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黒衣の孤影  作者: 双鶴


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154/156

第154話 東照宮、完成

 日光の山に入って数日。

 ついにその時が訪れた。


 朝日が差し込む中、

 東照宮の本殿が静かに姿を現した。


 まだ新しい木の香りが濃く、

 彫刻は光を受けて輝き、

 山の気がそのすべてを包み込んでいた。


 ここは確かに、

 “光を宿すための場所”だった。


---


「天海。

 これが……

 祖父上の宮か」


 家光様がゆっくりと本殿を見上げた。


 その表情には、

 畏れと敬意と、

 そして静かな決意が宿っていた。


「はい。

 家康殿の光を永遠に留める宮にございます」


 家光様は深く息を吸い込んだ。


「……美しいな」


「美しさは、

 人の心を整えます」


---


 儀式の準備が進む中、

 私は本殿の前に立ち、

 静かに目を閉じた。


 胸の底に沈んでいた澱は、

 もう完全に形を失っていた。


 長い旅路の果てに残ったものは、

 ただ静かな温度だけだった。


 比叡山の炎も、

 坂本の風も、

 本能寺の夜も──


 すべては遠い残響となり、

 山の気に溶けていった。


---


 やがて、

 儀式が始まった。


 僧たちの読経が響き、

 山の風がそれを運び、

 木々が静かに揺れた。


 家光様は本殿の前に立ち、

 ゆっくりと手を合わせた。


「祖父上……

 私は、

 あなたの光を継ぎたい」


 その声は澄んでいた。


 迷いも、

 恐れもなかった。


---


「江戸を守り、

 人々を照らし、

 この国を安んじたい」


 家光様は続けた。


「天海は……

 私を導いてくれた。

 だが、

 これからは私が歩く」


 胸の奥が静かに揺れた。


 その言葉は、

 天海の旅路の終わりを告げる鐘のようだった。


---


 儀式が終わると、

 家光様は私の方へ振り返った。


「天海。

 私は……

 これでよかったのだろうか」


「はい。

 家光様の祈りは、

 確かに届きました」


「届いた……」


「ええ。

 家康殿の光は、

 この宮に宿りました」


 家光様は深く頷いた。


---


「天海」


 家光様は静かに言った。


「お前がいてくれたから、

 私はここまで来られた」


「家光様。

 私は……

 あなたの光を見届けるために生きております」


「見届ける……」


「はい。

 それが、

 私の最後の役目にございます」


 家光様は目を細めた。


「天海。

 お前は……

 私の心だ」


 胸が熱くなった。


---


 夕刻。

 儀式が終わり、

 人々が去った後。


 私はひとり本殿の前に立った。


 山の気が静かに流れ、

 風が頬を撫でた。


 胸の底に沈んでいた澱は、

 完全に消えていた。


 長い旅路の果てに残ったものは、

 ただ静かな温度だけだった。


---


「家康殿……」


 私は静かに呟いた。


「あなたの光は、

 ここに宿りました。

 そして──

 家光様は、

 自らの光を持たれました」


 風が木々を揺らした。


 まるで答えるように。


---


 私は悟った。


 **江戸はもう大丈夫だ。

 家光様の光が、

 この国を照らしていく。**


 そして私は、

 ただその光を見届けるだけでよい。


 日光の山々が、

 その静かな決意を包み込んでいた。


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