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黒衣の孤影  作者: 双鶴


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123/156

第123話 二つの後継

 駿府から江戸へ戻る道すがら、

 私はずっと胸の奥に重い影を抱えていた。


 家康殿の言葉──

 「天海、お前は影を背負っておるな」


 その一言が、

 光秀としての記憶を静かに揺らしていた。


 江戸に戻ると、

 すぐに秀忠様から呼び出しがあった。


「天海。

 父上の容体はどうであった」


 秀忠様の声は落ち着いていた。

 だがその奥に、

 わずかな怯えがあった。


「……お覚悟を」


 私がそう言うと、

 秀忠様は目を閉じた。


「そうか。

 ついに、その時が来たか」


 その横で、

 家光様がじっと私を見ていた。


 その目は、

 父とは違う光を宿していた。


---


「天海。

 父上は……

 本当に、もう長くないのか」


 家光様の声は震えていた。

 だがその震えは、

 弱さではなく“揺らぎ”だった。


「はい。

 しかし家康殿は、

 あなた方に未来を託しておられます」


「未来……」


 家光様は小さく呟いた。


「私は……

 父上のようになれるのだろうか」


 その問いは、

 まるで少年のように純粋だった。


 私は静かに答えた。


「家光様。

 家康殿のようになる必要はありません。

 あなたは、

 “あなた自身の光”を持てばよいのです」


 家光様は目を見開いた。


「……光?」


「はい。

 人にはそれぞれの光があります。

 家康殿の光は“時代を終わらせる光”。

 秀忠様の光は“時代を守る光”。

 そして──」


 私は家光様を見た。


「あなたの光は、

 “時代を続ける光”です」


---


 その時、

 秀忠様が静かに言った。


「天海。

 家光は……

 器なのか」


 私は迷わず答えた。


「はい。

 家光様は、

 江戸の未来を担う器です」


 秀忠様は深く息を吐いた。


「……そうか。

 父上も同じことを言っていた」


「家康殿が、ですか」


「うむ。

 “家光は弱い。

 だが弱い者は、

 強くなれる”と」


 家光様は驚いたように父を見た。


「父上……

 私は弱いのですか」


「弱い。

 だがそれでよい。

 わしも若い頃は弱かった」


 秀忠様は続けた。


「強さとは、

 弱さを知る者が持つものだ」


---


 その言葉を聞きながら、

 私は胸の奥にふっと痛みを感じた。


 ──光秀も弱かった。

 ──弱さを隠すために、

  強さを装った。


 その結果が、

 本能寺だった。


 家光様の弱さは、

 光秀の弱さとは違う。


 家光様は、

 弱さを隠さない。


 だからこそ、

 強くなれる。


 私は確信した。


 **家光こそ、

 天海が導くべき“未来の器”だ。**


---


「天海」


 家光様が私を見た。


「私は……

 父上のように、

 祖父上のように、

 強くなれるだろうか」


 私は静かに首を振った。


「家光様。

 あなたは、

 家光様のように強くなればよいのです」


「……私のように?」


「はい。

 あなたには、

 あなたにしかない光があります」


 家光様はしばらく黙り、

 やがて小さく頷いた。


「……天海。

 私は、

 あなたに教えてほしい」


「何をでしょう」


「“強さ”とは何かを」


 その瞬間、

 私は胸の奥が震えるのを感じた。


 光秀としての罪。

 天海としての使命。


 その二つが、

 家光様の言葉でひとつに結びついた。


「承知しました。

 家光様。

 あなたに、

 “強さの形”をお教えいたします」


---


 その夜、

 私はひとり江戸城の庭を歩いた。


 月が静かに照らしていた。


「……光秀。

 お前は、

 誰も導けなかった」


 私は胸の奥で呟いた。


「だが天海としてなら、

 導けるかもしれぬ」


 家光という少年は、

 かつての自分とは違う。


 だがどこか似ている。


 だからこそ、

 導かねばならない。


「家光様……

 あなたは、

 私が救えなかった“若き日の光秀”なのかもしれぬ」


 月が静かに揺れた。


 その光は、

 まるで未来の灯のようだった。


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