表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒衣の孤影  作者: 双鶴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

87/156

第87話 残火

 関ヶ原の戦が終わった翌日、

 私は京へ向かっていた。


 街道には、

 戦の匂いがまだ残っている。


 折れた槍、

 焦げた草、

 逃げ惑った兵の足跡。


 だが──

 京はまだ何も知らない。


 私は馬を進め、

 夕刻、京の町へ入った。


 町は静かだった。

 だが、その静けさは“平穏”ではない。


 人々は落ち着かず、

 噂だけが風のように流れている。


「西軍が勝ったらしい」

「いや、徳川が押していると聞いた」

「三成が大坂へ戻ったとか……」


 ──誰も真実を知らない。


 私は町を抜け、

 豊臣家の本拠・伏見へ向かった。


 伏見城は、

 夕陽に照らされて赤く染まっていた。


 その赤は、

 まるで“残り火”のようだった。


 城門の前で、

 豊臣家の家臣が私を見つけて駆け寄った。


「天海様……!

 関ヶ原は……どうなったのですか!」


 私は静かに答えた。


「戦は……終わりました」


 家臣の顔が強張った。


「勝ったのは……

 どちらなのです……」


「徳川です」


 その瞬間、

 家臣の肩が落ちた。


「……では……

 豊臣は……」


「まだ終わってはいません」


 私は伏見城へ入り、

 奥へ進んだ。


 そこには、

 豊臣家の重臣たちが集まっていた。


 皆、顔色が悪い。

 誰も口を開かない。


 その中心に、

 秀頼の乳母・大蔵卿局がいた。


 彼女は私を見ると、

 すぐに近づいてきた。


「天海殿……

 関ヶ原は……」


「徳川の勝利です」


 大蔵卿局は目を閉じた。


「……そうですか」


 その声には、

 恐れも怒りもなかった。


 ただ、

 “覚悟”だけがあった。


「秀頼様は……

 どうなるのでしょう」


「家康殿は、

 秀頼様をすぐには討ちません」


「なぜです」


「豊臣の名は、

 まだ“時代の象徴”だからです」


 大蔵卿局は息を呑んだ。


「……では、

 まだ……生き残れるのですか」


「はい。

 ただし──

 “残り火”としてです」


 私は伏見城の天守へ向かった。


 夕陽が差し込み、

 城の壁が赤く染まっている。


 その赤は、

 まるで燃え尽きる寸前の炎のようだった。


 私は天守から京の町を見下ろした。


 人々は動き、

 灯りがともり、

 夜が始まろうとしている。


 だが──

 その下で、

 時代が静かに変わろうとしていた。


「……豊臣の時代は、

 まだ消えてはいない」


 私は呟いた。


「だが、

 “江戸の時代”が動き始めている」


 その時、

 背後から声がした。


「天海殿」


 振り返ると、

 片桐且元が立っていた。


 豊臣家の柱の一人。

 だが、その顔には深い影があった。


「家康殿は……

 我らをどう扱うつもりなのです」


「利用します。

 そして、

 いずれ切り捨てます」


 且元は息を呑んだ。


「……では、

 我らは……」


「“残り火”です。

 燃え尽きるまで、

 まだ少し時間がある」


 私は天守を降り、

 伏見城を後にした。


 夜の京は静かだった。

 だが、その静けさの奥で──

 確かに“時代の胎動”が響いていた。


「……次は、大坂だ」


 私は馬に乗り、

 闇の中へ進んだ。


 豊臣の残り火が、

 どれほど持つのかを確かめるために。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ