第70話 決断
加藤清正と福島正則による“圧力”の翌日、
京の空は、まるで何かが崩れ落ちたように重く沈んでいた。
石田三成は屋敷に籠り、
豊臣の重臣たちは誰も彼を訪れない。
──三成は孤立した。
その報せを受け、
私はすぐに駿府へ向かった。
家康が動く。
その確信があった。
冬の街道を急ぎ、
駿府城に着いたのは夕刻だった。
だが、城内は異様なほど明るかった。
家康はすでに、
“次の時代”の準備を始めていた。
私は家康の居室へ通された。
襖を開けると、
家康は地図の前に座っていた。
その目は、
秀吉の死を悲しむどころか、
むしろ静かに燃えていた。
「来たか、天海」
「はい。
京は……動き始めています」
家康は頷いた。
「三成は追い詰められたな」
「加藤清正、福島正則、黒田長政……
武断派が三成殿を排除しようとしています」
家康は笑った。
「豊臣の天下は、内部から崩れる。
わしが動くまでもない」
その言葉は、
まるで“時代の流れ”を見透かしているようだった。
「天海。
お前に新たな密命を与える」
私は姿勢を正した。
「承知しました」
家康は地図を指で叩いた。
「京へ戻れ。
そして──
“三成がどこへ逃げるか”を見届けよ」
私は息を呑んだ。
「……逃げる、ですか」
「三成は京に留まれぬ。
だが、死ぬ気もない。
必ずどこかへ身を寄せる」
家康の声は低く、
だが揺るぎなかった。
「その行き先が、
“天下の行方”を決める」
私は深く頭を下げた。
「承知しました」
家康は続けた。
「三成が向かうのは、
味方のいる地か、
あるいは徳川を牽制できる地だ」
「……佐和山、でしょうか」
「いや。
佐和山は近すぎる。
わしの目が届く」
家康は地図を広げた。
「天海。
三成が向かうのは──
“西”だ」
私は息を呑んだ。
「西……」
「そうだ。
大坂か、あるいは……
毛利の地だ」
毛利。
西国最大の勢力。
もし三成が毛利と結べば──
天下は完全に二つに割れる。
「天海。
お前は三成の心を読める。
あの男がどこへ向かうか、
必ず見抜けるはずだ」
私は静かに言った。
「三成殿は……
“秀吉の理想”を守ろうとしています」
「ならば、豊臣の旗が残る地へ向かう」
家康は地図を指で叩いた。
「天海。
三成の行き先を掴め。
それが、
“天下を決める鍵”となる」
私は深く頭を下げた。
「……必ず」
家康は満足げに頷いた。
「江戸はまだ始まったばかりだ。
だが、天下はすでに動き始めている。
お前は江戸と京、
二つの未来を繋ぐ者だ」
私は胸に手を当てた。
光秀としての罪が疼く。
宗易としての迷いが揺れる。
だが──
天海としての使命が、
そのすべてを押し沈めた。
「家康殿。
私は影として動きます。
徳川の未来のために」
家康は静かに言った。
「行け、天海。
京は今、
“誰が敵で誰が味方か”わからぬ」
私は駿府城を出た。
冬の空は重く、
風は冷たい。
だが、
その向こうに、
確かに“時代の裂け目”が見えた。
──次は、三成の行き先を読む番だ。
私は馬を走らせた。
豊臣の崩れの先に、
徳川の時代が待っている。




