第5話 運命の銃弾
朝日が洞窟にかすかに差し込み、岩の朝露が淡く光る。たき火は消え、冷たい風が顔を撫でる中、レオは膝枕から懐かしい温もりを感じていた。
「ん……、お姉ちゃん?」
寝ぼけたまま呟いた瞬間、レオは一気に覚醒する。アリシアは楽しそうにレオを見つめていた。
「ふふ、レオ。寝ぼけているのか?可愛いな」
レオは思わず頬を赤らめ、慌てて体を起こす。
「ご、ごめん!つい……」
「謝る必要はない。旅の間はそう呼ぶのを許したのは私だ。よく寝れたか、弟よ?」
アリシアは愉快そうにレオを撫でる。だがその目には微かな疲れが滲んでいた。
「ごめん。俺だけ寝てしまって……」
自分が寝落ちしてアリシアに徹夜させてしまった負い目を感じる。
「気にするな。私も少しは寝れたからな。」
「アリシアも寝て?俺が見張るから」
徹夜で無理をさせる訳にはいかない。まだ朝日が出たばかりで、完全に明るくなるには時間がある。少しでも彼女に寝てほしかった。
その新鮮な気遣いにアリシアは少し居心地が悪いような感覚を受ける。本来、自分が受けとる様な視線では無いからだ。
「……わかったよ、レオ。少しだけ寝るよ。時間になったら起こしてくれよ?」
アリシアは岩に体を預け、目を閉じた。うっすらと朝日が照らす姫騎士はその寝姿も美しい。
レオは本日の進路を確認する。昨日と違い森だけを通るわけには行かない。王国の哨戒網を無事に潜り抜けられるか不安があった。
――――――
昼前、再び移動を始めた。時折、近くの街道の様子を見ながら二人は歩み続ける。
「思ったより哨戒の兵が多い……」
レオが確認すると、所々に兵か配置されている。大規模な戦闘が起こってからまだ2日だ。両国の国境付近は緊張状態になっていた。
「仕方ない。どちらにせよ、一回は横切らないといけない。危険は覚悟の上だ」
この辺りは国境が近いこともあり、軍の駐屯地が多くエンブレイズ王国の防衛線になっていた。周囲にも警戒の兵が配置されている。
街道は道の幅も広く整地されている為、慎重に渡る必要があった。
「レオ、オルテリアまであと2日だ。あれを無事に越えれば、国境を越えたも同然だ」
「確かに……」
オルテリアまでの道でここが一番の難所だった。アリシアが茂みから街道を見ていると、兵が交代する瞬間が訪れた。
「レオ!今だ、急いで渡ろう!」
アリシアはレオの手を引く、監視の目が緩んだ隙に2人で一気に街道を横切る。反対側にたどり着き、息を整えた。その時、鳥が一斉に飛び立ち、森がざわめいた。
「おい!そこの怪しい2人!止まれ!」
異変に気づいた哨戒の兵が笛を鳴らしながらこちらに近づいてくる。
「レオ!走るぞ!」
「うん!」
2人で走り出すと、数十人の兵が追いかけてくる。馬の蹄音が響き、数騎の騎兵も向かって来た。
「くそ、意外と多いな……。レオ、もしもの時は私を差し出せ」
もしかしたら、捕捉されるかもしれない。その時はアリシアは助からないだろう。それなら、せめてレオだけは助けたかった。
「ダメだ!俺が守るから、そんな事は考えないで!2人でオルテリアに行くんでしょ!」
レオは背後から襲いかかる騎兵に気づくと、振り向きざまに剣を振るう。騎兵の手首に斬撃を食らわせる。
「あぁ……!そうだな!」
アリシアはその騎兵が落とした剣を拾うと、敵に向かって投げつける。剣は先頭の兵の胸に吸い込まれるように突き刺さり、集団に動揺が広がった。
「今のうちだ!行くぞっ!レオ!」
「何をしている!臆するな!敵は2人だ!かかれ!」
2人は必死に戦いながら、森の奥へ逃げた。木々の間を縫い、時には泥濘に足を取られる。だが逃げるのに夢中で敵に追い込まれていることには気づかなかった。
「くそ!追い込まれていたか!」
森が開けると、そこは切り立った崖の上だった。下は急流が流れており、高さもあって飛び込むのも危険だ。
敵は一定の距離を保ちながらじりじりと包囲をしてくる。人数が揃い次第一気に襲ってくる構えだ。
「レオ、どうする?藁をもつかむ覚悟で飛び込むか、それとも戦って活路を見出すか……」
その時、レオは茂みからアリシアを狙っている銃口に気がついた。背後は川、アリシアを狙う銃。何回も何回も想像した姉の最期の光景が脳裏をよぎる。
(またお姉ちゃんを失ってしまう!)
「お姉ちゃん!危ない!」
「レ、オ?」
自然と体が動いた。アリシアを隠すように飛び出す。刹那、銃声と共にレオの左肩を強い衝撃と共に弾が貫く。 血が噴き、力が抜ける。そのまま崖から滑り落ちた。
「レオッ!!」
アリシアは迷わず、レオに追い付こうと飛び込む。彼に追い付こうともがくが届かない。受け身も取れず水面にぶつかるレオ。アリシアも着水の衝撃で激痛が走るが、必死にレオに追い付こうとする。冷たい水が口に入り苦しい。
「レオッ!レオッ!」
レオの耳に泣きそうに叫ぶ姉の声が聞こえる。途中、岩に頭をぶつけ、意識が朦朧として来ていた。
(俺はお姉ちゃんを守れたんだ……)
アリシアがなんとかレオの腕を掴み、自分の方に引き寄せる。レオの銃創以外にも、岩にぶつけたであろう頭部の裂傷を見ると顔が青くなる。
「おい!レオ!目を開けろ!!」
レオは薄れいく意識のなか彼女を見ると嬉しそうにする。
「お姉ちゃん、また会えて良かった……」
「また、だと?どうしたレオ!しっかりしろ!」
「お姉ちゃんを守れて……良かっ……」
「レオッ!!」
レオは微笑み、姉を守れた喜びが胸を満たす。達成感と共にレオは保ち続けていた意識を手放した。
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