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黒衣の孤影  作者: 双鶴


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141/156

第141話 影のざわめき

 寛永寺の上棟から三日。

 江戸の北には、まだ祝いの余韻が残っていた。


 町人たちは口々に言う。


「北から良い風が吹くな」

「なんだか、心が落ち着く」

「江戸が変わるぞ」


 江戸は確かに静まり始めていた。

 治安も、町の空気も、

 まるで“心”が整ったかのように。


 だが──

 私の胸の奥では、

 逆に“ざわめき”が強くなっていた。


 光秀の影が、

 静かに、しかし確かに疼いていた。


---


「天海様!」


 役人が駆け寄ってきた。


「北町での騒ぎが、

 ここ数日ほとんどありません。

 まるで……

 町が落ち着いたようで」


「寛永寺の“気”が流れ始めたのでしょう」


 私は答えたが、

 胸の奥のざわめきは消えなかった。


 江戸が整うほど、

 影が濃くなる。


 ──光が強くなれば、影もまた濃くなる。


 その理を、

 私は誰よりも知っていた。


---


 その日の午後、

 家光様が私を訪ねてきた。


「天海。

 町が静かになってきたと聞いた」


「はい。

 江戸は今、

 “心”を得つつあります」


 家光様は頷いた。


「……だが、

 お前の顔色が良くない」


 私は一瞬、言葉に詰まった。


「いえ。

 少し疲れが出ただけです」


「嘘だな」


 家光様の声は静かだったが、

 その奥に強い意志があった。


「天海。

 私は……

 お前が何かを抱えていることに気づいている」


 胸の奥が揺れた。


「だが、

 まだ聞くべき時ではないのだろう」


 家光様は続けた。


「だから今は、

 ただ“そばにいる”」


 その言葉は、

 胸の奥に静かに染み込んだ。


---


 夕暮れ、

 私はひとり寛永寺の丘に立った。


 風が吹き、

 草が揺れ、

 空はどこまでも高かった。


 だが──

 胸の奥のざわめきは止まらなかった。


 影が、

 ざわめいている。


 光秀としての記憶が、

 断片的に蘇る。


 ──比叡山の炎。

 ──坂本の風。

──本能寺の夜。


 私は目を閉じた。


「……光秀。

 お前は、

 何を求めていたのだ」


 影は答えない。


 だが、

 影は確かに疼いていた。


---


「天海」


 背後から声がした。


 家光様だった。


「こんな時間に……

 どうした」


「家光様こそ」


「……眠れなかった」


 家光様は私の隣に立ち、

 工事の灯りを見下ろした。


「天海。

 私は……

 祖父上のようにはなれぬ。

 だが、

 江戸を守りたい」


「守れます。

 家光様の光は、

 必ず江戸を導きます」


 家光様は小さく頷いた。


「……ならよい。

 私は、

 江戸のために生きたい」


---


 私は北の空を見上げた。


「家康殿……

 江戸は静まり始めました。

 そして家光様も……

 光を持ち始めています」


 私は静かに呟いた。


「私は……

 江戸の心を作ります。

 そして、

 家光様の光を育てます」


 だが胸の奥では、

 光秀の影が静かにざわめいていた。


 ──お前は、

 何を守りたかったのか。


 その問いだけが、

 夜風に溶けていった。


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