表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒衣の孤影  作者: 双鶴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

72/156

第72話 西へ

 京を離れ、西国街道へ入った瞬間、

 空気が変わった。


 冬の冷気は同じはずなのに、

 どこか湿り気を帯び、

 山々の影が深く迫ってくる。


 ──西国は、東国とは違う。


 その違いを、

 天海としての私は敏感に感じ取っていた。


 馬を進めながら、

 昨夜の三成の行動を思い返す。


 京を脱出した三成は、

 大坂を囮にし、

 さらに西へ向かった。


 その先にあるのは──

 毛利。


 私は僧衣の裾を揺らし、

 街道を進んだ。


 やがて、

 山間の宿場町に着いた。


 人影は少なく、

 冬の風が軒先の鈴を揺らしている。


 私は茶屋に入り、

 温い茶を頼んだ。


 店主が茶を置きながら、

 小声で言った。


「……あんた、京の方から来たんだろう」


「そうだ」


「なら、気をつけな。

 昨夜、妙な一団が通った」


 私は目を細めた。


「どんな者たちだ」


「僧の格好をした者が一人。

 だが、歩き方が僧じゃねぇ。

 武士の足取りだ」


 ──三成だ。


 私は静かに言った。


「どちらへ向かった」


「西だ。

 山陽道の方へ」


 私は茶を飲み干し、

 店主に礼を言って店を出た。


 街道に出ると、

 冬の風が僧衣を揺らした。


「……三成殿。

 あなたは、まだ“戦う気”だな」


 私は馬を走らせた。


 山陽道に入ると、

 空気がさらに変わった。


 山の影が深く、

 川の流れは速く、

 どこか“戦の匂い”が漂っている。


 その時、

 前方に人影が見えた。


 旅装束の男が、

 道端で休んでいる。


 私は馬を止め、

 声をかけた。


「旅の方。

 西へ向かう者を見なかったか」


 男は驚いたように私を見た。


「見た。

 昨夜、僧の格好をした男が一人。

 だが、あれは僧じゃねぇ。

 目が……戦の目だった」


 私は頷いた。


「どちらへ」


「……安芸の方角だ」


 安芸──

 毛利の本拠。


 私は確信した。


「三成殿は、毛利を頼るつもりだ」


 男は首を傾げた。


「毛利は徳川を警戒してる。

 だが、あの男を匿うほどの義理は……」


「義理ではない。

 “理想”だ」


 男は息を呑んだ。


「理想……?」


「三成殿は、秀吉殿下の理想を守ろうとしている。

 毛利は、その理想に最も近い」


 私は馬に乗り直した。


「ありがとう」


 男は深く頭を下げた。


 私は馬を走らせた。


 山陽道を進むにつれ、

 空気はさらに重くなった。


 山の影が深く、

 川の音が響き、

 どこか“戦の前触れ”のような気配が漂っている。


 やがて、

 川沿いの小さな渡し場に着いた。


 渡し守が、

 私を見るなり言った。


「……あんた、遅かったな」


「何がだ」


「さっき、僧の格好をした男が渡った。

 急いでた。

 目が……死んでなかった」


 私は息を呑んだ。


「どちらへ向かった」


「安芸だ。

 “毛利の地へ行く”と言っていた」


 ──決まりだ。


 三成は毛利を頼る。


 それは、

 豊臣の残された力を結集し、

 徳川に対抗するための唯一の道。


 私は渡し守に礼を言い、

 馬を渡し舟に乗せた。


 川を渡る間、

 私は空を見上げた。


 冬の雲が流れ、

 その向こうに、

 確かに“時代の裂け目”が見えた。


「……三成殿。

 あなたの行き先は読めた」


 私は呟いた。


「だが、そこに待つのは“救い”ではない。

 “戦”だ」


 舟が岸に着いた。


 私は馬に乗り、

 安芸へ向かう街道へ踏み出した。


 ──次は、毛利の影を読む番だ。


 豊臣の崩れの先に、

 徳川の時代が待っている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ