第21話 離宮の朝
離宮での初めての朝、いつもより少し早い時間にレオはゆっくりと目を覚ます。姉と一緒に過ごせる喜び、新しい環境への緊張、自分が姉の仲間達にも受け入れて貰えるかの不安、そんな感情が入り乱れ、まだ起きる時間ではないのに、目が冴えてしまった。
「お姉ちゃん……」
レオは小さく呟き、姉の顔を見上げる。いつも通り自分を抱きしめながら寝ている彼女は、穏やかな寝息を立てていた。美しい金髪が広がり、綺麗な顔が目の前にある。朝の柔らかな光が彼女の顔を優しく照らし、まるで絵画のように見えた。
(今日も、俺のお姉ちゃんは世界で一番だよ!)
姉はどんな女神様や天使様よりも美しいだろう。それに優しくて、強くて格好いい。更には王女様の影武者まで出来るほどの有能だ。レオにとって自慢の姉で、憧れの姉である。
(早く、お姉ちゃんの隣に立てるように成りたいな。お姉ちゃんに頼られるようになりたい……)
その為の第一歩が始まろうとしていた。レオは昨日の出来事を思い出す。離宮本館に連れられて、レオがこの部屋に入った後、姉は完璧に王女様の役をこなしていた。
(王女様を演じられるのはすごいけど、大変だよね……)
四方八方に動き回り、忙しそうにしてるのが部屋の窓から覗けた。夕食の時間は一緒に過ごせたが、食後には姉は会議室で更に業務する。そんな姉が部屋に戻って来たのは日付が変わる頃でかなり遅かった。疲れた顔をしていたが、レオの顔を見るとすぐに笑顔になってくれた。それが嬉しい、けど……
(俺がお姉ちゃんを支えられるようにならないと!だって、たった1人の家族なんだから!)
早く姉を助けたい。昔みたいにゆっくりと家族の時間を過ごしたい。姉の仕事を少しでも楽にしたいし、姉に少しでも近づきたい。それがレオの願いだった。
(お姉ちゃんの為に頑張りたい!それに……、そうすれば……、お姉ちゃんが用意してくれたこの空間でもっと一緒に過ごせる!)
レオは改めて姉が用意してくれた自分達の寝室を見回すと、その豪華さに息を飲んでしまう。今寝ている天蓋付きのベッドは大きくふかふかであり、床には高級な絨毯。更にはリビングには金細工が施されたテーブル。書庫には本がずらりと並び、簡易的なキッチンまで付いている
(なんか、本当に貴族になったみたい。お姉ちゃんが王女様の「影武者」じゃなかったら、流石に不審に思っちゃうよ)
服やタオルも高級な物がクローゼットに揃い、足りない物は鈴を鳴らせばすぐに侍女さんが来て、何でも用意してくれる。
(けど、俺まで贅沢して大丈夫なのかな……。お姉ちゃんの負担にならないのかな……)
姉が自分の為に散財することは昔もあったので、少し気をつけないといけないと、レオは感じた。
(ううん。いや、俺も慣れないと……、快適過ぎて堕落しないように気をつけよう……)
それに堕落してしまっては、姉を支える騎士にほど遠くなってしまう。レオは改めて気を引き締めていると、頭上から声が聞こえた。
「ふふ、レオどうしたの?朝から難しい顔して」
姉が微笑ましそうにレオを眺めていた。慌てて離れようとしたが、姉の腕が離れず動けない。
「お、お姉ちゃん、起きてたんだ。いつから?」
「うーん、レオがお姉ちゃんの顔を覗いた時かな?」
いつも通りの優しい顔を向けてくれると、レオの心は温かくなる。ただずっと見られていたのは恥ずかしい。
「言ってくれれば良いのに……」
「レオが考え込んでるのが可愛くて。何を考えてたの?」
姉を支えようとしている決意を言うのは少し恥ずかしい、だから姉の用意した空間について話をする。
「えっと……、お姉ちゃんが用意してくれた空間が快適だなって、すごいなって考えてたよ」
実際、この寝室だけでなく、本館2階東翼部分はまるで二人の為に作られたようになっていた。侍女達は必要最低限にしか入ってこないし、プライベートが守られている。
「ふふ、そうでしょ?レオの生活する為に用意したんだよ。気に入ってくれた?」
「お姉ちゃんが「影武者」をしてるから、家族みたいに過ごせるか、少し不安だったけど……、びっくりしたよ。予想以上に快適!」
アリシアは一瞬硬直したが、すぐにレオをゆっくりと抱きしめた。
「レオが快適で良かった。足りない物があったらすぐに言ってね。お姉ちゃんが用意するから」
「うん、ありがとう。お姉ちゃん!」
彼女は心の中で彼が自分を姉と信じ続けている事に安堵する。離宮での立ち振舞いを見られて、彼が自分を姉じゃないと見破る可能性もあった。けど、今日も変わらず彼は自分の事を姉だと慕ってくれる。それがたまらないほど嬉しい。
(良かった……、私はまだレオのお姉ちゃんのままでいられる。本当に良かった)
昨日はレオとはあまり過ごせなかった。離宮に戻ったばかりで、クロスフェル平原での戦闘の後処理も残っていたからである。戦死者への慰霊や、遺族への手紙、補償金の配分など、戦いの後は多くの王女としての責務がある。本日も昼過ぎには王宮に参内しないといけないし、やるべき事は多い。
(今日もあまり一緒に過ごせないから、今のうちにレオを抱きしめておこう……)
アリシアはぎゅっと抱き締め、レオの体温を感じる。そうすると自分は寂しくない。レオもきっと寂しくない。
「お、お姉ちゃん!ちょっと苦しいよ〜」
「あと少しだけ、いいでしょ?」
「……うん」
自分を慕い、受け入れてくれる彼が心の底から愛おしい。彼のお陰でアリシアはこれからの日常が楽しくなる。
「じゃあ、レオ。そろそろ起きようか!朝食にしよう」
「はーい!」
二人で起き上がり、リビングに向かう。そこにはレオが1人で待ってる間に勉強してたであろう本や資料が置いてあった。アリシアはそれを見て、目を細めて微笑む。
「あ、レオ。昨日はお姉ちゃんがいない間に勉強してたんだね。偉い!」
「うん、表向きは王女様に仕える騎士にならないといけないから……、お姉ちゃんの足をひっぱりたくないし……」
「ありがとう、レオ。お姉ちゃん嬉しいよ」
彼女は照れくさそうにしているレオの頭を撫でながら、テーブルに近づく。すると雷鷹騎士団への入団手続き書類も置いてあった。
「書類も出来ているね。うん、記入も完璧!」
「それで大丈夫?」
「大丈夫だよ。午前の会議で出してくるから、すぐにお姉ちゃんの騎士になれるよ!」
レオの顔がぱっと明るくなる。姉の部隊に入団出来る。もうわくわくが止まらない。
「本当!?やった!お姉ちゃん、ありがとう!」
レオは喜びを抑えられず彼女に抱きついた。アリシアも彼を優しく抱き返す。二人の気持ちは明るく、一緒に過ごせる喜びに満ちていた。ただ、これから最初の試練が待っている事を二人は知らなかった。
第2章おまたせしました!
想定より時間がかかってしまいました……
これから週2回か6回くらいの更新をしていきます!
引き続き宜しくお願いします!
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