表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒衣の孤影  作者: 双鶴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

117/156

第117話 北の気配

 大坂の炎が消えてから、

 江戸には新しい風が吹き始めていた。


 戦の匂いは消え、

 代わりに“都市の息吹”が満ちていく。


 だがその息吹は、

 まだ形を持たない。


 私は江戸城の一室で、

 江戸の地図を広げていた。


「……北が空いている」


 普請奉行が首を傾げた。


「天海様、

 北は湿地が多く、

 人も少なく……

 寺を建てるには不向きかと」


「不向きだからこそ、

 “守り”になる」


「守り……?」


「江戸は光だ。

 光には影が必要だ。

 影を制する場所が、

 都の“心”となる」


 普請奉行は息を呑んだ。


「……天海様は、

 江戸の地を“読む”のですね」


「読むのではない。

 “聞く”のだ」


 私は地図に指を置いた。


「江戸の北は、

 まだ何も語っていない。

 だからこそ、

 ここに“心”を置くべきだ」


---


 その時、

 家康殿が入ってきた。


「天海。

 北の地を見ておるのか」


「はい。

 江戸の北は、

 鬼門にあたります。

 ここを整えねば、

 江戸は揺らぎます」


「うむ……

 わしもそう思っておった」


 家康殿はゆっくりと地図に近づいた。

 その歩みには、

 昨日よりもさらに老いが滲んでいた。


「天海。

 江戸の北に、

 大きな寺を置け」


「承知しました」


「寺はただの建物ではない。

 “心”だ。

 江戸の心を北に置けば、

 都は揺らがぬ」


 私は深く頷いた。


「家康殿。

 北に置く寺は、

 江戸の“守り”となります」


「そうだ。

 そして天海──

 それはお前にしかできぬ」


---


 私は北の地を実際に歩くことにした。


 江戸城を出て、

 北へ向かう。


 湿地が広がり、

 草が揺れ、

 風が冷たい。


 だがその冷たさの奥に、

 確かな“気配”があった。


「……ここだ」


 私は足を止めた。


 何もない。

 ただの荒れ地。


 だが──

 この“何もなさ”こそが、

 江戸の未来を支える場所になる。


「天海様、

 本当にここに寺を?」


「ここしかない」


 私は静かに言った。


「江戸の北は、

 都の“影”だ。

 影を整えねば、

 光は揺らぐ」


 普請奉行は息を呑んだ。


「……天海様は、

 江戸を“都”として見ておられるのですね」


「江戸はすでに都だ。

 あとは“心”を与えるだけだ」


---


 その夜、

 私は江戸城に戻り、

 家康殿に報告した。


「家康殿。

 北の地、

 寺を建てるにふさわしい場所を見つけました」


「うむ。

 天海。

 その寺は、

 江戸の“守り”となるか」


「はい。

 江戸の未来を支える柱となります」


 家康殿は静かに頷いた。


「天海。

 わしはもう長くない。

 だが江戸は続く。

 江戸を守るのは、

 わしではなく──

 お前だ」


 私は深く頭を下げた。


「承知しました」


---


 家康殿が去った後、

 私はひとり、

 北の空を見つめた。


 そこにはまだ何もない。

 だが──

 確かに“何かが始まる気配”があった。


「……ここに、

 江戸の心を置く」


 私は静かに呟いた。


 それは、

 後に“寛永寺”と呼ばれる場所。


 江戸の北に、

 千年の守りが立ち上がる。


 その始まりが、

 今、静かに動き出していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ