表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒衣の孤影  作者: 双鶴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

133/156

第133話 反対の声

 寛永寺建立の決定から三日。

 江戸の北では、早くも測量が始まっていた。


 湿地を歩く足音。

 杭を打つ音。

 地図を広げる役人たちの声。


 荒れ地は、

 ゆっくりと“都の心”へと姿を変え始めていた。


 だが──

 その動きは、すぐに壁にぶつかった。


---


「天海様!

 幕府内から強い反対が出ております!」


 使者が駆け込んできた。


「反対……?」


「はい。

 “江戸の北に巨大な寺を建てるなど、

 前例がない”と」


 私は静かに息を吸った。


 前例がない。

 それは、江戸がまだ“都市”になりきれていない証だった。


「誰が反対している」


「主に、譜代の重臣たちです。

 井伊家、酒井家、土井家……

 “寺に力を持たせすぎる”と」


 私は目を閉じた。


 ──来たな。


 寛永寺は、ただの寺ではない。

 **江戸の精神構造そのもの** だ。


 それを理解できる者は少ない。


---


 その日の午後、

 私は評定所に呼ばれた。


 重臣たちが並び、

 その中央に秀忠様が座っていた。


 家光様はまだ若く、

この場にはいない。


「天海。

 寛永寺建立について、

 重臣たちから意見が出ておる」


 秀忠様の声は静かだったが、

 その奥に緊張があった。


 井伊直孝が口を開いた。


「天海殿。

 江戸の北に巨大な寺を建てるなど、

 聞いたことがござらぬ」


 酒井忠世が続けた。


「寺は寺。

 政治の中心に近づけすぎるのは危険。

 ましてや、家康公を祀るなど……

 宗教と政治の混同ではないか」


 土井利勝が言った。


「江戸はまだ若い。

 寺よりも、

 まずは町の整備が先であろう」


 重臣たちの声は、

 どれも“正論”だった。


 だが──

 正論では江戸は守れない。


---


 私は一歩前に出た。


「皆様のご懸念、

 もっともでございます」


 重臣たちが静かになった。


「しかし──

 江戸は今、

 “心”を失っております」


 井伊直孝が眉をひそめた。


「心……?」


「はい。

 家康殿という柱が抜け、

 人々の心は揺れております。

 揺れた心は、

 治安を乱し、

 政治を乱し、

 やがて都を乱します」


 私は続けた。


「江戸には、

 “祈りの中心”が必要なのです」


---


 酒井忠世が言った。


「祈りの中心……

 それが寛永寺だと?」


「はい。

 寛永寺は、

 江戸の魂を支える柱となります」


 土井利勝が問いかけた。


「しかし、

 寺が力を持ちすぎれば、

 幕府の統制が乱れるのではないか」


「乱れません」


 私ははっきりと言った。


「寛永寺は、

 政治のための寺ではありません。

 江戸の“心”のための寺です」


 重臣たちがざわめいた。


---


 私は静かに続けた。


「家康殿は、

 “泰平を続けよ”と仰いました。

 泰平とは、

 刀ではなく“心”で守るものです」


 秀忠様が目を細めた。


「天海……

 お前は、

 寛永寺を江戸の心とするつもりか」


「はい。

 江戸の北に“心”を置き、

 都の魂を整えます」


 井伊直孝が言った。


「……天海殿。

 それは、

 家康公の遺志か」


 私は迷わず答えた。


「はい。

 家康殿は、

 “祈りの柱を置け”と仰いました」


 重臣たちの表情が変わった。


 家康の名は、

 何よりも重い。


---


 その時、

 評定所の扉が開いた。


「父上!

 天海!」


 家光様だった。


 息を切らし、

 しかしその目は強かった。


「寛永寺は……

 必要だ」


 重臣たちが驚いた。


「家光様……?」


「祖父上は、

 江戸を守るために生きた。

 その祖父上を祀る寺を、

 江戸の心に置くのは当然だ」


 家光様は続けた。


「私は……

 天海を信じる」


 その言葉は、

 重臣たちの空気を一気に変えた。


---


 秀忠様が静かに言った。


「……わかった。

 寛永寺建立、

 認めよう」


 重臣たちは頭を下げた。


 私は深く礼をした。


「感謝いたします」


---


 評定所を出ると、

 家光様が私に近づいた。


「天海……

 私は……

 間違っていないだろうか」


「間違っておりません。

 家光様の光は、

 江戸を照らします」


 家光様は小さく息を吐いた。


「……ならよい。

 私は……

 祖父上のようにはなれぬが、

 私の光を持ちたい」


「その光は、

 必ず江戸を導きます」


---


 その夜、

 私は北の空を見上げた。


 寛永寺建立は、

 ついに“政治の決定”となった。


 だが──

 ここからが本当の始まりだ。


「家康殿……

 江戸は揺れています。

 しかし、

 家光様は光を持ち始めました」


 風が静かに吹いた。


「私は……

 江戸の心を作ります。

 そして、

 家光様の光を育てます」


 北の空に、

 新しい時代の気配が

 静かに満ちていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ