表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒衣の孤影  作者: 双鶴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

150/156

第150話 江戸の心

 日光への出立を翌日に控えた朝。

 江戸の空は、雲ひとつなく澄み渡っていた。


 寛永寺の屋根が朝日を受けて輝き、

 風は柔らかく、

 町人たちの声もどこか明るかった。


 江戸は、

 ようやく“心”を得た都の顔をしていた。


 私は本堂の前に立ち、

 ゆっくりと息を吸い込んだ。


 胸の底に沈んでいた澱は、

 もうほとんど形を失っていた。


 長い旅路の果てに残ったものは、

 ただ静かな温度だけだった。


---


「天海」


 背後から家光様の声がした。


 振り向くと、

 家光様は朝日を背に立っていた。


 その姿は、

 以前よりも確かに“将軍”の光を帯びていた。


「いよいよ明日だな」


「はい。

 家康殿を日光にお迎えする旅。

 江戸にとって大きな一歩にございます」


 家光様は頷いた。


「天海。

 お前がいなければ、

 ここまで来られなかった」


「家光様が光を持たれたからこそ、

 江戸はここまで来られたのです」


 家光様は少し笑った。


「相変わらずだな。

 自分のことを言わぬ」


---


「天海」


 家光様は本堂を見上げながら言った。


「私は……

 祖父上の光を継ぐ。

 だが、

 それだけでは足りぬ」


「足りぬ、とは」


「江戸を守る光は、

 私自身が持たねばならぬ」


 その言葉は、

 家光様が初めて“自分の光”を語った瞬間だった。


 私は深く頷いた。


「家光様。

 その光は、

 すでにここにございます」


 家光様は目を細めた。


「お前がそう言うなら……

 信じよう」


---


 しばらく沈黙が流れた。


 風が木々を揺らし、

 朝日が本堂の柱を照らし、

 江戸の空気はどこまでも澄んでいた。


 私は静かに口を開いた。


「家光様。

 私は……

 長い旅路を歩んでまいりました」


 家光様はゆっくりとこちらを向いた。


「わかっている。

 お前が何を抱えてきたのか、

 すべては知らぬ。

 だが──

 その重さを感じることはできる」


 胸が揺れた。


---


「家光様。

 私は……

 ようやく自分を赦せそうです」


 家光様の目が大きく見開かれた。


「天海……

 それは……」


「長い旅でした。

 しかし、

 江戸が光を持ち、

 あなたが光を持ったことで……

 私の歩んだ道は、

 ようやく静かに収まりつつあります」


 家光様は深く息を吐いた。


「天海。

 お前は……

 赦されるべきだ」


 その言葉は、

 胸の奥に静かに染み込んだ。


---


「家光様」


 私は本堂を見上げた。


「江戸は、

 これから大きく変わります。

 光を持つ都となり、

 人々の心を支える場所となるでしょう」


「ああ。

 そのために私は生きる」


「そして私は……

 江戸の心を整える役目を

 果たし終えました」


 家光様は息を呑んだ。


「天海……

 それは……

 別れの言葉か」


「いいえ」


 私は微笑んだ。


「始まりの言葉にございます」


---


「家光様。

 私はこれからも、

 あなたのそばにおります」


「ならば……

 なぜ“役目が終わった”などと言う」


「役目と存在は別のものです」


 家光様は目を細めた。


「……どういう意味だ」


「私はもう、

 江戸を支えるために

 自分を削る必要はありません」


 胸の底の澱は、

 もう完全に沈んでいた。


「これからは……

 あなたの光を見守るだけでよいのです」


 家光様はしばらく黙り、

 やがて静かに言った。


「天海。

 お前は……

 私の心だ」


 胸が熱くなった。


---


 朝日が本堂を照らし、

 風が静かに吹き抜けた。


 私は深く頭を下げた。


「家光様。

 江戸は、

 あなたの光で満ちていきます」


「天海。

 共に歩もう。

 江戸の未来を」


「はい。

 家光様」


---


 寛永寺は完成した。

 江戸の心は整った。

 家光は光を持った。


 そして──

 天海は静かに悟った。


 **自分の旅路は、

 ここでひとつの終わりを迎えた。**


 だがその終わりは、

 悲しみではなく、

 “静かな安らぎ”だった。


 江戸の風が、

 その胸の奥を優しく撫でていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ