表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒衣の孤影  作者: 双鶴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

148/156

第148話 告白

 日光への準備が始まって数日。

 江戸の北には、早くも新しい風が吹き始めていた。


 寛永寺の完成で整った“心”に、

 さらにもうひとつの光を重ねようとしているのだ。


 だが──

 私の胸の底には、

 消えきらぬ“澱”が静かに沈んでいた。


 それは痛みではなく、

 長く抱えてきたものが

 ようやく形を変えようとする時に生まれる

 “静かな重さ”だった。


---


 その日の夕刻、

 家光様が私を呼んだ。


「天海。

 少し話がしたい」


 私は頷き、

 寛永寺の裏手にある小さな庭へ向かった。


 夕陽が木々を照らし、

 風が葉を揺らし、

 静かな時間が流れていた。


「天海」


 家光様はゆっくりと口を開いた。


「お前は……

 何かを抱えているな」


 胸の奥の澱が、

 わずかに揺れた。


---


「……家光様。

 私は……

 長い旅路を歩んでまいりました」


「旅路……」


「はい。

 人には言えぬ道を、

 ひとりで歩いてきた者の旅です」


 家光様は息を呑んだ。


「天海……

 それは……

 罪のことか」


 私は静かに頷いた。


「罪、と呼ぶ者もおりましょう。

 過ち、と呼ぶ者もおりましょう。

 あるいは……

 ただの“選択”だったのかもしれません」


 家光様の目が揺れた。


---


「天海。

 お前は……

 何を背負っている」


 その問いは、

 まっすぐで、

 逃げ場のないものだった。


 私は目を閉じた。


 比叡山の炎。

 坂本の風。

 本能寺の夜。


 それらはもう、

 私を焼くほどの熱を持ってはいない。


 ただ、

 胸の底に沈む“残り火”として

 静かに灯っているだけだった。


---


「家光様」


 私はゆっくりと口を開いた。


「私は……

 かつて、

 大きな火を見ました」


「火……?」


「はい。

 人の心を焼き、

 国を揺らし、

 多くの者を巻き込んだ火です」


 家光様は息を呑んだ。


「その火を……

 お前は止めようとしたのか」


「止めようとしたのか、

 燃やしたのか……

 今となっては、

 私にもわかりません」


 家光様の目が揺れた。


---


「天海。

 お前は……

 その火の中にいたのだな」


「はい。

 深く、

 深く……

 その中心に」


 家光様は拳を握りしめた。


「だから……

 あの夜、苦しんでいたのか」


「申し訳ございません。

 あれは……

 胸の底に沈んだ“残響”が

 ふと息を吹き返しただけです」


「残響……」


「はい。

 長い旅路の果てに残った

 名のない重さです」


---


「天海」


 家光様は一歩近づいた。


「お前が何をしてきたのか……

 私は知らぬ。

 だが──」


 その声は震えていた。


「お前が今、

 江戸のために生きていることだけは

 誰よりも知っている」


 胸が熱くなった。


「家光様……」


「だから言う。

 過去がどうであれ、

 私はお前を信じる」


 その言葉は、

 胸の底の澱を静かに溶かすようだった。


---


「家光様。

 私は……

 名を明かすことはできません」


「名……?」


「はい。

 かつての名を語れば、

 すべてが乱れます」


 家光様はしばらく黙り、

 やがて静かに言った。


「ならば言わずともよい」


 私は息を呑んだ。


「家光様……」


「名などどうでもよい。

 今ここにいる“天海”が、

 私にとってすべてだ」


 胸の奥の残り火が、

 静かに揺れた。


---


「天海。

 お前は……

 私の光だ」


 その言葉は、

 長い旅路の果てに差し込む

 “救い”そのものだった。


 私は深く頭を下げた。


「……ありがとうございます。

 家光様」


---


 夕陽が沈み、

 風が静かに吹き抜けた。


 胸の底に沈んでいた澱は、

 少しだけ軽くなっていた。


 名は明かさずとも、

 心は確かに通じた。


 そして私は悟った。


 **この告白は、

 終わりではなく、

 新しい旅路の始まりなのだ。**


 江戸の風が、

 その残り火を優しく撫でていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ