

「あら~?」



初めて見る料理に、子供たちは面食らって手を伸ばすことができない。

味も触感も想像できずまごつく様子を見かねて、教主が少量を聖女の皿へ取り分けた。



「とりあえず、蝦餃子(シャージャオズ)から食べてみましょうか。フォークで刺して、齧ってみてください」

「わ、分かりました!あーん……」



未熟な歯が弾力のある皮に食い込み、引き裂く。

次の瞬間、パリッと音がして弾けるように蝦餃子は二つに割れ、片方が聖女の口の中へ消えていった。

一回、二回、最初は恐る恐るだった咀嚼も、回数を増すごとに目の輝きと共に勢いづく。



「教主様!これっ、おいしいです!」

「ほ、本当?中身なんだった……?」

「柔らかいのに柔らかくなくて……でも固くなくて……これは……」

「エビですね。水中に棲む魚介類の一種です」

「うおすっご、もちもちのぱりぱりだこれ」

「あ、あたしも食べる……!」



エビ特有の弾力と歯切れの良さを組み合わせた表現は"ぷりぷり"と称すことが多いが、食べたことのない彼女らにそれを知る由は無く、知る必要もない。

あるのはただ圧倒的な触感、口の中で弾け、奏で、響く楽しさだけ。

塩と胡椒、少量のひき肉で固めたタネからは複合された旨味があふれ出し、未開の世界へと誘っていく。

あっという間に一段二段と無くなっていく蝦餃子に、魔女は笑顔が絶えない。



「気に入ってくれて嬉しいわ♪やっぱり子供にはエビよね」

「否定はしません。養殖の低コスト化がネックではありますが」

「淡水じゃ限界に近いのよね……ままならないわ~……」

「ね、ねえ!こっちはどうしたらいいですか!」

「スープと同じよ。でもこっちは具がメインだから、それを楽しんでくれると嬉しいわ」



大きなスプーンに乗って運ばれてくるのは、塊のまま煮られた肉。

深皿の中央で存在感を放つそれは、確実に美味いと確信させるだけの説得力がある。

しかし真に注目すべきはそれが纏うスープベースの方だろう。

他の料理とは段違いの香り高さを持つ褐色のスープは、対面しているだけで口内が自然と潤っていく。

フォークを入れると抵抗なく刃が通り、小さくなった塊が少女らの閉じた舌へと迎えられていく。



「美味っ……なにこれ、何のスープ!?」

鶏とバター(ムルグマカニ)香辛料煮込み(カリー)よ♪ナッツペーストでとろみを付けてるのがポイントなの」

「この香りはなんでしょう……とってもお腹の空くような香りです……」

「シナモンナツメグクローブのガラムマサラに、生姜大蒜胡椒、クミン……などなどなどって感じ。とにかくいっぱい使っていっぱい煮込めば美味しくなるのよ!」

「ほとんどラミアルスでしか栽培していないので馴染みは薄いでしょうね」

「よく分かんないけどいいや、おかわり!」



バターで辛みを抑えたまろやかなスープには鶏の旨味が溶け込み、それだけでも主菜クラスと言える。

だがほろほろと崩れるまで煮込まれた鶏肉がもたらす満足感は格別で、少女らの空腹の残りをみるみるうちに満たしていく。

香辛料の食欲増進効果も重ねて、あっという間に大皿も平らげ、晩餐のメインは終了した。



「美味しかった……」

「もう食べられない……」

「お腹いっぱいです……」

「では、魔女殿。そろそろ……」

「ああ、もう準備させているわ。焼くだけだったんでしょ?」

「恐れ入ります」

「まだ何か来るの……?」

「フルコースの最後といったら、デザートでしょ♪」



甘味(デザート)

全ての少年少女の心を昂らせる文字通り甘美な言葉。

しかし、既に満腹の彼女らに取ってはあまり響かなかったようで、反応は芳しくない。



「今は何来ても無理かも……」

「すみません。私も……」

「ならしょうがないわね。教主(この子)が作った激レアのケーキだったのだけど」

「教主様の作ったお菓子!?」



教主が料理をすることは珍しくはない。

聖女の献立は基本的に彼が管理し、栄養状態や体調、気分を元に適切なメニューを毎日提供している。

しかし、それによって菓子類が作られることは非常に稀である。

曰く『甘味類は果物で採るのが効率がよく、健康的です』ということである。

無論、彼の正確無比な計量と手際から成る製菓は絶品とされるが、健康志向の強い彼が聖女のためであっても進んで作ることは少なかった。

それこそ、聖女がその一言で晩餐会当初の目の輝きを取り戻すほどに。


扉が開いて、ふわふわと妖精らがクロッシュ付きの皿を運んでくる。

片付けられた円卓の中央にそれが乗せられ、開かれる。

中から現れたのは、こんがりと焼けた黄色のケーキだった。



「チーズケーキですね!」

希少(レア)だけど(レア)じゃない、ベイクドチーズケーキよ♪」

「うう……いい匂い」

「ちょっとだけでもいいから食べて見ましょ、ね?」

「また太る……くそう……」



ひっくり返っていた少女らが起き上がり、手のひらサイズに切り分けたケーキへとフォークを伸ばす。

口当たりは滑らかで、甘すぎることなく牛乳そのものの爽やかさを活かした素材に、香ばしいカラメルが後を引く。

お共に添えられたハーブティーは口の中の甘さを拭い去り、また新鮮な気持ちで甘味と向き合うことができる。



「そういえば、他の人たちってどうしてるんだろ」

「他?」

「うん。騎士のみんな。あたしだけこっち来ちゃったけど、よかったのかな?」

「ああ……それはね……」



魔女の口ぶりは、珍しく暗い。

その様子を見て、代わりに教主が話を切り出した。



「騎士団は下でバーベキューだ。合同で焚火を囲み、牛や豚を丸ごと焼いて分け合っている」

「なにそれむっちゃ楽しそう」

「魔女様はあんまり楽しそうじゃないですけど……」

「だって、だってよ!?わたくしが一所懸命に趣向を凝らして作ったお料理より、みんな雑にスパイスをかけただけの丸焼きであんなに盛り上がっちゃうのよ!?」

「あー……なるほど……」



今晩の料理は、デザートを除いて全てが魔女の手作りだった。

どれも大量ながら丁寧に作られており、そこからも彼女の凝り性は見て取れる。

しかし、これだけ苦労して振舞われるフルコースよりも、男連中は焚火で肉を囲む方を選んでしまうのだ。



「もう伝統染みてきてるとはいえ、やっぱり寂しいわ……みんなありがとうね、お料理沢山食べてくれて」

「いえいえいえ!こちらこそこんなにいっぱい……」

教主(この子)もあんまり食べないもの。今日は作り甲斐があって楽しかったわ」

「教主様……」

「老体に無茶を言わないでください」



取り分けたピースは無くなったが、それ以上誰もおかわりを望むことは無かった。

晩餐会もお開きとなり、少女たちはしっかり言い含められた妖精に案内され、寝室へと戻っていく。

後片付けも済み、さっきまで晩餐が行われていたとは思えないほどきれいに片付いた部屋の中、二人の視線が交わった。



「じゃあ、テラスで待ってるわね」

「はい」



魔女は、先に会場を後にする。

教主は一人円卓に残り、残しておいたハーブティーを口に含んだ。


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