第26話 山中の砦
三島へ向かう山道は、昼でも薄暗かった。
江雪斎から渡された地図には、
“葛山十兵衛の潜伏地”として、
山中の小さな砦が記されている。
私は宗易として歩きながら、
周囲の気配を探った。
──静かすぎる。
鳥の声も、風の音もない。
こういう時は、必ず“何か”が潜んでいる。
やがて、木々の隙間から砦が見えた。
粗末な木造だが、
周囲には見張り台が三つ。
入口には槍を持った兵が二人。
私は息を潜め、岩陰に身を隠した。
砦の中から声が聞こえる。
「隊を二つに分けろ。
葛山様は三島で“あの方”と会う。
その間、ここを動かすな」
私は耳を澄ませた。
「三島……やはり葛山はそこにいる」
別の声が答える。
「葛山様は北条を揺らすために動いている。
だが、本当の目的は“東国の地ならし”だ」
「地ならし……?」
「そうだ。
“あの方”が東国を治めるための準備よ」
私は息を呑んだ。
葛山十兵衛は北条を恨んでいる。
だが、それだけではない。
**“あの方”のために東国を荒らし、
勢力図を塗り替えようとしている。**
そのとき、砦の奥から足音がした。
「整列!」
兵たちが一斉に並ぶ。
私は岩陰からそっと覗いた。
砦の中央に、
黒い陣羽織を着た兵が二十名以上並んでいる。
動きが揃っている。
ただの浪人ではない。
訓練された兵だ。
その前に立つ男が声を張り上げた。
「葛山様は三島で“大事な話”をしている。
我らはその間、ここを守り、
次の命を待つ!」
兵たちが一斉に応じる。
「応!」
私は背筋が冷えた。
──これは軍だ。
葛山十兵衛は、
ただの裏切り者ではない。
“軍を動かす者”だ。
そのとき、背後で枝が折れる音がした。
私は振り返った。
一人の黒陣羽織が、
こちらを見ていた。
「……誰だ」
私は即座に岩陰から飛び出し、
男の口を押さえた。
だが、男は抵抗し、
槍の柄で私の脇腹を打った。
「ぐっ……!」
私は地面に転がり、
男が槍を構える。
「侵入者だ!
外にいるぞ!」
砦の中がざわめく。
私は立ち上がり、
男の槍をかわして腕を掴んだ。
男が叫ぶ。
「葛山様に報告──」
その言葉を遮るように、
私は男の腹に膝を入れた。
男が崩れ落ちる。
砦の中から兵が走り出てくる。
「外だ!
逃がすな!」
私は山道へ走った。
背後で槍が木に突き刺さる音がする。
斜面を滑り降り、
木の根に手をかけて体勢を立て直す。
だが、追手は速い。
「止まれ!」
私は振り返り、
追手の足元に石を投げた。
男が足を滑らせ、転がる。
その隙に私はさらに斜面を下った。
やがて、沢の音が聞こえた。
私は沢へ飛び込み、
冷たい水の中を進んだ。
追手は沢の手前で足を止める。
「……流れが速い。
死んだかもしれん」
「ならいい。
戻るぞ。
葛山様に報告だ」
足音が遠ざかる。
私は沢の岩陰で息を整えた。
脇腹が痛む。
だが、胸の奥には確かな手応えがあった。
──葛山十兵衛は、軍を持っている。
──その軍は“あの方”のために動いている。
──葛山は三島で“誰か”と会う。
私は沢から這い上がり、
濡れた衣を絞った。
次に向かうべき場所は、
もう決まっている。
──三島。
葛山十兵衛の“本当の目的”が、
そこで明らかになる。




