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第3話 勧誘

 雨がやみ、宿の窓から差し込む月明かりが薄暗い部屋を照らしていた。アリシアはベッドに腰を掛け、立ち尽くすレオを見つめる。彼女の蒼い瞳は姫騎士の威厳を保ちつつ、柔らかな光を宿していた。


「レオ。私と共にオルテリアに向かおう。オルテリアまで私を守り、そこで私の騎士として仕えるのだ」

「俺が……オルテリアに?」


 レオの声が震える。エンブレイズ王国を捨てるなど、考えた事も無かった。だが、心は敵国の王女の提案に惹かれている。

 

 アリシアは微笑みを浮かべ、言葉を続ける。彼女の態度はまるで家族のようにレオの苦しみを案じていた。

 

「私1人ではこの町を抜け、国境を超えるのは難しい。だが、君が一緒なら道は開けるかもしれない」


 その言葉を聞きレオは目を閉じた。彼女が途中で捕らえられる姿が脳裏に浮かぶ。鎧を剥がされ、辱められ、処刑されるアリシア。姉を失った時の無力感が胸を締めつけた。

 

(……この人が殺されるのは嫌だな)


 姉と瓜二つの人が不幸になる結末は受け入れられない。姉を守れなかった、あの日の自分とは違う。今のレオはこの人を守る事が出来ると感じ始めた。


「オルテリアでは私の護衛騎士はどうだ?君に覚悟があるなら、この手を取り、私と一緒に来い。新天地で新しい人生を歩もう」


 アリシアは立ち上がり、レオに右手を差し出した。戦場で姫騎士と恐れられていた人とは思えないほど柔らかく、慈愛に満ちた仕草。記憶の中の姉がレオを励ます時とそっくりだった。


「わかった……俺、オルテリアに行くよ」


 震える声で答え、彼女の手を握る。その瞬間、あの日から空っぽだった心がほんの少しだけ温もりに満たされた気がした。

 

「良い覚悟だ、レオ。道中は君に命を預けたぞ」


 アリシアはその手を力強く握り返し、微笑んだ。

 レオにとって、その笑顔は別人とわかっていても姉そのものだった。心の底で懐かしい感情が溢れた。アリシアを見ていると自然と願望が口から漏れる。

 

「その……逃亡中だけ、たまにお姉ちゃんと呼んでもいい?」


 レオは恥ずかしさを隠すように視線を逸らし、無理を承知で呟いた。敵国の王女にこんなお願いをするなんて、馬鹿げていると自分でもわかっていた。

 

「お姉ちゃん、だと?私はアリシアで、君の姉では……」

「わかってるけど……」

 

 アリシアは一瞬言葉を失う。だが、レオの欲の無い純粋な願いに胸が熱くなる。側室の娘として育ち、家族の愛を知らない彼女にとって、親しみを込められた呼び名など初めてだった。


(そうか、この子も私と同じなのか……)

 

 父王は彼女に無関心であるし、王妃の子である兄弟姉妹からは蔑まれてきた。王族としては認められているが、いくら努力をしても彼等と同類と見なされる事は無かった。

 家族を失ったレオと、家族に入れなかったアリシア。そう思うと彼のお願いを無下には出来ない。

 深呼吸して、アリシアはレオに微笑む。

 

「良いだろう。逃亡中だけ、その呼び方を許す。ただし、オルテリアに着いたら私の騎士として振る舞え。姉の影を追うのはそこまでにしろ。いいな?」

「ありがとう……お姉ちゃん」


 レオは少しだけ照れながら呟く。姉を失ってから初めて自分が一人ぼっちじゃないと感じた。

 アリシアも先程まで消えそうだったレオが少しだけ明るくなったと感じると、なぜか彼女の心も軽くなった。


「礼を言うのはまだ早い。準備は早い方が良い。すぐに出発するぞ」

 

 レオはアリシアに鎧や剣を返しながら準備を始める。


「レオ、地図は持ってるか?」

「これだよ」


 レオの持っていた地図はエンブレイズ王国西部のもの。オルテリア王国との国境も描かれており、周辺の情勢を確認する。

 

「残兵狩りに出くわすかもしれない。大きく迂回して進むぞ」

「わかった。ならこの方面はどう?軍の配置は少ないし、遭遇しにくいはず」


 一度、北に向かい更に戦場から離れる。そこからは西に進み、一気にオルテリアに向かうルートだ。峠も川あり険しい道だが警戒は少ないと思えた。

 

「その道なら3日もあれば、国境にたどり着けそうだな」


 アリシアはレオの提案に了承すると鎧を身に付け始めた。美しい鎧が煌めき、戦場の姫騎士が戻る。レオは宿屋で最低限の食料と薬を調達し、出発に備える。


 ――――――――――


 真夜中、町に明かりはほとんど無く僅かな月明かりだけが頼りだ。静まり返っている町で、二人は大きめの外套を被り裏口から宿を出た。音を立てず、静かに街の外れへと向かう。


「お姉ちゃん、隠れて!」


 衛兵が巡回している事に気がついたレオは、アリシアの手を引き、木箱の陰に隠れる。アリシアはまだ戦闘の疲れが残っている為か、反応が鈍かった。


「お姉ちゃん、か……。まだ慣れないな」


 アリシアは苦笑するが嫌な気はしなかった。むしろ彼の手から家族のような温もりを感じる。


「あっ、ごめん……」

「いいさ、この旅の間はそう呼ぶのを許したんだからな」


 衛兵の足音が近づき、松明の明かりが路地を照らす。二人は息を潜め、身を縮める。レオはアリシアの手が少し震えている事に気づいた。


 (俺は守れる。今度は絶対に……)


 レオは心のなかで強く決意する。

 足音が遠ざかると、二人で息を吐く。


「レオ、ありがとな」


 彼女は微笑みながら、レオの頭を撫でた。その手にレオは姉との時間を思い出した。姉も誉めるときはよく頭を撫でてくれていた。


「じゃあ、レオ。先に進もう」


 衛兵がいない隙を狙って町の門に向かう。物陰に隠れながら、音を立てずに進む。

 門をすり抜けると急いで、町の外の森に入る。人目は無くなり、二人の緊張が解けた。


「その、おねぇ……アリシア王女……俺は絶対に守るからね……」

「あぁ……期待してるぞ。レオ」


 アリシアは再びレオを撫で、微笑んだ。

 東の空はぼんやりと明るくなり始め、夜明けが近づく。オルテリアへの険しい旅が今始まった。

 

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