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黒衣の孤影  作者: 双鶴


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85/156

第85話 崩壊

 小早川秀秋の突撃が始まった瞬間、

 関ヶ原の霧は裂けた。


 南宮山から駆け下りる兵の波。

 その勢いは、

 まるで山そのものが崩れ落ちるかのようだった。


 ──西軍の側面が破られた。


 宇喜多秀家の兵が揺れ、

 三成の中央が崩れ、

 島左近の突撃が止まる。


 私は霧の中でその光景を見つめた。


「……これで、戦の天秤は傾いた」


 密偵が駆け寄ってきた。


「天海様!

 西軍の左翼、総崩れです!

 島左近が……倒れました!」


 私は目を閉じた。


 島左近──

 三成の“理想の刃”。


 その刃が折れたということは、

 西軍の心が折れたということだ。


 霧の向こうで、

 秀家の怒号が響く。


「踏みとどまれッ!

 まだ終わっておらぬ!」


 だが、

 兵たちの足は止まらない。


 秀秋の突撃は、

 西軍の背を完全に断ち切った。


 私は馬を進め、

 三成の本陣へ向かった。


 霧の中で、

 三成の旗が揺れている。


 その周囲には、

 疲れ切った兵たちが必死に防戦していた。


 私は三成の姿を探し、

 やがて見つけた。


 三成は馬上で、

 霧の向こうを見つめていた。


 その目は、

 絶望ではなく──

 “理解”だった。


「……天海殿」


 私に気づいた三成が、

 静かに声をかけた。


「秀秋殿が……動いたのだな」


「はい。

 時代が、動きました」


 三成は微かに笑った。


「時代……

 私は、時代に負けたのか」


「負けたのではありません。

 時代が、あなたを選ばなかっただけです」


 三成は空を見上げた。


 霧が流れ、

 光が差し込み、

 その向こうに、

 崩れゆく西軍の姿があった。


「……秀家殿は、まだ戦っているか」


「はい。

 ですが、孤軍です」


 三成は目を閉じた。


「秀家殿……

 すまぬ……」


 その声は震えていたが、

 涙はなかった。


 私は静かに言った。


「三成殿。

 あなたの理想は、

 ここで終わるわけではありません」


「……終わるとも。

 だが、

 “理想が敗れる瞬間”を見届けるのも、

 私の役目だ」


 その時、

 西軍の中央が完全に崩れた。


 兵が逃げ、

 旗が倒れ、

 叫び声が霧の中に消えていく。


 密偵が叫んだ。


「天海様!

 西軍、総崩れです!

 宇喜多秀家、退却を開始!」


 三成は馬を降り、

 地面に膝をついた。


「……これが、

 関ヶ原か」


 私は三成の横に立ち、

 静かに言った。


「三成殿。

 ここで死ぬおつもりですか」


 三成は首を振った。


「死ぬのは簡単だ。

 だが、私は……

 “敗北の責任”を取らねばならぬ」


 その声には、

 絶望ではなく、

 覚悟があった。


「天海殿。

 私は逃げる。

 だが、逃げるのは生きるためではない。

 “終わりを見届けるため”だ」


 私は頷いた。


「それが、

 あなたの選んだ道なのですね」


「そうだ。

 私は、秀吉様の理想を守れなかった。

 だが──

 その理想が完全に消える瞬間を、

 この目で見届ける」


 霧の向こうで、

 東軍の勝鬨が上がった。


 関ヶ原は、

 ついに終わった。


 三成は立ち上がり、

 馬に乗った。


「天海殿。

 あなたは……

 これからどうする」


「私は影です。

 時代の形を見届けるだけです」


 三成は微笑んだ。


「ならば……

 また会おう。

 時代の終わりの先で」


 その言葉を残し、

 三成は霧の中へ消えていった。


 私はその背中を見送り、

 空を見上げた。


 霧が晴れ、

 光が差し込み、

 その向こうに──

 “新しい時代”が見えた。


「……時代が、終わった」


 私は馬に乗り、

 関ヶ原を後にした。


 次は、

 家康のもとへ戻る番だ。


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