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黒衣の孤影  作者: 双鶴


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114/156

第114話 炎上

 大坂の空が赤く染まった。


 夏の熱気をさらに煽るように、

 城の周囲から火の手が上がり、

 鉄砲の音が絶え間なく響き、

 怒号と悲鳴が夜を裂いていた。


 大坂夏の陣──

 開戦。


 だが私は、

 江戸にいた。


 江戸城の一室で、

 大坂から届く急報を静かに読み続けていた。


「……始まったか」


 普請奉行が震える声で言った。


「天海様……

 大坂城、

 すでに外郭が炎に包まれております……!」


「炎は、

 滅びの形だ」


 私は文を畳んだ。


 その時、

 家康殿が入ってきた。


「天海。

 大坂はどうだ」


「燃えております。

 浪人勢が城外で暴れ、

 徳川方が押し寄せ、

 城は火に包まれつつあります」


「うむ。

 予想通りだ」


 家康殿は椅子に腰を下ろし、

 静かに言った。


「天海。

 豊臣は、

 もう“生き残る形”を失った」


「……はい」


「残るのは、

 “滅びの形”だけだ」


---


 私は文を開き、

 大坂の状況を読み上げた。


「“秀頼様、城内にて奮戦”

 “淀殿、涙ながらに兵を励ます”

 “浪人勢、最後の突撃を準備”

 “大坂城、炎上”」


 家康殿は目を閉じた。


「……秀頼は、

 最後まで迷ったのだろうな」


「はい。

 戦いたくない者が、

 戦わざるを得ない状況に追い込まれました」


「それが滅びだ。

 滅びとは、

 “選べぬこと”だ」


 私は静かに言った。


「家康殿。

 秀頼様は、

 最後に何を選ぶでしょうか」


「わからぬ。

 だが──

 淀殿は“死”を選ぶだろう」


 私は息を呑んだ。


「……母として、ですか」


「母として、

 豊臣の象徴として、

 そして“時代の影”として」


---


 その時、

 使者が駆け込んできた。


「家康公!

 大坂より急報!

 “秀頼様、天守に籠もる”

 “淀殿、共に在り”

 “大坂城、全体が炎に包まれる”!」


 家康殿は微動だにしなかった。


「……来たか」


 私は文を受け取り、

 内容を確認した。


「秀頼様、

 “母上と共に死す”と……」


 家康殿は目を閉じた。


「天海。

 これが豊臣の“滅びの形”だ」


「……静かな滅びではなく、

 炎の滅び」


「うむ。

 だが、

 これもまた時代だ」


---


 私は静かに言った。


「家康殿。

 秀頼様は、

 最後まで迷っておりました」


「迷う者は、

 最後に“覚悟”を選ぶ」


「……覚悟」


「そうだ。

 秀頼は、

 豊臣の名を守るために死ぬ。

 それが彼の選んだ形だ」


 私は目を伏せた。


「……淀殿は、

 秀頼様を守るために死ぬのでしょうか」


「違う。

 淀殿は“豊臣の象徴”として死ぬ。

 秀頼は“豊臣の未来”として死ぬ」


 私は息を呑んだ。


「……未来としての死」


「そうだ。

 死は終わりではない。

 “意味”だ」


---


 その時、

 最後の急報が届いた。


「家康公……

 大坂城、

 落城……!」


 家康殿は静かに目を閉じた。


「……終わったか」


 私は文を開いた。


「“秀頼様、淀殿と共に自害”

 “天守、炎上の中に崩れ落つ”

 “豊臣家、滅亡”」


 家康殿は深く息を吐いた。


「天海。

 これで戦は終わった」


「はい」


「だが──

 時代は、

 これから始まる」


---


 私は窓の外の江戸を見た。


 江戸の空は静かだった。

 だがその静寂の奥で、

 確かに“新しい時代”が生まれつつあった。


「……豊臣は滅びました。

 しかし、

 その滅びは“意味”を残しました」


「うむ。

 豊臣の滅びは、

 徳川の泰平を支える“影”となる」


 家康殿は立ち上がり、

 江戸の町を見下ろした。


「天海。

 これで江戸は、

 揺るぎない都となる」


「……はい」


「そしてお前は、

 江戸の“心”を作る者だ」


 私は深く頭を下げた。


「承知しました」


---


 大坂の炎は、

 遠く江戸からでも見える気がした。


 その炎は、

 ひとつの時代の終わりであり、

 次の時代の始まりだった。


「……豊臣は滅びた。

 だが時代は続く」


 私は静かに祈った。


「秀頼様、

 淀殿──

 どうか安らかに」


 江戸の空は静かだった。

 だがその静寂は、

 確かに“新しい時代の胎動”だった。


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