第23話 北門の夜
小田原城の北門は、昼間とは別の顔をしていた。
松明の火が揺れ、兵たちの足音が絶えない。
空気が張り詰め、夜風すら重く感じる。
大道寺政繁が私の横に立った。
「宗易殿。
黒い陣羽織の連中が動くなら、今夜だ」
「葛山十兵衛の陽動……ですか」
「ええ。
あの男は正面から攻めるような愚は犯さない。
まずは揺らす。
北条の“判断”を試すために」
政繁の声は低かった。
そのとき──
遠くで狼煙が上がった。
「来たぞ!」
兵が叫び、北門の上がざわめいた。
闇の中から、黒い影が走り出てくる。
黒い陣羽織。
十数名。
だが、動きに迷いがない。
政繁が叫ぶ。
「弓隊、構え!」
矢が放たれ、数名が倒れる。
だが、残りは怯まない。
むしろ、倒れた仲間を踏み越えて突っ込んでくる。
私は違和感を覚えた。
──少なすぎる。
葛山十兵衛が動くなら、
もっと大きな隊を出すはずだ。
この人数では、北門を破れない。
私は政繁に言った。
「これは陽動です。
本命は別にあります」
政繁が振り返る。
「どこだ」
「……裏門です」
政繁の目が鋭くなった。
「確かか」
「確信はありません。
ですが──
葛山は“揺らす”と言いました。
揺らすなら、北門。
破るなら、裏門です」
政繁は一瞬だけ考え、すぐに決断した。
「よし。
宗易殿、私と来い!」
私たちは北門を離れ、裏門へ走った。
裏門は北門よりも兵が少ない。
夜の闇に沈み、静まり返っている。
だが──
その静けさが不自然だった。
政繁が小声で言う。
「……嫌な匂いがする」
その瞬間、裏門の影から声がした。
「撃て!」
矢が一斉に飛んできた。
政繁が私を押し倒す。
矢が背後の柱に突き刺さった。
「伏せろ!」
裏門の外から、黒い陣羽織の一団が現れた。
北門の倍以上の人数。
槍を構え、無言で前進してくる。
政繁が叫ぶ。
「兵を呼べ!
裏門が本命だ!」
私は立ち上がり、敵の動きを見た。
葛山十兵衛はいない。
だが、隊の動きは統率されている。
その中心に、一人の男がいた。
背は低いが、動きが鋭い。
葛山の側近だ。
私は政繁に言った。
「政繁様。
あの男を止めれば、隊は崩れます」
「行けるか」
「行きます」
私は裏門の影を走り、
側近の男へ向かった。
男がこちらに気づき、槍を構える。
「……宗易か」
声に覚えがあった。
廃寺で私を追った男だ。
「葛山様はお前に興味を持っている。
生かして連れてこいと言われている」
「悪いが、従う気はない」
男が槍を突き出す。
私は身をひねり、槍の柄を掴んだ。
男が力任せに引く。
私はその勢いを利用し、男の懐へ踏み込んだ。
肘で男の顎を打つ。
男がよろめく。
その隙に、私は槍の柄を蹴り飛ばした。
男が倒れ、周囲の黒陣羽織が動揺する。
政繁の声が響いた。
「今だ!
押し返せ!」
北条の兵が裏門に殺到し、
黒い陣羽織の隊は崩れ始めた。
側近の男は血を吐きながら笑った。
「……宗易。
葛山様は、お前を見ているぞ」
「伝えておけ。
私は逃げも隠れもしない」
男は笑ったまま動かなくなった。
黒い陣羽織の隊は撤退し、
裏門は守られた。
政繁が私の肩を叩いた。
「宗易殿。
あなたの判断が城を救った」
「葛山十兵衛は、まだ動きます」
「ええ。
だが──
次は“葛山本人”が出てくるでしょう」
私は夜空を見上げた。
黒い雲が、月を覆っていた。
──影は、次の影を呼ぶ。




