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黒衣の孤影  作者: 双鶴


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130/156

第130話 心の都

 家康殿が旅立ってから三日。

 江戸の空は、どこか落ち着かない色をしていた。


 晴れているのに、重い。

 風が吹いているのに、静か。


 江戸は──

 “心”を失っていた。


---


「天海様!

 北町でまた騒ぎが……!」


「南でも、家康公の死を巡って不安が広がっております!」


 江戸城に戻った私は、

 次々と飛び込んでくる報せに耳を傾けた。


 江戸は揺れていた。

 政治ではなく、

 “心”が揺れていた。


 家康という巨大な柱が抜けたことで、

 江戸という都市は、

 まるで重心を失った子どものようにふらついていた。


---


「天海」


 呼ばれて振り向くと、

 家光様が立っていた。


 その顔には、

 まだ迷いがあった。

 だが、迷いの奥に小さな光があった。


「江戸は……

 どうすれば落ち着くのだ」


「心を置くのです」


「心……?」


「はい。

 江戸は今、

 “祈りの中心”を失っています。

 家康殿という柱が抜けたことで、

 都市の魂が揺らいでいるのです」


 家光様は息を呑んだ。


「では……

 どうすればいい」


「新しい柱を置くのです」


---


 私は北の地図を広げた。


 湿地が多く、

 人が少なく、

 まだ何もない場所。


 だが──

 そこには確かに“気”があった。


「家光様。

 江戸の北に、

 “心”を置きます」


「北……

 鬼門か」


「はい。

 鬼門を鎮め、

 江戸の魂を支える場所。

 そこに──

 家康殿を祀る寺を建てます」


 家光様は目を見開いた。


「祖父上を……

 江戸の心に?」


「はい。

 家康殿は、

 江戸の光そのものです。

 その光を北に置けば、

 江戸は揺らぎません」


---


「天海……

 本当に……

 それで江戸は落ち着くのか」


 家光様の声は震えていた。

 だがその震えは、

 弱さではなく“揺らぎ”だった。


「落ち着きます。

 江戸は“心”を求めています。

 その心を、

 家康殿に担っていただくのです」


 家光様はしばらく黙り、

 やがて静かに頷いた。


「……わかった。

 天海。

 祖父上を……

 江戸の心にしてくれ」


「承知しました」


---


 私は江戸城を出て、

 北の地へ向かった。


 まだ何もない。

 ただの荒れ地。

 風が吹き、

 草が揺れ、

 湿地が広がる。


 だが──

 確かに“気”があった。


「……ここだ」


 私は足を止めた。


 ここに、

 江戸の心を置く。


 ここに、

 家康殿を祀る。


 ここに、

 江戸の魂を宿す。


---


 私は静かに目を閉じた。


「家康殿……

 あなたは私に、

 “泰平を続けよ”と仰いました」


 風が吹いた。

 まるで返事のように。


「私は……

 天海として生きます。

 光秀としての影は、

 あなたが連れていった」


 胸の奥が静かに温かくなった。


「だから私は……

 江戸に“心”を置きます。

 あなたの光を、

 千年先まで残すために」


---


 その時、

 背後から声がした。


「天海」


 振り向くと、

 家光様が立っていた。


 息を切らし、

 しかしその目は強かった。


「私も……

 見ておきたかった。

 祖父上が眠る場所を」


 私は微笑んだ。


「家光様。

 ここが、

 江戸の心となります」


 家光様は北の空を見上げた。


「……静かだな」


「はい。

 静けさは、

 都の“器”です」


「器……」


「ここに祈りを置けば、

 江戸は揺らぎません」


 家光様はゆっくりと頷いた。


「天海。

 私は……

 あなたを信じる」


 その言葉は、

 家康殿の“託す”に続く

 新しい“信頼”だった。


---


 私は北の空を見上げた。


 そこには、

 まだ何もない。


 だが──

 確かに“心”が生まれようとしていた。


「江戸よ……

 お前はまだ幼い。

 だが、

 必ず大きくなる」


 私は静かに呟いた。


「そして私は、

 お前の“心”を作る」


 江戸の空に、

 新しい光が差し込んだ。


 それはまるで、

 家康殿が微笑んでいるようだった。


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