第77話 核
備前の空は、冬の曇りに覆われていた。
山陽道を東へ戻る途中、
私は宇喜多秀家の動きを確かめるため、
岡山城下へ向かった。
──西軍の核は、宇喜多秀家である。
三成が毛利を頼った以上、
実際に兵を動かせるのは秀家しかいない。
その秀家が、
“どちらへ傾くか”で戦の形は決まる。
城下に入ると、
町は異様なほど静かだった。
人々は皆、
城の方角を見つめている。
その時、
密偵が駆け寄ってきた。
「天海様……!
宇喜多家中が揺れています!」
「何があった」
「秀家様が、
三成殿の使者を受け入れたようです」
私は目を細めた。
「……ついに動くか」
城の外れにある寺へ向かうと、
そこに宇喜多秀家がいた。
若いが、
その目には強い意志が宿っている。
その前に、
三成の使者が跪いていた。
「秀家様……
三成殿は申されました。
“豊臣の理想を守るのは、
あなたしかいない”と」
秀家は静かに言った。
「……三成殿は、
毛利を頼ったのだな」
「はい。
しかし、毛利は兵を出しませぬ。
秀家様こそ、西国の柱でございます」
秀家は目を閉じた。
その表情には、
迷いと責任が混ざっていた。
私は一歩進み、
静かに声をかけた。
「秀家殿」
秀家は振り返り、
驚いたように私を見た。
「……天海殿。
なぜここに」
「あなたの決断が、
“戦の中心”となるからです」
秀家は息を呑んだ。
「……戦……
やはり避けられぬのか」
「避けられません。
三成殿は戦う気です。
家康殿も、戦を終わらせる気です」
秀家は拳を握りしめた。
「私は……
豊臣の恩を忘れてはおらぬ。
だが、徳川の力も知っている」
私は頷いた。
「あなたは、
“豊臣の最後の柱”です」
秀家の目が揺れた。
「……最後の柱……」
「三成殿は理想を守ろうとしています。
だが、理想だけでは戦えない。
戦えるのは──
あなたの兵だけです」
秀家は深く息を吐いた。
「天海殿。
私は……
豊臣のために戦うべきか」
「いいえ」
秀家は驚いた。
「……では、何のために」
「“あなた自身のため”です」
秀家の目が大きく開いた。
「あなたは、
秀吉殿下に育てられた。
だが、あなたの人生は秀吉殿下のものではない。
あなた自身の“武の誇り”で決めるべきです」
秀家は沈黙した。
その沈黙は、
迷いが決意へ変わる沈黙だった。
やがて、
秀家はゆっくりと口を開いた。
「……私は戦う。
豊臣のためではない。
秀吉殿下のためでもない。
“宇喜多秀家”として戦う」
私は静かに頷いた。
「それが、
あなたの答えなのですね」
「そうだ。
私は三成殿につく。
西国の兵をまとめ、
戦の核となる」
三成の使者は涙を流した。
「秀家様……!
これで西軍は……!」
私は空を見上げた。
冬の雲が流れ、
その向こうに、
確かに“戦の中心”が見えた。
「……秀家殿。
あなたの決断で、
戦の形が決まります」
秀家は頷いた。
「天海殿。
あなたは……
どちらにつくのだ」
私は静かに答えた。
「私は影です。
誰の味方でもない。
ただ、未来の形を見ているだけです」
秀家は微笑んだ。
「ならば、
未来の形を見届けてくれ」
「承知しました」
私は僧衣の裾を揺らし、
寺を後にした。
──西軍の核は固まった。
次は、
東軍の形が動き出す番だ。




