表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒衣の孤影  作者: 双鶴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

107/156

第107話 裂け目

 大坂の空気は、

 日に日に重くなっていた。


 江戸に幕府が開かれたという報せは、

 豊臣家の内部に深い影を落としていた。


 私は江戸城の一室で、

 大坂から届いた密書を読んでいた。


「……片桐且元、苦悩す」


 普請奉行が不安げに言った。


「天海様。

 片桐殿は、豊臣家のために動いているのですよね?」


「そうだ。

 だが“豊臣家のため”という言葉ほど、

 人を迷わせるものはない」


 私は文を畳んだ。


「且元は、

 豊臣を守ろうとしている。

 だが淀殿は、

 豊臣を“昔の豊臣”に戻そうとしている」


「……戻せるのでしょうか」


「戻れぬ。

 時代は戻らぬ」


 その時、

 家康殿が入ってきた。


「天海。

 大坂はどうだ」


「裂け始めております」


「うむ。

 予想通りだ」


 家康殿は椅子に腰を下ろし、

 静かに言った。


「天海。

 片桐且元は、

 豊臣家の中で最も“時代を読める男”だ」


「はい。

 だからこそ苦しんでおります」


「そうだ。

 時代を読める者ほど、

 時代に逆らう者に挟まれて苦しむ」


 家康殿は続けた。


「且元は、

 豊臣を守るために徳川と和睦したい。

 だが淀殿は、

 徳川を憎み、

 秀頼は迷い、

 浪人たちは戦を望む」


 私は静かに言った。


「……三者三様。

 方向が揃わぬ組織は、

 外からの力で簡単に崩れます」


「そうだ。

 豊臣は、

 すでに“家”ではない。

 “裂け目”だ」


 家康殿は文を指で叩いた。


「天海。

 且元は、

 豊臣を救おうとして動く。

 だがその動きが、

 豊臣をさらに裂く」


「……皮肉なものです」


「皮肉ではない。

 必然だ」


 家康殿は続けた。


「時代が変わる時、

 古い家は必ず“内部から”崩れる。

 外からの力ではない。

 内側の矛盾が、

 家を壊す」


 私は息を呑んだ。


「……豊臣は、

 自ら滅びの道を歩んでいるのですね」


「そうだ。

 わしが攻めずとも、

 豊臣は崩れる」


 その時、

 使者が駆け込んできた。


「家康公!

 大坂より急報!

 片桐且元、

 淀殿に“徳川との和睦”を進言し、

 激しく叱責されました!」


 家康殿は微動だにしなかった。


「……始まったな」


 私は文を受け取り、

 内容を確認した。


「淀殿、

 “徳川に屈するな”と叫び、

 且元を追放しようとしております」


「追放すれば、

 豊臣は終わる」


 家康殿は静かに言った。


「且元は、

 豊臣の“理”だ。

 淀殿は“情”。

 浪人は“血”。

 理を捨てれば、

 家は情と血に飲まれる」


 私は息を呑んだ。


「……豊臣は、

 理を失うのですね」


「そうだ。

 そして理を失った家は、

 滅びる」


 家康殿は立ち上がり、

 窓の外の江戸を見下ろした。


「天海。

 豊臣は滅びる。

 だが──

 滅びの“形”はまだ選べる」


「形……」


「そうだ。

 静かに滅びるか、

 血を流して滅びるか。

 それを決めるのは、

 豊臣自身だ」


 私は深く頭を下げた。


「……その形を、

 見極めてみせます」


 家康殿は頷いた。


「天海。

 江戸は光だ。

 大坂は影だ。

 影が濃くなるほど、

 光は強くなければならぬ」


 私はその言葉を胸に刻んだ。


「……江戸の心を、

 揺らがせません」


 家康殿は静かに言った。


「天海。

 豊臣は裂けた。

 次に裂けるのは──

 “時代”だ」


 私は息を呑んだ。


「……大坂の陣」


「そうだ。

 だがまだ早い。

 まずは“裂け目”が広がる」


 私は文を見つめた。


 片桐且元の苦悩。

 淀殿の焦り。

 秀頼の迷い。

 浪人たちの血の匂い。


 その全てが、

 ひとつの“滅び”へ向かっていた。


「……豊臣は、

 自ら滅びを選びつつある」


 江戸の光は強く、

 大坂の影は深く。


 時代は、

 静かに裂け始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ