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第19話 姫騎士の影武者

 正午の鐘が王都の空に響き渡る頃、アリシアは馬車から降り、宿の玄関をくぐった。離宮での準備を終え、漸くレオの元へ戻れる。胸に秘めていた秘策が現実味を帯びて来たのを感じると、喉が渇き、鼓動が速くなる。


(失敗は許されない……、この嘘は絶対に貫き通す)

 

 彼女が部屋のドアを開けると、レオが飛びつくように駆け寄って来た。朝の別れから数時間、彼の顔に喜びがあふれている。


「お姉ちゃん!おかえり!準備、大丈夫だった?」


 彼の無邪気な喜びに、アリシアは自然に腕を広げ、レオを抱き締める。姉として勝手に体が動いた。彼の姉でいられるこの瞬間は、偽りの家族とは思えないほど心地よい。


「ただいま、レオ。えぇ、全部整ったよ。待たせてごめんね。レオはちゃんと大人しくしてた?」 

「うん!ちゃんと大人しくしてたよ!お姉ちゃんが早く戻ってくるって信じてたから……、ちょっと寂しかったけど……」


 甘えるような彼の言葉に、アリシアは優しく頭を撫でる。胸が温かくなり、緊張が和らぐ。


「信じてくれてありがとう、レオ。お姉ちゃんも、レオに早く会いたくて急いで戻ったよ」


 アリシアは彼を離さず、部屋の奥へ導きながらソファに座った。とうとう秘策を始める時だ……


(準備は完璧……、後はレオに伝えるだけ……)

 

 2人で並んで腰を下ろし、彼女は深呼吸をした。真剣な表情で彼を見つめ、秘策を心の中で確認する。これからつく嘘はレオと共にいられる唯一の方法だ。もう後戻りは出来ない。


「レオ、あのね。お姉ちゃんの事について大事な話があるの。驚かないで聞いてくれる?」


 レオの表情が少し引き締まる。姉の声に潜む緊張を感じ、彼は小さく頷いた。

 

「う、うん……。わかった。お姉ちゃん、何でも話して」


 アリシアはレオの手を強く握り、しっかりと向き合う。彼が自分から離れないように……、ずっと一緒にいられるように……。


(神様……、お願いします。この嘘をお許し下さい。レオと私と離さないで下さい……)

 

 偽りの姉を演じる決意を固め、言葉を紡ぎ始める。彼女の声は穏やかだが、僅かな緊張が混じる。


「実はね……、お姉ちゃんは王女様の影武者をしているんだ」


 レオの目が見開く。影武者という役目はレオも知っていた。エンブレイズの騎士学校で学んだことがある。貴族や王族などの身代わりをし、暗殺や誘拐から守る役割だ。危険を伴う、極秘の仕事だ。


「え、影武者? お姉ちゃんが王女様の?」


 アリシアはゆっくり頷き、説明を続ける。レオの瞳を真剣に見つめ、作り話を事実のように語る。この嘘で彼は自分を『姉』だと信じたままでいられる。彼女の声は穏やかだが、心のなかで罪悪感が疼いていた。


「えぇ、オルテリアの王女様、アリシア・オルテリア様の影武者なの。だから、道中で贅沢な宿や料理が用意されたのも……、王女様のような振る舞いをしないといけないからなの」


 アリシアは本当に王女様で、アリシア・オルテリア本人だ。その事がレオにバレた瞬間、この関係が終わってしまう。だがら、アリシアはレオに嘘を付くことにした。自分はアリシアではなく、アリシアの影武者だと……


「街に入る時、レオに耳栓や目隠しをしたのも、この機密を守るため。役人達が頭を下げてくるのも、王女様の代わりだから……」


 レオは混乱しつつも、すぐに納得した。今まで道中を思い出す。街に入る時の耳栓や目隠し、姉に対する役人たちの態度、高級な宿や、料理の数々、全てが辻褄があった。


「そうなんだ……、だから皆、お姉ちゃんに頭を下げていたんだ」

「えぇ、そんな事情でお姉ちゃんは他の人から『殿下』や『姫』って呼ばれるの。王女として振る舞わないといけないし、王女として扱われるの」

「王女様を演じる事が出来るなんて!すごいよ!お姉ちゃん、かっこいい!」


 アリシアは少し悲しげに微笑む。彼の純粋な称賛が、罪悪感を刺激した。だが、レオがこの嘘を信じてくれた事に安堵する。実際の自分は王女本人で、影武者などいない。彼の笑顔を守るため、自分の心を守るため、彼女はこの嘘を続ける。

 

「ありがとう、レオ。だからね、大事なことだけど、レオも他の人がいる前では、私を『お姉ちゃん』じゃなくて『殿下』って呼ばないといけないの。外では姉弟として過ごせないけど……。ごめんね。寂しい思いをさせるかも」


 レオの表情が少し曇る。人目があるところで姉を『お姉ちゃん』と呼べないのは寂しい。だが、姉の重要な役目を理解した今、拒否はしない。むしろら誇らしい気持ちが胸に広がる。


「わ、わかった……。外では『殿下』って呼ぶよ。なんか変な感じだけど、お姉ちゃんの役目のためなら!でも2人きりの時はお姉ちゃんでいいよね?」


 アリシアは頷き、レオを力強く抱きしめる。彼の体温と鼓動が伝わり、罪悪感が少し和らぐ。

 

「もちろん。2人きりの時は、いつも通りのお姉ちゃんとレオでいられるよ。約束」


 レオはアリシアの胸に顔を埋め、安心したように息を吐いた。姉がそばにいることに安心する。


「うん!お姉ちゃん、約束!」


 アリシアはレオの頭を撫でながら、心の中で息を吐いた。この嘘で、レオと一緒にいられる……、離宮でも彼の姉になれる……


(ずっと……一緒だよ、レオ)


 彼を騙した罪悪感は残るが、彼と離れずに一緒に過ごせる幸福感が胸を満たす。それにレオの笑顔は自分の負の感情を魔法のように全て消してくれた。

 


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