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【閑話・過去編】レオ(9歳)お姉ちゃんを『姉貴』と呼んでみる(後編)

 アリアの胸にぽっかりと穴が空いたような感覚が広がった。さっきまで、レオが寂しがっているだろうと思っていたのに、今度は自分が寂しさに襲われてしまう。


(レオ……、どうして「お姉ちゃん」って呼んでくれないの?)


 いつかこんな日が来るかもしれないとは思っていた。レオが自分の事を「お姉ちゃん」と呼んでくれなくなる日。でもこんなに早いとは思ってはなかった。レオはまだ9歳。もっと甘えてくれてもいいのに……


(レオが姉離れ……しちゃうの?お姉ちゃんから離れちゃうの?)


 今までのレオはすぐ「お姉ちゃんっ」と呼んで抱きついてくるはずなのに……、今のレオは「姉貴」と呼んでいる。それは姉を必要としなくなった予兆、独り立ちしてしまう予兆……

 途端に胸が切なくなり、視界がぼやけ始めた。


「レオ……、お姉ちゃんは……」


 声が震え、言葉が続かない。アリアは膝をつき、うずくまってしまった。自分に頼らず一人で立派になるレオの将来が浮かぶ。レオの成長は喜ばしいはずなのに、心が痛い。自分がレオに必要とされなくなる予感が辛くてたまらない。それだけで涙がこぼれそうになる。


「お、お姉ちゃん!?どうしたの!」


 レオは姉の様子に驚愕した。いつも強くて優しい姉が、突然うずくまって震えている。涙を見て、レオの胸に罪悪感が広がる。少し大人ぶりたくて「姉貴」と呼んでみただけなのに、こんな反応が返ってくるとは予想していなかった。


「ぐすっ……んっ……レオぉ……どうして、姉貴って呼ぶの?レオはずっと『お姉ちゃん』でいいんだよ?」


 アリアの声はか弱く、涙が頬を伝っている。普段の凛とした騎士の面影はない。ただ年相応の少女としての姿だ。レオの胸が痛んだ。ただ友達の真似をしてみただけなのに……。姉を泣かせた後悔が波のように押し寄せる。


「ごめん、お姉ちゃん。俺、騎士学校に合格したから、少し大人になった気がして……。友達みたいに『姉貴』って呼んでみたかっただけなんだ。お姉ちゃんを悲しませるつもりじゃなかったよ」


 アリアは弟の言葉に胸を締め付けられた。大人に近づきたくて、少し背伸びしただけ、理由が解れば可愛らしい。


「レオ……お姉ちゃんは、レオが大人になるのは嬉しいよ。でも、急に『姉貴』と呼ばれると寂しくて……。お姉ちゃんは、ずっとレオに『お姉ちゃん』と呼んで欲しいな。レオが大人になって離れていくように感じるの」


 アリアは涙を拭い、レオを抱きしめた。強く、強く、レオが自分から離れないように願いながら……


「うん……。じゃあずっと『お姉ちゃん』って呼ぶよ!俺はお姉ちゃんから離れないよ!だって俺もお姉ちゃんがいない寂しいから……。ごめんね、お姉ちゃんを泣かせちゃった……」


 レオの口から自然と「お姉ちゃん」という言葉が出て、アリアの心は温かくなった。弟はまだ自分を必要としてくれている。それがなによりも嬉しい。


「ふふ、泣いちゃった。お姉ちゃんなのに、情けないね。でも、レオのせいじゃないよ。お姉ちゃんもレオに会えなくて寂しかったからだよ。けど、レオがお姉ちゃんって呼んでくれたから、もう元気だよ」

「うん!お姉ちゃんが寂しくないようにいつまでもお姉ちゃんって呼ぶよ」


 レオは姉の笑顔を見て、ほっと胸を撫で下ろした。罪悪感が残っているが、姉がそれほど自分を大切に思ってくれていることが嬉しい。


「お姉ちゃん!遠征お疲れ様!おかえりなさい!」


 普段通りの弟の言葉に、アリアは満面の笑みを浮かべた。いつもの可愛い弟が戻ってきた気がする。再び涙が零れそうになるが今度は喜びからだった。


「ただいま、レオ!さて、お土産があるよ!」


 アリアは袋から短剣を取り出し、レオに渡した。短剣は軽くて、レオの手にぴったりと合うサイズ。柄には小さな宝石が嵌め込まれ、装飾も施されている。大人の騎士が持っていても不思議では無い上物だ。

 

「短剣!すごいよ!これが俺の!?ありがとうお姉ちゃん!」


 レオは短剣を手に取ると喜びを爆発させ、姉に抱きついた。アリアもレオを抱き返し、頬にキスをする。


「レオ、騎士学校合格おめでとう!お姉ちゃんはすごく誇られしいよ!お姉ちゃんと同じ最年少合格!流石、私のレオ!」

「お姉ちゃんありがとう!俺、お姉ちゃんみたいな強い騎士になるよ!」


 レオの笑顔に、アリアの心は満たされる。でもやる事はもう一つある。 


「けど、まだあるの。お姉ちゃんに寂しい思いをさせた罰も」

「え?」


 アリアはレオの背後に回り、後ろからぎゅっと抱きしめた。レオはびっくりしながら体をよじる。

 

「お、お姉ちゃん!苦しいよぉ〜、緩めて」

「ダメ!これはお仕置きなんだから!レオが『姉貴』なんて呼んだ罰だよ。今日はもう離してあげない!」


 アリアはレオを離さず、くすぐるように抱きしめ続ける。レオは苦しそうにしながらも、幸せそうだった。


「えぇ!?ごめん、お姉ちゃん!もう呼ばないから!」

「むぅ、お姉ちゃんの言うことを聞きなさい!レオはお姉ちゃんの可愛い弟なんだから、ちゃんと甘えなさい!」

  

 レオは驚くが、内心嬉しかった。姉はいつも通り、優しく、自分の事が大好きだ。あまりにベタベタされると恥ずかしいが結局はレオは姉のされるがままになる。


(短剣も嬉しかったけど、お姉ちゃんの温もりに包まれているのはもっと嬉しいな)


 合格の祝いはどんなプレゼントよりも姉との時間のほうが嬉しかった。アリアは弟の事が大好きだが、レオも姉の事が大好きだった。久しぶりの温もりに包まれて、レオに眠気が襲ってくる。今日は姉が帰って来る日だから、夜は眠れなかったのだ。


(あれ?なんか眠くなってきた。お姉ちゃんともっと話したいのに……)


 弟が眠りに落ちた際、アリアはそっと彼を抱き上げ、ベッドへと運んだ。レオの頬に口を付けながら囁く。


「ふふ、レオ、ずっとお姉ちゃんの可愛い弟でいてね」


 二人だけの家は姉弟の温かな絆で満ちている。レオとアリアはこの幸せな時間がいつまでも続くことを願っていた。


 

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