表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒衣の孤影  作者: 双鶴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/46

第33話 箱根山の対峙

 箱根の山道は、昼でも薄暗かった。

 霧が濃く、木々の影が揺れ、足元の石が湿っている。

 風が吹くたび、枝が軋む音が響いた。


 葛山十兵衛が指定した場所は、

 箱根山中の古い石畳の道──

 旅人がほとんど通らない、忘れられた峠道だった。


 私は足を止めた。


 霧の向こうに、人の気配がある。


 息遣いでも、足音でもない。

 ただ、そこに“いる”という確かな気配。


「来たか、宗易」


 霧の中から声がした。


 葛山十兵衛が姿を現した。


 黒い陣羽織。

 刀は鞘に収めたまま。

 側近は連れていない。

 ただ一人、霧の中に立っていた。


 その姿は、戦場の頭領というより、

 獣のような静けさをまとっていた。


「呼ばれたのでな」


 私が言うと、葛山は口元をわずかに歪めた。


「お前は逃げぬと思っていた」


「逃げる理由がない」


「そうだろうな」


 葛山はゆっくりと歩き、

 私との距離を十歩ほどに保った。


 霧が二人の間を流れる。


「宗易。

 お前は、俺の動きをよく読んでいる」


「お前も、私の動きを読んでいる」


「だから呼んだ」


 葛山は立ち止まり、

 こちらをまっすぐに見た。


「宗易。

 俺と来い」


 私は眉をひそめた。


「……何を言っている」


「東国は変わる。

 北条は崩れる。

 徳川が伸びる。

 その流れを作るのは、俺たちだ」


「“俺たち”?」


「そうだ」


 葛山は一歩近づいた。


「お前の“目”は使える。

 俺の“腕”と合わせれば、

 東国を動かせる」


「お前の背後にいる者が、東国を乱している」


「乱す?

 違う。

 整えているのだ」


 葛山の声は静かだった。

 狂気はない。

 ただ、確信だけがある。


「宗易。

 お前は何を見ている」


「お前の背後だ」


 葛山の目が細くなる。


「徳川の家臣……か」


「そうだ」


「名は知っているか」


「まだだ」


「ならば、教えてやろうか?」


 葛山は笑った。


「……と言いたいところだが、

 俺にも“まだ”教えられていない」


 私は息を呑んだ。


 葛山ほどの男でも、

 黒幕の名を知らない。


 つまり──

 黒幕は、葛山を“使っている”だけだ。


「宗易」


 葛山が刀の柄に手をかけた。


「お前は俺の敵だ。

 だが、殺すのは今ではない」


「理由は」


「お前の目が、まだ“使える”からだ」


 葛山は刀を抜かず、

 ただ柄を軽く叩いた。


「次に会う時は、命を取りに行く。

 覚悟しておけ」


 そう言うと、葛山は背を向けた。


 霧の中へ消えていく。

 足音はしない。

 ただ、霧が揺れ、静寂が戻る。


 私はその背中を見送りながら、

 葛山の“本当の危険”を理解した。


 ──葛山は狂っていない。

 ──葛山は“信じている”。

 ──背後の黒幕を。


 そして、

 その黒幕は葛山を“捨て駒”として使っている。


 私は霧の中に立ち尽くし、

 静かに息を吐いた。


 葛山十兵衛。

 次に会う時、

 どちらかが死ぬ。


 その言葉は、

 脅しではなく、

 宣告だった。


 私は刀の柄に触れ、

 箱根の冷たい風を受けながら歩き出した。


 ──影は、影の奥へ踏み込む。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ