第23話 会議室にて
会議室からアリシアが退出した後も、部屋の空気は重く張り詰めたままだった。
シルビアは主君の悲しげな背中を浮かべ、心の中でため息をつく。
(他の者には分からなかっただろうが、殿下はかなり傷付いていた……。)
アリシアは傷付く事には慣れている。だから我慢強く、自己主張もしない。普段は感情を表に出さず、望みを言うことも殆どないのだ。幼い頃の経験から、己の心の内まで他人を踏み込ませないし、見せようとすることも悪だと思っている。
(なるべく、殿下の望み通りにしたいが……、団員の統制が……)
雷鷹騎士団の状況を考えると無試験はどうしても無理だとシルビアは思っている。レオの母国であるエンブレイズ王国とオルテリア王国は現在戦争中であるし、雷鷹騎士団の一部もアリシアと共に戦闘に参加していた。団員達の心情を考えると、もし彼を特別扱いすれば、レオに対する視線は更に厳しくなるだろう。それに……
(雷鷹騎士団にも男の団員はいるが、全て殿下の領地で勤務している。離宮には女のみで、男の団員はいない……、殿下の望みはあの少年を離宮に住まわせ、離宮で勤務させる事……)
そう考えると、余計に解決しなければならない問題が多い。団内の事も慎重にならざるを得ない。
(この役目……、私以外には出来まい)
シルビアは主君の為、主導となってこの問題を解決する決意を固める。彼女は書類を手にして、一同を見渡した。
「さて、午後より入団希望者の試験を始める。それで彼を見極める。皆、良いな?」
「良いと思うよ。中隊長、レオ君の実力をちゃんと見てみようね!」
フィオナが賛成し、他の幹部も頷く。だがソフィアだけは違った。激しくテーブルを叩き、声を張り上げる。
「待って下さい中隊長!試験は必要ですか?一刻も早く追い出しましょう!敵国の騎士なんですよ!怪しすぎます!こうしている間にも情報が抜かれているかもしれません!中隊長はその男を信用するんですか!」
だがシルビアもレオの事をよく知らない。昨日挨拶しただけだ。まずは見極めないといけない。主君を誑かした敵国のスパイの可能性もある。
「信用はしてない。それを確かめる為にも試験をする」
シルビアは主君の人を見る目を疑っているわけではない。ただ普段は自己主張が少なく、王族とは到底思えないほどの聞き分けの良い主君が、あのように無理を通そうとした。仮にレオが潔白で主君の言う通りの善人だとしても、慎重に進めなければ、主君の行動に疑念が持つ団員も出るだろう。それは彼女も避けたかった。
「でしたら中隊長!」
「試験はする。そう決まった。ソフィアも従え」
だが、ソフィアは聞き入れようとしない。彼女は先の戦いを鮮明に思い出していた。失った仲間達、負傷した仲間達、そして戦場から消えた主君。あの時、主君の命令に従わず、アリシアを無理矢理にでも後方に下げれば良かった。ソフィアはずっと後悔をしていた。
「なら私がその騎士を斬ります!試験など受けさせるものか!」
「しつこいぞ!勝手な行動を取るなら、先に私がお前を斬る!」
シルビアの剣幕に押され、ソフィアは震えながらその場に座り込んだ。フィオナはそんな彼女をなだめている。
「ソフィアの気持ちもわかるけどさぁ。多分あの子は良い子だと思うよ。それに殿下の望みなんだよ」
ソフィアは涙を浮かべながら、フィオナを睨む。
「フィオナまで……、なら模擬戦の相手は私が務めます。絶対合格させません!」
「ソフィア、お前は休め。模擬戦は私が相手をする。そして私が見極める」
仮にレオがスパイだった場合、殿下を誑かした悪人だった場合、シルビアは自分が責任を取って彼を処分するつもりだ。ただそうでは無かった時、シルビアはアリシアが望む方向性に出来るだけ近づけるつもりだった。
「あのレオという少年が本当に殿下が言うような人物なら、試験は問題なく突破出来るはずだ」
「そうだよ!殿下が言うには剣の腕は確かみたいだし、きっと強いんだと思うよ!」
フィオナが賛同し、ソフィア以外の幹部も賛同する。
「し、しかし……」
「そして、もし殿下に害がある人物なら、私が彼を排除する。皆もそれで良いな」
シルビアが付け加えると、漸くソフィアも納得し頷いた。
「では、準備を始めてくれ、女官長は筆記試験を頼む。私とフィオナは模擬戦の準備、それから……」
急いで試験の準備を指示すると、彼女達は部屋を出て持ち場へと向かう。シルビアがレオの書類を眺めているとフィオナが心配そうに近づいて来た。
「中隊長、本気で戦うんですか?レオ君ってまだ13歳ですよ?」
「そうだ。本気を出す。そうすればわかるさ。彼がどういう人間か。フィオナには模擬戦での審判を任せる。あと団員達にも知らせてくれ。見学は自由だ」
「了解です。しっかり私もレオ君を見極めますよ!」
フィオナが会場の準備に向かうと、シルビアは1人会議室に残り、窓から雲を眺める。少し天気は悪いが暫くは雨は降らないだろう。
「取り敢えずはこれで良い……」
今思えば会議の前に自分に個人的に相談して欲しかった。主君はわがままの経験も浅いから根回しをしない。自分を頼ってくれればもっと上手く支えられたのに……と思うが、アリシアはそもそも頼るのが苦手だった。その事をシルビアは理解しているから、心の中で何度もため息をついている。
「全く、難儀な事だな……」
小さく呟きながら、彼女はレオの本性をしっかりと見定める決意をする。主君の為に、団の為に、そして主君を明るくさせてくれたあの少年の為にも……
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