第21話 城内の会議
小田原城の石垣が夕陽を受けて赤く染まっていた。
城下のざわめきは収まらず、兵の足音が絶えない。
黒い陣羽織の噂が、城内にまで届いているのだ。
私は大道寺政繁の屋敷へ戻った。
門番は私を見るなり、すぐに通した。
政繁が待っている。
部屋に入ると、大道寺は地図の前に立っていた。
その顔には、焦りと決意が混じっている。
「宗易殿。
無事で何よりです」
「洞窟を見つけました。
黒い陣羽織の連中が集まっていました。
頭領らしき男も」
大道寺の目が鋭くなった。
「やはり、組織されているのですね」
「はい。
ただの浪人ではありません。
指揮系統があり、動きに迷いがない」
私は懐から黒い布切れを取り出した。
「これを落としていきました」
大道寺は布を受け取り、裏の印を見た瞬間、息を呑んだ。
「……この印は……」
政繁は布を握りしめ、低く言った。
「宗易殿。
これは“軍勢を動かす印”です。
北条家でも使われています。
だが──これは北条のものではない」
私は黙って聞いた。
「つまり、
“軍を動かせる者”が背後にいるということです」
政繁は地図を広げた。
「宗易殿。
あなたの報告を、
これから北条家の重臣たちに伝えます。
あなたにも同席していただきたい」
私は驚いた。
「私が……?」
「あなたは現場を見た。
我らにはない“目”を持っている。
その目が必要なのです」
大道寺は立ち上がり、私を城内へ案内した。
小田原城の廊下は静かだったが、
その静けさの奥に、緊張が張り詰めている。
政繁が案内した部屋には、
北条家の重臣たちが集まっていた。
板部岡江雪斎。
松田憲秀。
そして、北条氏政の側近たち。
その視線が、一斉に私へ向けられた。
大道寺が口を開いた。
「皆の者。
宗易殿は、黒い陣羽織の連中と接触し、
その“巣”を突き止めた方です」
江雪斎が私を見た。
「宗易殿。
見たままを話していただきたい」
私は洞窟での出来事を、
余すことなく話した。
黒い陣羽織の人数。
頭領の存在。
“北門を揺らす”という計画。
そして、背後にいる“指揮者”の気配。
重臣たちの表情が変わった。
松田憲秀が言った。
「……北条を狙う者がいる。
しかも、東国の荒れを利用して兵を集めている」
江雪斎が静かに続けた。
「宗易殿。
その頭領の顔、覚えておられますか」
「はい。
忘れようがありません」
「特徴を教えてください」
私は頭領の姿を思い出し、
細かく説明した。
背の高さ。
目の鋭さ。
動きの癖。
声の調子。
江雪斎は腕を組み、目を閉じた。
「……その男、
“かつて北条に仕えた者”かもしれません」
部屋がざわめいた。
「裏切り者、ということですか」
「あるいは──
北条を恨む者か」
大道寺が言った。
「宗易殿。
あなたに、もう一つ頼みがあります」
私は姿勢を正した。
「黒い陣羽織の頭領を追い、
その背後にいる者の正体を探ってほしい」
私は迷わなかった。
「わかりました」
大道寺は深く頷いた。
「宗易殿。
あなたは北条の家臣ではない。
だが、我らはあなたを“仲間”と見ています」
私は言葉を失った。
宗易として歩き始めてから、
初めて“誰かの側”に立った気がした。
江雪斎が言った。
「宗易殿。
敵は、ただの荒くれではありません。
東国を揺るがす力を持つ者です。
どうか、気をつけて」
私は深く頭を下げた。
「必ず、敵の正体を突き止めます」
会議が終わり、
私は城内の廊下を歩いた。
夕陽はすでに沈み、
小田原の空は暗くなっていた。
──影は、歴史の中心へ踏み込んだ。




